18日年長さんに「今年は雪が多くて心配です。みんなはそれでも行きたいですか?」と担任が訊ねました。担任によると子ども達は大雪の実態、被害の状況、生活の困難さについて予想以上に詳しく知っていたそうです。「どうですか?」と訊ねると、ほとんど全員が「行きたい」と答えました。理由は今でなくては経験できない、この友達と行きたい、雪で困っている人があったら助けてあげたい、思い出でになるから・・だそうです。ナンセンスな答えもありますが。 さらに人道的な見地から中止にしたらという提案もありました。大雪のため100人を越す死者があり、また除雪にいのちがけで取り組んでいる人があるのを横目に見ながら、遊びのために都会から出かけて行くのはどうかという意見です。 このことについては幼稚園の目的目標から特にご説明したいと思います。なるほどこの試みは「雪遊び」と呼んでいますが、幼稚園教育は法律的に「環境を通して、遊びによって総合的に指導すること」(幼稚園教育要領第1章「総則」)とうたっています。砂場遊び、積み木、運動、リズム遊び・・・というように、よく「〜遊び」ということばを使いますが、それは画一的、管理的な教師主導の「やらせ教育」ではなく、幼児の自発性を尊重しながら、遊びを通して一人ひとりの特性を生かしていくことが重要であるという遊びの位置付けから来ています。 ですから私たちは、「遊び」を辞書にあるような「なぐさみ、遊興、うかれる、ふざけ、しまりのないこと」(広辞苑)とは解釈していません。楽しくて面白ければよいとも考えていません。テレビの画面で見る大雪でなく、実際にふぶき、冷たく寒い雪を経験し、うず高い積雪と除雪の機器や村人たちの対応を具体的に見ることによって、「雪を知る、雪国の暮らしを知る」という本質的な「教育としての意味」を確認したいと考えています。つまり狭山にいては経験できないことを、場所を代えて(移して)保育を展開したいと考えているのです。一方で「死者が出ているのに」と考えあわせると、日常の保育さえもおぼつかなくなります。 もとより今回の試みには@大自然(面白さ、不思議さ、怖さなど)を知る。A友だちとの交流を深める。B家庭を離れることにより自立と自信などを育てる。という大きな目的があります。
|