『忍…、忍…。ドコニイルンダ、忍…!』 酷くうなされながらも、その思いを『念』として放つ瑠輝の姿を見つめるサードの表情は、蔑んだ冷たい瞳をしていた。 「なにが、『会いたい』んだか…。あって『どうしたい』ってんだよ、瑠輝。そんなにお前は忍とヤリたいのかよ?あいつにヌカレたいのかよ?…あの厳つい男に嫉妬するなんて、馬鹿じゃねぇの。おまけにあの男とヤルとはねぇ…。相手は忍じゃないのに、この淫乱野郎が…!呆れるね、全く」 サードの言葉は、瑠輝には届いていない。それをいいことに、サードが口にするその言葉は、いつもとは全然違う軽蔑の暴言ばかりだった。 『アイタイ…!アイタイ…忍!』 「…煩いな。『忍』、『忍』と喧しい奴だな、お前は…!」 サードは何かを思い付き、カプセルに手を延ばす。そして、静かに瑠輝に『念』を送る。瑠輝の思考と直接に会話をする方法であった。 「そんなに会いたきゃ、この俺にその『能力』を貸しな。どうせお前独りじゃ、ろくな所に行きはしない。会いたければ奴に会いに行こうじゃないか…!」 『忍ノモトヘ…行キタイ…!さーど、忍ノトコロヘ…!』 サードの全身を青白いオーラが包み、瑠輝の身体をも包む。 遊体離脱…瑠輝の身体から、紺碧のオーラの姿をした『瑠輝』が、サードとひとつになる。オーラは激しくスパークし、『瑠輝』が自分に入り込んだその衝撃に、サードは歯を食いしばって耐える。直に落ち着き、サードは全身に漲るその『能力』に歓喜し、含み笑いをした。 「…待ってろよ、忍!」 紺碧のオーラが、勢いを増してサードの身体から放出されている。静かに目を閉じ、意識を集中し、それをスラムへ向ける。サードの身体は、オーラとともに瞬時に消えた。
「うわぁぁぁっ!」 悲鳴と同時に、突如忍は弾き飛ばされた。目の前には、オーラを纏ったサードがいる。驚愕の目をしている忍に、サードは笑みを見せた。 「…貴様、現れやがったな…!」 体制を立て直し、忍はサードを睨む。ふいをつかれて一撃を食らったが、次はそうはいかせまいという気迫が感じられる。忍の身体がオーラに包まれていくのが見える。最初に出くわした時より、激しく、強い『能力』が伝わってくる。 「ほぉ…、だんだん自分のものにしているようだな。だがまだその程度では、この俺を倒せやしないぜ?…おとなしく、『虜』になれ。それがお前の運命だ」 「冗談じゃない!俺は誰のものでもない。誰の支配下にもつかない!…ただ貴様がやったことは絶対に許さない!むしけらの様に人を殺した、貴様は許せん!」 激しい怒りが、それまで微々たるものだった『能力』を、何倍にも増幅させて、サードに向かって放たれる。忍の放った『気』は、間一髪よけたサードの背後の建物の壁を砕いた。 「…面白くなってきたぜ。そうこなけりゃ、こっちだって張り合いが無いってものさ…!] サードの気は地面の中を砕くように這い、忍の足元目掛けてくる。忍は飛び退いてその場を離れる。砕かれたアスファルト片が弾け飛ぶ。その跡に炎が上がり、忍はその『能力』の凄まじさに固唾を飲んだ。 「…俺の能力はまだまだこんなもんじゃない。…生き地獄を味あわせてやるよ」 忍がいる路上の四方に、炎が上がる。 (逃げ道をふさいだか…!奴もだんだんマジになってきたようだな…!) 忍は舌打ちし、サードの出方を見る。宙に浮いたその姿は、忍を見下ろす感じに位置していた。サードが手を延ばし忍へ向ける。忍は身構え、自分に向けられる『気』をありったけの『気』で跳ね返す。二人の間でオーラは激しくぶつかり合い、弾けて辺りを破壊してゆく。 人気のない寂れた辺り一帯は、誰の邪魔も入らず、延々と二人の攻防が続くようであった。 「小癪な…!」 反撃を見せる忍に、サードは苛立ち始めていた。戦況は圧倒的にサードが有利だが、まだ完全に覚醒していない今の忍の『能力』が、これ程のものとは思っていなかったのだ。 忍が真に覚醒した時、その能力は想像以上のものになるかも知れない…サードはそう悟った。 状況を変えたのは、リディアがその場に駆け付けた時だった。 「なんなのよ、これ…!」 忍のオーラに気付いて加勢しようと来たものの、サードが放った炎に阻まれて忍に近付けない。リディアの存在を感知したサードは忍にそれを告げる。 「残念だな、忍。折角の助っ人の女はお前を助けられないよ。…ついでだ、始末してくれる!」 「リディア、来るなッ!」 身動きの取れない忍は、リディアの気配のする方を見た。 間髪を入れず容赦なくリディアに対して攻撃を仕掛けるサードに、リディアは苦戦を強いられていた。 なんとかして忍の所まで行かなければと、リディアは隙を狙って近付こうとする。しかしサードはそれを許さない。進路を塞がれて思うように近付くことが出来ない状態だった。 忍は忍でリディアに気を取られているうちに彼女のもとへ行こうとするが、サードの圧倒的な力を前に為す術もなく、自分を守るのに精一杯である。 足元を取られたリディアはバランスを崩し、サードに隙を与えてしまった。 (しまった!) 慌てて体制を立て直そうとしたものの、間に合わなかった。リディアの身体は飛ばされ、壁に叩きつけられた。 「はぅっ…!」 内臓が破裂しそうな衝撃を受け、リディアはその場に崩れるように蹲る。さらにサードは反撃できないリディアを再び飛ばして、壁に叩き付けた。防御の体制が取れなかったリディアは強く頭を打ち、気を失ってしまった。 「リディアっ!」 忍は炎の中を突っ切り、彼女のもとへ走る。服にまとわりつく火を払いながら、とどめを刺そうとするサードの前に飛び出した。 見えない無数の刃が身体を切り刻んでいく─────その痛みに忍は絶叫する。焼けるような痛みに顔を歪め、忍は倒れた。 「…馬鹿が。自分すら守れないくせに、何をそこまでその女を庇う?」 「…殺したければ、この俺を殺せ!こいつは俺とは関係ない…!関係のない者に手出しはさせない!」 「ふん、偽善だな。─────せいぜいそうやって善人ぶっているがいい。お前の『本性』が、じきにその仮面を自ら取るだろうよ」 サードが再び構える。忍は苦痛に耐え、リディアの前に盾となり、その場を離れようとはしない。 「その根性、見せてもらおうじゃないか!」 「退け、サード!」 ありったけの力を振り絞って、忍はサードに気を放った。 二人の気がぶつかり合い、激しくスパークしたその瞬間…突然光が忍を包み、眩さに視界を奪われて忍は身を捩った。何が起こったのかわからず、その発光が治まった時、慌てて身構える。 見知らぬ場所……そこはスラムではなかった。薄暗い建物の中だった。見知らぬ二十世紀の様式の内装に、自分がスラムからテレポートしてきたらしいことがわかった。その目の前に、一人の男が水晶を片手に立っていた。 「…驚かしてすまない、忍。こんな形で、君に会うべきではなかったんだが…」 「…まさか…あんたは…」 男は小さく頷いた。細身の長身で茶がかった黒髪、自分と似た印象のある姿。 「あんたが、あの桐生…?」 桐生は手にしていた水晶を、テーブルの上に戻した。 「君をサードに渡すわけにはいかないんだ。やむを得なかった…」 「…まさか…、リディアを…!」 忍は自分の側にリディアがいないことに気付いた。桐生は俯いて、目を閉じる。 「あの状態で二人を一度にテレポートさせるのは、さすがに無理だ」 「リディアを…見殺しにしたのか…?」 「…あの時点では生きてる。その先はわからない」 「わからないだと?」 「君がここに来た直後、サードはスラムから消えてる。リディアの気配もない。…どうやらサードが連れ去った可能性が高い」 「あんたは、仲間を見殺しにする気かっ!直ぐにサードの行き場所を探して、取り戻すんだ!」 「それは無理だ。奴の居場所は未だに把握することもできない。下手に動けば、逆に迎え撃たれるぞ」 「じゃあ、このままリディアを見殺しにするのか?…俺は行くぞ。リディアを助ける!」 「その身体で行ってどうする?助けるどころか、二人ともあの世行きだ…!頭を冷やせ、忍…!」 「頭を冷やすのは、あんたの方さ!仲間を見殺しにして、何がリーダーだ!ただのエゴイストじゃないかっ!」 忍はふらつく身体を張って、桐生を説得する。自分のせいで何人犠牲者を出したか…忍は必死だった。もうこれ以上、犠牲者を増やしたくはない。 「俺がスラムに行けば、サードは必ず現れる。サードにわざと捕まって、リディアのもとへ行く。後はなんとかして、脱出する…!俺をスラムへ戻せ!」 「断る!」 「何故だ!?リディアはあんたを尊敬し、信頼していた!そのリディアをどうして助けようとしない!?あんたにとって、リディアはただの手駒だというのか?」 桐生は黙った。じっと忍を見つめたままでいる。 「そうさ。俺にとって彼女は、その程度にしか思っていない…」 噛み締めるように言う桐生のその言葉は、忍の心に突き刺さった。そして同時にリディアの言葉を思い出す。 『桐生はもう、長く生きられないの…!』 組織から自力で脱出し、追手を振り切り、尚且つ他の者達の為に危険をおかしてまで組織と戦い続けて今に至る、その桐生に迫る『限界』…。桐生は己の寿命を知り、リディアへの想いを断ち切ったのだ。断ち切ることで指導者としての仲間への思いを優先し、悲願達成のみを考え、ひたすらに己の感情を殺して生きてきたのだ。 忍はそれ以上桐生を責めなかった。誰よりも助けに行きたいのは彼自身であることに、気が付いたのだった。 「この俺とて、このままずっと放っておくつもりはない。直ぐに策を練って、救出に向かう。だから君はひとまずその怪我の手当てをして、少し休んだ方がいい。救出には君の協力がいる。万全でいてもらわなければ、困るからな」 「…わかったよ。少し休んだら…これからどうするのか、あんたの話をゆっくり聞かせてもらうことにする」 「そうなれば早いところ手当を。案内はサライがする」 桐生が名を口にすると、ドアからひとりの少女が顔を出した。まだあどけない顔の赤毛の少女は、忍達に微笑みを見せて、部屋の中に入って来た。 「桐生、その人お客さま?」 年でいうならば、十四〜五くらいだろうか。肩まで伸びた髪を後ろに束ね、誰かの古着なのか、随分大きめの服を裾を捲って着ている。その年頃にしては小柄で、華奢に見えた。 「そうだよ。怪我をしているんだ、手当てしてやってくれ。それから少し休むから、皆に静かにするように言うんだよ」 「はぁい。こちらへどうぞ」 サライに案内され、部屋を出る。かなり広い敷地だ。長い廊下のあちこちで、幼い子供達が遊んでいる。 (桐生の仲間って、こんな子達までもなのか…?) 忍は恐る恐る、サライに聞く。 「サライ…、ここにはあんなに幼い子がいるけど…」 「そうよ、皆組織から助けた子達なの。みんな、『能力』を持ってるわ。ここにいる人は、皆同じなの。大きくなったら桐生と一緒に、組織と戦うつもりでいるのよ。あたしもそう。まだ戦いに行くことは許されてないけど、あたし達のような『使い捨ての生きる凶器』を造り続ける組織を、野放しにはできないわ。…同じ悲しみを持つ子を、増やしたくない。そのためには、組織と戦うしかない…」 「桐生はいつからこうして仲間を…?」 「ライアスと一緒に行動していた頃って聞いたから、かれこれ十年以上は経つんじゃないかしら。因みにあたしはここへ来て5年よ。ちっちゃい子達の面倒を見てるの」 サライは離れの建物にある、一室に案内した。中は明るく、窓から外の景色が見える。遠くに山が見え、あのスタンダール・タウンから見た景色とよく似ていた。 「さて、傷の手当てをしなきゃ。…そこに座ってくれます?」 忍が椅子に腰掛けると、サライは忍の手を取った。 「いいですか、これには貴方の協力が必要です。貴方が協力しない限り、傷は治りません。協力といっても、決して難しいことではありません。心を落ち着かせていればいいんです。楽にしていてください。…では、始めます」 サライは忍の手を取ったまま、静かに目を閉じた。サライのオーラが忍の手に伝り、その暖かさが手から全身に広がってゆくのと同時に、痛みがだんだん和らいでゆく。 (『能力』で傷を直すのか…?) 不思議な感覚だった。あの戦いで受けた傷が、嘘のように治ってゆく。傷は次第に癒着してゆき、痛みは殆ど感じない。 サライの念が止まった。 「…もう大丈夫です。傷は塞がりましたが、まだ無理はなさらない方がいいでしょう。早く良くなる為にも、少しお休みになった方がいいわ。桐生もそう言ってたし…。何かあったら、呼んでくださいね」 サライは笑顔を絶やさず、初対面の忍に対して親切だった。桐生の頼みと言えど、その献身的態度は、『慈悲』そのものであった。サライは軽く会釈をして、部屋を出て行った。 妙な気分だった。まるで十数年前の、スタンダールにいた頃にタイムスリップしたような感じがした。幼い頃の、教会の尼僧達が母親がわりとなって、自分の面倒を見ていてくれた時の頃に似ていた。もう今となっては遠い昔のことではあるが、昨日の出来事のように、次々と当時の出来事を思い出していく。 (よくシスターを困らせたっけ…) 忍は暫くの間、物思いに耽っていた。記憶の片隅にある、幼い頃の思い出…。決して良い思い出とは言えないものだったが、そんな中にも、僅かな安らぎと幸せがあったことを、忍は思い出していた。 (リディアが言ってたとおり、あの時の俺はひとりじゃなかった…。友達もいたし、シスター達もいた。…俺は自ら、それを捨てて飛び出したんだ。悲しかったのは俺ひとりじゃなかったのに、あの頃の俺はそこまで考えられなくて…。馬鹿だよな、全く…。今も、ちっとも俺は変わってないじゃないか。ヒューイのことといい、俺って少しも成長してないじゃないか…。情けないな…) 窓際のベットに身を沈める。サードに捕まったリディアのことを思うと、とても寝てなどいられないのだが、自分の意思とは反対に、身体は疲れ果てている。今はひたすらにリディアの無事を祈り、束の間の休息をとる忍だった。
気が付くとそこは薄暗い世界だった。激しい頭痛に頭をかかえながら、辺りを見回す。視界にサードの姿をとらえた瞬間、リディアは咄嗟に身構えた。サードはゆっくりと側へ近付いて来る。 「無駄な抵抗はしない方が利口だよ。ここはスラムなんかじゃないんだから。自分の立場を理解した方が、いいんじゃないのかい?」 「…立場?」 リディアはゆっくりと起き上がろうとした。その時、足が自由に動かないのに気付き、足元をみると、足枷がリディアの右足にはめられていた。リディアは念でそれを外そうとしたが足枷はびくともしない。いくら強く念じても駄目だった。様子がおかしいことに気付く。能力が全く使えないのだ。 (結界…?そんな…!) 「…そうゆうこと。いくら試したって、お前の念はここでは全く役には立たないよ。…お前は忍や桐生を誘き出す餌だ。せいぜい、利用させてもらう」 リディアはサードを睨み付ける。 「あたしを監禁したって、あの二人は動かないわよ。お生憎様ね」 「…どうかな。拷問次第じゃないのかな?…お前が金切り声の一つや二つ、ちょっとあげてくれれば、随分素直になってくれそうだけど?」 サードの冷たい視線が、リディアに向けられる。足枷に繋がる鎖を手にして、サードは微笑した。 「さて、楽しませてもらおうかな。…ここからだと場所的に念が届き難くてね、ちょっとやそっとじゃ、あの二人の所まで届かないだろうから、それなりのことをしてあげるよ、リディア…。精神的苦痛と肉体的苦痛、どちらもたっぷり味あわせてあげよう」 サードの手が、鎖をゆっくりと引き始めた…。
第二部・完 |