トップ > ACT:2/SHOUT! > 第4章:消された記録
 辺り一面、暗闇だった。苦しそうな息遣いが響く。その暗闇の中で男は蹲って、その『発作』に耐えていた。
 「…言わんこっちゃない。だから止めておけと言ったんだ。そんなにヤリたかったなら、俺がいつでも相手してやるのに、言えばいいんだよ、瑠輝…」
 サードは背中を擦ってやる。瑠輝は顔色が一向に良くならず、ずっと冷や汗をかいていた。苦しそうな表情に、サードは困った顔をして言う。
 「…忍はそこにいなかったろう…?焦るなよ、ちゃんとじきに俺が捕まえて来てやるから、もう馬鹿な真似はするな。…あのドクターにすぐ文句言われる俺の立場も、少しは考えてくれよな…」
 瑠輝を抱きかかえ、カプセルへ運ぶ。瑠輝を寝かせてコンピューターの端末のキーを打つと、カプセル内に溶液が流れだし、やがてそれが一杯になると、瑠輝は静かに目を閉じて、眠りだした。
 「これでまた、少なくても十日は奴の能力は借りることは出来ないな…。全く、不便な奴だ」
 サードは独りごとを呟きながら、瑠輝が眠るその暗い部屋を出ていった。外は正反対に明るく、暗室から急に出て来たので目が慣れていない為に、外の明るさは過剰に眩しく感じた。
 何処の土地…そこがどこなのかは、全く見当はつかなかった。広いリビング・ルームに来たサードは、徐にソファーに座り込んだ。
 「…退屈だよなぁ。折角、忍の奴をからかってやるつもりだったのに、瑠輝の奴が馬鹿なことをするとは…。予想外だったぜ」
 瑠輝が忍に会いたい一心で、自分の『能力』だけでスラムまでテレポートするとは、サード自身も考えてもみないことだった。瑠輝が『媒体』無しに、それ程の能力を発揮できるとは思ってなかったからだった。
 (方針を変える必要がありそうだ…)
 物思いに耽るサードを、同じくリビングにやって来た白衣姿の中年の男が、珍しそうに見る。
 「…なんだ、お前。こんな所で寛いだりして」
 「…悪いか?」
 「…暇そうだな。私は休む間もなく、こうして働いているのに」
 「俺だってあんたが言う程、暇じゃないんだぜ?…いろいろと考えているのさ。…例えば、瑠輝の片割れのこととか、俺の能力のこととか…。これでも多忙なんだぜ、いつも」
 男は怪訝そうな表情をサードに向ける。
 「…『忍』とは、誰だ?」
 「ハッ、この期に及んで、すっとぼける気かよ?…今更隠す必要はないぜ。瑠輝だって知ってる。瑠輝には双子の兄がいた…『忍』って言う奴がいたんだってことは、とうにバレてんだよ!」
 サードはテーブルを勢い良く叩いた。男は何も言わずにサードを見つめる。
 「…いいだろう、俺達がどこまで知っているのか知りたいだろうから、教えてやるさ…」
 サードはニヤリと笑い、男の方へ身を乗り出した。
 「…十数年前、裏組織間の闘争が一番激しかった時の頃だ。より優れた暗殺者を求めた彼等は、優秀な超能力者を使ってクローンを造り、さらに他の特性を加えて『人間を造る』ことを思い付いた。あの組織の『遺伝子組み替え実験』の実験体に選ばれたのは、実験をする科学者達の中から、あんたとあの黒髪の女が選ばれた。そしてその『モデル』は当時コード・ナンバー『0031』で呼ばれていた『桐生』という嬰児。そいつは生まれながらにして、かなりの超能力を持っていた。奴のコピーだった『0032』は、クローンとしては不完全だった。瑠輝達はその『0031』の遺伝子と、あんたらの遺伝子を受け継いで生まれた。そして最期に残った『0032』は、不完全だった部分を他から補うことで、死ぬこと無く生き続けた…それが『俺』だ。…つまり俺達四人は、共通の遺伝子を持った者同士ってわけさ。…組み替えの実験は成功だった。だがあんたらは自分のしていることが恐ろしくなって、施設を封鎖した。…証拠を連れて逃げたんだ。逃げたものの実験体を殺せないあんたたちは、片割れの忍を監視の対象からわざと外した。それも一つの『実験』だったんだ。あんたたちは恐れていながらも、瑠輝達の成長に興味があったんだ。同じ遺伝子を持つ超能力保持者が、どの程度の能力を発揮し、その生体が周りの環境にどう影響されてゆくのか、科学者として知りたかった…そうだろ?」
 男は黙って、サードの話を聞いている。
 「忍は女と共に、何処ぞに姿を消した。研究機材のない所では、忍の生命の保証は皆無だ。…あんたは忍はとうに『死んだ』と思っていた。だけどあいつは生きてたんだよ、ちゃんとね。それも瑠輝と比べ物にならない位のより強靭な身体と生命力が、奴を生き延びさせたってわけさ。忍と同じ筈の瑠輝があの様で、納得いくわけないだろう?…それで俺達は調べたんだよ、ドクター。何故、同じ筈の瑠輝達が違うのかってことを…!」
 今まで事実を隠してきたのが、今こうしてサードや瑠輝が再び洗浚い探り当てたことを彼等の口から聞いて、男は驚きに言葉がでなかった。まさか桐生や忍のことまで知っているとは思わなかったのだ。
 男はこの時、サードがよからぬことを企んでいるということに、ようやっと気付いた。そしてそれは自分が何かをしたところでもう止めることは出来ない状態…手遅れであることを悟った。
 サードは蔑むような瞳で彼を睨んだ。


 その頃…任務を終えて桐生のもとに帰っていたライアスも、同じことを桐生に聞いていた。
 「…知ってるんだろ、お前は…」
 「ああ。俺が思うに多分…推測は正しいと思う。遺伝子の組み替えは通常、採取した細胞の培養…クローンを用いて行う。俺のクローンだった『3002』は、『不完全』だった…俺のコピーだったからだ。所詮コピーはオリジナル以上にはなれない。サードや瑠輝はその点からいうと、俺に似過ぎたんだ。でも…忍は一人違った。忍には両親から得た対立遺伝子が同種で形質は優性だった。一方瑠輝は異種だったが、形質は忍と同じだ。忍と異種の遺伝子を持つ俺の遺伝子との組み合わせは、確率的にもその形質は『優性』にしかならない。おまけに俺の優性遺伝子は複対立遺伝子のうちの『劣性』なんだ。…つまり忍は両親の方によく似たってことさ。そうゆうことがあって、結果的に『忍』というオリジナルを生み出したんだろう。忍の潜在能力の規模が、今でも全く見当もつかないのは、そのせいなんだ…」
 「厄介だな、それは」
 「…妙な気分だよ。自分の『分身』を勝手に造られて、そいつらがそれぞれに『自我』を持っているっていうことを知ると、なんだか俺は本当に『俺』なのか…みたいな錯覚に陥る。俺自身が誰かのクローンなんじゃないか、と疑わずにいられない。ある日突然現れて、『お前はクローンだ』なんて言われたら…なんて考えてしまうよ」
 桐生は苦笑して言う。
 「組織の奴等は俺達を『人間』だと思ってない。それはこうしたクローンの実験が繰り返されたからだ。…人為的に造られた生命に、『人権』なんか必要無いと思ってるんだ。発生がどうであれ、同じ『人間』なのに…。出来ることならサードのことにしても、穏便にことを終わらせたい。血腥いことは避けたい。だがサードはあの調子だ」
 「おまけに忍は忍で、自分の感情に流されやすくて困る…って言いたいんだろ?」
 「その通りさ…」
 広い部屋…家具というものは殆ど置かれていない。かつて幾年も昔に何かの講堂として使われていた所のようで、高い天井や音響に気を配った内装の名残が随所に見られる。部屋の一角には長い階段があり、外に通じているようだった。窓が無く、至る所に明かり取りの蝋燭が置かれていて、昼夜関係なく部屋全体は薄暗かった。
 桐生達がいる部屋の中央には小さなテーブルがあり、その上には手のひら大の水晶が置かれていた。その水晶を手にしながら、桐生は深い溜め息をついた。
 疲れた表情…『能力』を使い続け、その為の体力や精力の著しい消耗に耐えられなくなった身体が、限界を訴えているのが感じられる。
 「…ライアス、今まで俺についてきてくれて本当に有り難う。感謝している…」
 「なんだよ、いきなり改まったりして…」
 「今、礼を言っておかなければ、言う機会を逃しそうだからな。…俺は…俺のしてきたことは、間違っていなかったと思いたいんだ。俺がいなくなった後でも、組織はまだ、俺達のような人間を『造り』、『利用』している。…まだまだ、全てが決着ついたわけじゃないんだ。俺はもうじきこの世を去るが、…後を頼む、ライアス」
 「桐生…」
 ライアスは自分の仲間達の中でも、最も信頼のおける人物であり、その『能力』も、自分と大差ない程のレベルの人間だ。桐生と幼馴染みでもあり、桐生は久々に会えたライアスに、心を打ち明ける。
 「…忍は俺の『分身』だ。サードも、瑠輝も…。サードが暴走するのを止められるのは、もう忍しかいない。昔…組織にいた頃の仲間に、俺は自分の『クローン』の存在を聞いた。そしてそのクローンの『0032』であるサードは、自分が『クローン』であることを知っていて、オリジナルである俺の命をいつか狙いに来るかもしれないから、気をつけろ…と言われた。そいつは間もなくサードに殺されたよ。それから暫く沈黙していたかと思えば、いつの間にかに奴は瑠輝を手中に入れ、忍も狙っている。…忍を奴に渡しては駄目だ。…この命に懸けて、それだけは阻止する…!」
 「わかった、お前がそれを望むなら、この俺も全力を尽くそう」
 「ライアス…」
 「この俺も、お前が助けてくれなかったら、今頃はとうに死んでいた筈だった…組織の手駒にされて。この命はお前に与えられたようなものだ。この俺にも、礼をさせてくれ…」
 ライアスがその部屋を出ると、桐生の側近達が次々とライアスのもとに駆け寄って来た。ライアスが急に戻って来た噂を聞いて、桐生の身に何かあったのかと、側近達は気が気でならなかったのだった。
 「ライアス…、桐生は?」
 「…大丈夫、何も心配しなくていい。俺はまた、暫くここには戻らない。だから桐生のこと、任せたぞ」
 ライアスは側近達に微笑むと、その場を離れた。





 スラムに戻った忍とリディアを待ち受けていたのは、あのジークの死だった。
 「…なん…だと…?」
 スタンダール・タウンから戻って来たその足で、馴染の『パルテノン』というバーに寄ると、ジークの片腕のトーマスがいた。トーマスは忍の姿を見付けると、そのことを知らせに駆け寄って来たのだった。
 (まさか、…どうして?)
 ヒューイが狙われたわけは納得がいく。だがジークまで殺されたのは、何故…忍は心当たりが無いか、自分自身に問いかける。
 「…ヒューイが死んですぐだったし、まさかあんたも殺されたんじゃないかって、皆、噂してたんだ。…ここにいるあんたは、ユーレイじゃなさそうだけど。もう、大騒ぎだったぜ?」
 呆然としている忍の腕に、リディアは手を差し延べてじっと忍を見つめる。その仕草が忍はリディアが自分を落ち着かせようとしていることを感じとり、リディアに小さく頷いて、『大丈夫』だと合図する。
 (もう、『現実』からは逃げない。これは、この俺にふりかかっている『現実』なんだ…)
 忍のその姿勢には、サードと戦う気が充分にあるという意思表示が現れていた。
 事件の有様を、トーマスはありありと語る。
 「…あの部屋は仲間に発見されるまで、完全な密室だったんだ。…もう、バケモノの仕業としか思えないぜ。そこいらの人間が、鍵のかかったあの部屋に入って、ジークをあんな風に殺して姿を消すことが出来たなんて、考えられねぇ。それにここ数件の被害者は、俺らとモメてた『キラー』の奴等、クラウド、リック、ヒューイにジークだ。…変だと思わないか?ここ数件に限って、俺達が知ってる奴ばかりだ。…まるで、俺達皆が何かに呪われてるようだよ」
 忍は黙ってその話を聞いていた。恐らくこの場で事件の真相を知るものは、忍とリディアしかいない。サードの存在を知るものは、誰もいないのだ。
 自分に関わったばかりに、関係ない筈の二人の人間を死なせてしまった。いや、自分がスラムに来た為に、大勢の人が無差別に殺されたのだ…忍はもう引き下がれない自分の立場に気付いていた。それと同時に、冷めたような表情のその外見の裏には、サードへの言い表し様のない、激しい憎しみが心の中を渦巻いているのであった。
 トーマスが店を出て行った後、暫くして忍達も店を出た。互いに口を噤んだまま、行く宛てもなくただ路地を歩き出す。そうしているうちにメイン・ストリートまで来た時、リディアはふいに足を止めた。
 「忍…!」
 先を行く忍を呼び止める。黙ったまま、忍も足を止めた。
 「…帰る場所、ないんでしょ?」
 「……」
 「あたしの部屋でよければ、今夜泊めてあげるけど…」
 「…結構。俺は何処ぞでも行くから…」
 忍は振り返らず、リディアに背中を向けたままでいる。少し間をおいて、再び口を開く。その間、何か考えごとをしていたようだった。
 「『桐生』って言ったっけ?…俺、そいつに会ってみるよ。明日…連れてってくれ、リディア…」
 唐突なその言葉に、少し動揺する。ずっと待っていた返事の筈が、何故かそれはもの悲しく思えた。
 「えっ…?…うん、わかったわ」
 「じゃあ、明日正午にここで…」
 手短にそう言うと忍はそのまま歩きだし、側から立ち去って行った。忍の口から『桐生に会いたい』と言ってもらえて、素直に喜んでもいい筈なのだが、とても今はそんな気にはなれなかった。ヒューイにすら忍が話したがらなかった、過去を知ってしまった今では…。
 (忍…)
 どこか寂しげな後ろ姿。今までこの人はそうやって心を閉じて、誰の優しさも受け入れるのを拒んで生きてきたのだろう…本心とは裏腹に…。
 リディアの心境は複雑であった。


 まるで2年前の夜のようだった。スラムに来て最初の夜の時のように、行く宛てもなく、ただ歩き続ける。
 見慣れた街並み…朽ちた建物、ホームレス、乏しい明り…闇空の下も、また『闇』がある。その世界に住むこと2年、今では『新顔』ではなく、すっかりスラムの人間になりきっているつもりであった。いや、そう思いたかった。
 スタンダール・タウンを飛び出した忍は、その近郊を転々としていた。自分の『透視能力』が、賭事に使えるとわかったのもその頃だった。とりわけ金に不自由はしなかったので、気の向くままに生きてきた。勿論、そんな生活を続けていたから定住先はなかったし、スラムへ来たのも『気紛れ』だった。ヒューイに出会わなければスラムに住み着くことは無かったと言っても、過言ではない。
 2年前と違うのは、己の『宿命』に気付いて、もうそれから逃げられないということだった。
 重く伸し掛かるそれは、独りで支えるにはかなり辛い。逃げ出したいという気持ちの方が先走る。誰かが代わってくれるならば是非代わって欲しい…そんな気持ちになってくる。
 …ジレンマが心を押し潰す。『茨の道』に第一歩を踏み入れたばかりの忍は、その先に待ち伏せるサードの鋭い爪が、眼前で己の喉元に突き立てんばかりに構えていることを、まだ気付いていなかった。
 忍はふと、桐生のことを考えた。
 リディアやライアスのような超能力者達を裏組織から助け、まとめあげた指導者…サードが再三コンタクトを求めてもひたすら拒み、しまいには対立したというその人物がどんな人間なのか。
 (確か長く生きられないって言ってたな…。寿命が短いってことは、かなりの年ってことなのか?)
 仲間から絶大な信頼を得ている彼に、もうすぐ会える。その時桐生からもっと詳しくサードのことを聞かなければならない。
 サードとの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

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--SWEET GAME 2001-2006--
WebMaster:MAMORU.A.