トップ > ACT:2/SHOUT! > 第3章:亀裂
 スタンダール・タウン…都市近郊にある、小さな田舎町である。まだ二十世紀の面影が残った、その地域だけが時間が止ったままの雰囲気が漂うこの場所に、リディアは独りで訪れた。
 やわらかい陽射しがふりそそぐ。緩やかな風が吹き抜ける。辺りは静かだった。まだ至るところに緑が生い茂り、鳥達のさえずりが聞こえ、スラムとは別世界だった。
 (ここが…忍が育ったところ…)
 リディアは自分の幼い頃を思い出す。桐生に出会うまでの、過酷な幼年期を…。
 幼い頃…物心付いた頃には、いつも自分がいる所は四方が壁の、何もない部屋だった。あまりにも殺風景で、窓もなければ外の様子など知りもしなかった。
 自分が誰の子供なのか、どうしてこんな所で生活しているのか、幼い自分には考えることは出来なかった。
 毎日決まった時間に起床し、食事をし、何かの実験台として利用される日々。施設内では自由はなく、部屋は『牢獄』に等しかった。たまに同い年位の子供とあうが、それは決まって、『実験』の時だけだ。
 だがそうやって知り合った仲間は、過酷な実験の最中に死ぬ者が殆どで、やっと掴んだ『友情』も取り上げられ、たった一つの心の支えを次々と失い、その悲しみに泣き続けるリディアだった。
 桐生の『声』が届くようになったのは、それから暫くしてのことだった。
 桐生がメッセージを送るようになり、そのような施設から無事助けてもらったリディアは、桐生の一番の親友であるライアスの所へ連れて行かれた。
 『今日から君の兄さんになるひとだよ、リディア』
 桐生に紹介されたライアスは、桐生よりずっと体格も大きく、年上に見えた。ライアスは微笑んで、不安気なリディアを安心させようとした。そして本来は他人であるリディアを『妹』として受入れ、今日に至った…。
 (…忍も、あたしと同じだったのかしら?孤児院で拾われて、それまでの過去を捨て、『生まれ変われ』と言われながら生きて来たのかしら?)
 かなり起伏のある土地は、エア・カーなどを走らせるには、少々無理がある。追っ手から逃れて隠れるには、このような所が丁度良いのだろう。
 リディアは集落から少し離れた、小高い丘にある教会へ足を運んだ。古びた教会は、築百年以上は経っているのだろう、二十世紀の時代に流行った建物の造りをしていた。
 世紀末、かつて人類滅亡の言い伝えに怯えた人々が、藁をも掴む思いで駆け寄った教会…。それは今でも人々の心の救い場として存在していた。
 教会の中は美しいステンドグラスが内装に施され、そこから入り込む陽が明りを取っていた。その光景は神聖な場所であるということを、リディアの脳裏に鮮明に印象づけた。そんな講堂の奥で、蹲るように祈りを捧げるひとりの尼僧がいた。
 「シスター、突然の邪魔をお許しください。ひとつお聞きしたいことがあるのです…」
 リディアは恐る恐る後ろから声をかけた。尼僧はその声に気付いて、ゆっくりと振り返る。
 「…何でしょう?この私でお役に立つなら、どうぞ」
 その尼僧はやさしい微笑みをリディアに向けた。彼女は初対面のせいで少々緊張していたが、その微笑みに落ち着き、話を続けた。
 「あの…単刀直入で本当にすみませんが、…ここの教会では、身寄りのない子供達を引き取っているそうですが、そのことで伺いたいことがあるのです。…十数年前、ここに来た『忍』という少年について…」
 「…忍?」
 尼僧はリディアの問い掛けに、薄れて忘れかけてた記憶を辿って思い出そうとした。暫く目を閉じるように尼僧は考えていたが、やがて深い溜息を付き、小さく左右に首を振る。
 「さぁ、…存じませんわ。残念ですがそのような少年は、ここにはおりませんでしたわ。この近辺には、身寄りのない子供達を善意で受け入れている教会や施設が他にもありますので、そちらの方じゃないかしら?」
 「……」
 リディアはこの尼僧が何か知っているのを直ぐに察した。
 口調に変化は見られないが、かなり動揺しているのがわかる。手元が落ち着かずにしきりに動いている。
 この尼僧は『忍のこと』を知っている。だが知らないふりをするあたりに、何か忍のことを詮索されたくない理由があるようだ。
 「…御存知なんですね、彼を。…隠す理由は何ですか?」
 「何故私がですか?…今、私は知らないと…」
 「あたしは忍の友人なんです。ここへ来たのは、忍を救いたくて来たんです」
 「貴女が誰であろうとなかろうと、いかなる理由であっても、これ以上の他人の過去の詮索に私は協力は出来ません。…どうかお引取りください」
 「シスター、お願いです!忍は今、『過去』のせいで苦しんでいます!…彼を助けたいんです。私は彼のことを何一つ知らない…何もしてやれなくて、自分が歯痒くて。少しでも、彼の負担を和らげてあげたいんです…!どうか私に、彼のことを教えてください。お願いします!」
 尼僧は暫く黙っていたが、リディアの真剣な目に動かされたようだった。深く溜め息をついて、尼僧は言った。
 「…わかりました。あなたがそこまでそうおっしゃるならば、あなたを信じましょう。…貴女がおっしゃる『忍』であるかどうかはわかりませんが、確かに『忍』という名の少年は以前ここにいました。私が知る限りをお話しします。ここではなく、私の私室へどうぞ」
 「有り難う御座います、シスター!」
 尼僧に案内され、講堂と隣接している建物に入る。その向いの建物の周りで、子供達が他の尼僧らと戯れる姿が見えた。自分の『過去』の思い出には存在しない、暖かな光景だった。
 「どうぞお入りください…」
 私室に入り、勧められて椅子に腰をかける。
 「…私は今でも、一日たりとも、あの子のことを考えない日はありません。心配で忘れられないのです。…あの子…忍は本当に可哀相な子でした」
 尼僧は戸棚に立ててある、写真立てを取った。
 「…私は、忍の実の母親のことを知っていました。十数年前のあの日…まだ歩くことの出来ない忍を抱え、彼女はここに来ました。…いえ、逃げ込んだのです」
 古びた写真には何人かの尼僧が写っていた。その一人を指差し、尼僧は話を続ける。
 「…彼女は中央都市の、とある研究施設にいた科学者だと自分で言ってました。…それが子供が出来てしまい、周囲の反対も受けて、そこにいられなくなったそうです。それまで彼女のしてきた研究や立場が重要な機密に触れる為との理由で、どうしても関係者に居場所を知られたくなかった彼女は、ここに身を隠して尼僧となり、忍は『孤児』としてここにいました。自分の素性を隠す為に、彼女は自分が『親』であることすら、忍に一切教えなかったのです。間もなく彼女は気苦労から身体を壊してしまい、他界してしまいました。…本当の母親が近くにいながら、あの子は本当の母親の愛を受けられなかったのです…」
 尼僧はその写真の後ろに隠すようにある、もう一枚の古びた写真をリディアに見せた。そして、一人の少年を指差した。
 「この子がその『忍』です」
 古びた写真には、当時そこにいた子供達がじゃれあいながら写っている。その中にいる、黒髪の少年…。皆が様々な表情をしている中で、一人だけ無表情で笑顔も無く、口元は堅く噤んだままでいる。
 (…間違いなく忍だわ。今と大して雰囲気が変わってないじゃない?)
 「…やっぱり彼です、シスター。面影がそっくりですもの、今と」
 「そうですか。じゃあ彼は、今どこかで無事でいるのですね…。…忍は他の子達と境遇が違っていました。それだけではありません。忍には、他の子供達には出来ないことが出来たのです。その能力の恐ろしさをまだ理解できなかった彼は、その能力のせいで、当時とても仲の良かった友達を、事故で亡くしてしまいました…」
 「それは…『超能力』、ですね?」
 「ええ、人はそう呼ぶのかも知れません。物を宙に浮かせたり、飛ばしたり、人の心を読んだり…。私がそうゆうことはやっては駄目だと言うと、忍はよく怒りました。『どうしていけないのか』と…。確かに彼にとっては『自分の意思で得た能力ではない、生まれついたもの』で、『仕方のないこと』なのですから。…忍の母親であったあの人は、忍が『普通の子供でないこと』は一切語らなかったし、私達がそれに気付いた時には彼女は既に他界していて、私達にもどう対処したらいいのか分からなかった。そんな最中のあの事故で…でも、人より優れた能力を持っているのに、その友人を助けることが出来なかった彼は、それ以来、人前でその力を使うのを止めました。ショックが大き過ぎたのでしょう。家庭の暖かさを知らないあの子達が縋るようにしてきた、ここでの生活で掴んだ友達との絆を、自ら誤って断ち切ってしまったのですから…大切な友達を失ったことは勿論ですが、その原因が自分だったのですから、なおさらのことでしょう…。私達にはどうすることも出来ずに、いろいろ悩みました。…それから直ぐです、忍がここを飛び出したのは…」
 尼僧は涙ぐんでいた。
 「本当の母親が死んで、それからは私達が母親がわり…。子供達は自分の本当の母親のことを想像し、追い求めます。本当の母親が側にいることを言わず、彼女が亡くなった時、忍に本当のことを言って、『母親』と『息子』の別れをさせてあげたかった…。けれど最後まで真実を告げず、自分の素性のせいで面倒なことに巻き込みたくなかった彼女の思いを考えると、それも出来なかった。何も告げずに飛び出してそのまま音信が途絶え、年月が経ち、もうここには戻っては来ないだろうと思うと…悔やみました。忘れられず、こうして今も…。でも貴女がここに来てくれて、忍の無事が貴女のお陰でわかって、長い間気にしていた重荷がひとつとれましたわ…」
 「…彼は先日、また大切な友人を失ったんです、その能力が原因で…。それで彼は逆上してしまって…あたしは、忍と同じ『超能力』を持っているんです。彼の友人に災いがふりかかろうとしていることに気付いて、忠告した矢先でした。…彼のことをもっと前から知っていたなら、こんなことにならずに済んだに違いありません。今回のことは、あたしにも責任があるんです」
 リディアはヒューイの死を薄々感づいていながら、自分の任務遂行という、目先のことだけしか考えずに行動していた結果が、おそらく忍の暴走に繋がってしまうに違いないと考えていた。
 忍が単独で行動するようになれば、桐生の悲願は勿論だが、サードとの戦いに勝算は有り得ない。今までの全てが無駄になってしまうのだ。
 「…貴女も、辛い思いをしたのね…」
 尼僧はそっとリディアを抱き締めた。暖かいその温もりが、彼女の記憶に存在しない自分の母親を連想させた。
 (お母さん…?)
 自分に母親がいたなら、こうやって辛い時、優しく抱き締めてくれたのだろうか…?母親の存在とは自分を産んでくれた他に、何を与えてくれるものなのだろう?…リディアはその腕の中で目を閉じたまま、その身を尼僧に委ねていた。
 「…私は、幼い忍が見せた『超能力』を、手品だとは思いませんでした。勿論、私には貴女達のような『超能力』はありません。ただ、人と違って『出来ないこと』が出来る者の、その『能力』の為にある悩み…苦しみや悲しみを分け合うことは出来なくても、私たちには理解しようとすることは出来る筈だと、今でも思います。その思いを聞き、共に苦しむことで…」
 尼僧はリディアを見つめる。
 「…忍の側に居てあげてください。あの子はいつも口にはしないけれど、人一倍、孤独を嫌う寂しがり屋なところがある子です。本当は泣きたいのにずっとこらえていたり、言いたいことがあっても言おうとしない。…心を閉ざしてしまうんです。どうかその心を閉ざさぬように、側で力になってあげてください…」
 「…はい…」


 リディアは教会を後にし、スラムへ戻ろうと歩き出した。ライアスが教えてくれたことや、尼僧から聞いた忍の『過去』を、どう受け止めるべきか考えていた。
 忍は己の『孤独』を埋め合わそうとする度に、大切な人を失ってしまう。埋め合わせようとした分、傷付いてしまうのだ。
 人の『優しさ』を求める自分と傷付くのを恐れた自分が、益々心を閉ざしてゆく要因になっている。…忍をどう説得したら、自分達を信じて仲間となってくれるのだろう…。
 ふと、前方に人が立っているのに気付いて、リディアは足を止めた。
 「…忍…!」
 じっと自分を見つめている忍は、無表情のまま、そこに佇んでいた。急いで忍のもとへ駆け寄る。いるはずのない忍を目の前にして、リディアは不思議そうな顔をして言う。
 「どうして、あたしがここに来ていることがわかったの?」
 「…ライアスとか言う奴が教えてくれた。あんたに用があったから部屋に行ったんだけど、いなくて。…奴がスタンダールに行ったと教えてくれたんだ」
 「ライアスに会ったの?…そう、あの人が」
 ライアスが忍に対してどんな態度をとったのかはわからないが、なんとなく想像はつく。『兄妹』でいるだけに、ライアスの人柄はよく知っているからだ。
 「…余計な詮索は止めて貰いたいもんだ。どうゆうつもりだか知らんが、ここに来たところで何もわかりはしなかったろう?…これ以上関係ない人達まで、俺とサードのことでゴタゴタに巻き込むのは、もうよしてくれ…!」
 「忍…、あたしはそんなつもりは…!」
 機嫌が悪い。触れられたくない『過去』の傷に、触れたせいだ…その苛立ちがリディアを責めているのがわかる。
 忍は背を向け、足早に歩き出した。その後をリディアは必死に追いかける。
 「待って忍、お願い、聞いてちょうだい…!」
 忍はどんどん歩いていってしまう。慣れない道は走りずらく、リディアは足を取られて転んだ。
 しかし忍は待ってはくれない。足の痛みをこらえて、その姿を目で追う。やるせない思い…忍を引き止めることの出来ない自分が悔しくて、拳を叩き付ける。
 (忍、あたしは貴方に仲間になって欲しいのよ。だから……!)
 その思いは、思うように届かない願いであった。
 「忍…!貴方は決して天涯孤独なんかじゃない!いつだって、独りじゃなかったのよ…?もう、いい加減に意地を張るのは止めて…!」
 悲痛な叫びが辺りに響き渡った。その声に忍の動きが止まる。彼の心に鋭く突き刺さったそれは、かつて己が自己防衛の為に造った『壁』に亀裂を入れた。揺らいだ心が今まで隠し守っていた『本心』を押さえきれずにいる。
 忍はゆっくりとリディアの方へ振り返った。
 「忍…、貴方のように苦しんだのは他にもいるわ。…あたしもそうだった。…あの桐生もライアスも、皆同じように苦しんだのよ。その宿命から逃れられないなら、立ち向かうしかない。自分で『変える』しかない…。力が足りないなら仲間をつくればいい。だから…一緒に、サードと戦って欲しいのよ…!」
 リディアは泣きながら訴える。このスタンダール・タウンに来て過去を知り、同じような境遇に育った忍に、今まで以上の親近感を持ったせいもあった。
 忍は黙ってそこに立っていたが、暫くして蹲って泣き続けるリディアのもとへ戻って来た。
 そっと手を差し延べて、忍はリディアに声をかける。
 「…悪かった、済まない…」
 「…忍」
 忍の閉ざされた心が、少しずつリディアに開き始めていた。あの尼僧の言葉を思い出し、リディアは涙を拭って忍に微笑んでみせる。
 「…力になるわ。あたしは貴方の力になれる。…信じて」
 忍はその後何も言わなかったが、その表情は次第に穏やかになっていった。

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WebMaster:MAMORU.A.