「傷はどう?痛む?随分血が出てるみたいだけど」 「いや、たいしたことはない。あちこちやられたから、そう見えるだけさ」 服が血だらけで人目を引くので、人気の少ない裏道を通って、彼女が働いているバーに行き、裏口から控え室に入った。店員は皆店に出ているので、控え室には誰もいなかった。 「構わず上がって、その服脱いで。あーあ、…ボロボロになちゃって。服は貸してあげるわ。店の人の着替えしかないけど、適当に気にいったのを見付けて」 てきぱきと薬や包帯を用意し、彼女は小さなテーブルにそれを置いた。忍の方はというと、部屋の隅に突っ立ったままでいる。呆れた顔をして彼女は溜め息をついた。 「…その位の警戒心を、あいつに対しても、とってほしかったわよ。ほんと、世話が焼けるわねぇ。いいから、こっちに来なさい!」 怒鳴られて、渋々彼女の所へ行く。 ジャケットを置き、上着を脱ごうと手をかけると、彼女は慌てて目を逸らした。それに気付き、忍の手が止まる。 「あっ、なっ、なんでもないっ、なんでもないったら!」 赤面しながら、あたふたと薬を取る。真近で忍が脱ぎ出し、尚且つ二人きりのこの状況に、彼女は露骨にうろたえている。 「…誰も、こんな所でやろうなんて思わないよ…好き者じゃあるまいし。連れ込む場所なら、知ってるぜ?」 棘のある言い方をする忍に、彼女は睨み付けた。 「助けた恩人に向かって、そうゆうこと言う?…コールガールと勘違いしてほしくないわ!」 「助けてくれと言った覚えはない」 「…いちいち、癇に触ること言うわね…。こんな人だと思わなかったわ!」 彼女が消毒液を傷に塗る度、忍は痛みに顔を歪める。それを見て彼女は笑った。 「…なんだよ、そんなにおかしいかよ」 「だって、忍ったら…」 「サドっ気あるんじゃないの?」 「…いい加減にしないと、本当に怒るわよ。…はい、終わり。もういいわ。何か飲む?お酒がいい?」 「いや、他のものを」 忍はクロゼットを開けて代わりの服を探した。忍が着替えをしている間、彼女はお茶をいれてきた。 「そう言えばあたし、まだ名前を教えてなかったわよね。あたしは『リディア』よ。…それから忍を狙っていた奴のことだけど、あいつは『サード』ってゆうの。かなりの超能力を持ってる奴よ。ここ数か月かしら、奴が派手に動き出したのは。勿論、貴方を狙ってね」 「さっきから『狙う』って言ってるけど、どうして俺を?」 「貴方が『超能力者』だからよ。それも、計り知れない能力を秘めている。貴方自身はまだ気付いていないようだけど、あたしがあの場所へ行ったのは偶然じゃないのよ。貴方が自分の命に危険を感じて、自覚が無いままにオーラを発してたから分かったの。あいつも忍の『能力』がどの程度か探ってたのね。だからここ数日、つけられてる感じがしてたでしょう?…さっきの一件で、あいつにあたしの存在を知られてしまったわ。多分、次は強行手段でくるわね。本格的にサードと戦わなくちゃならないわ」 「戦うって、一体…」 「あたしたちが持っている『能力』は、あたしたちから見れば『当たり前』の力なのよ。でも持っていない人が『普通』でしょ、自分『能力』に傲り、その能力を濫用して自分の私利私欲に使う輩がいるわ。そんなことは許されないことだわ。まして、人を殺したりするなんて…!」 憤慨するリディアを忍は黙って見つめている。 「忍、会ってほしい人がいるの。あたしはその人に、忍を探すように言われてスラムへ来たわ。彼は…彼は『桐生(きりゅう)』という人なんだけど、サード以上の超能力者で、あたし達のリーダーなの。あたしが小さい頃、とある地下組織の実験台にさせられるところを、命懸けで助けてくれた恩人よ。サードが桐生の能力に目を付けて、再三コンタクトを求めてきたわ。だけど桐生は断った。それでサードを敵にしてしまった…。サードは『切り札』を使って、桐生の命を狙ってるわ。…貴方が生まれて間もない頃、引き離された双子の弟『瑠輝(るき)』を使って…!」 忍はリディアから弟の存在を聞き、面食らった。 (双子の弟がいた…?馬鹿な…!) 「俺は知らないぞ…!まして、自分の親すら知らないんだ!どうしてそんなことを…!」 「だから、桐生に会ってほしいの!桐生は全部知ってるわ。あたしは瑠輝の存在しか聞いてないけど、彼は忍の両親のことも、サードが貴方を執拗に狙い始めた訳も知ってる。忍、時間が無いの!…桐生は、もう長く生きられない…。桐生は自分が生きているうちに、なんとかしてサードを封じたいのよ。このままサードを野放しにしておいたらそれこそ、世の中めちゃくちゃになるわ!」 どうしたらいいか分からなかった。弟の存在、サード、桐生…。自分の存在が彼等にとって、重要な存在らしいのは話で分かったが、いきなり告げられたところで、すぐ納得できるものではない。自分が『超能力者』という自覚すら今まで無かったというのに、そんなことを聞かされて、忍は頭が混乱していた。 「ちょっと待ってくれ…!その、サードと桐生が対立しているのは分かった。だけど、桐生は俺をどうしたいっていうんだ?…確かその弟とかいう、…瑠輝が切り札だって言ったよな。俺は超能力を持ってても、大した力はない。その俺をサードにしても、桐生にしても、何故必要とするんだ?」 「…遺伝よ。瑠輝の能力は媒体があって、最大の能力を発揮するタイプなの。その双子である貴方は、瑠輝の波長に最も合っていて、まさにそのものってわけ。貴方は今まで自分の能力をコントロールする訓練をしていないし、どれだけの能力を持っているのか自分で分かっていないから、納得できないんだろうけど。『媒体』が必要だということを、サードはどうやってか嗅ぎつけた。片割れである瑠輝を使って貴方の居場所を探し、無差別に次々と人を殺して自分の存在を貴方に知らしめ、貴方を威嚇し、あぶり出す。サードらしいわ…!」 「このままだと、俺はどうなる?」 「…貴方次第よ。貴方がさっきのように防戦一方で反撃に出れないとなれば、サードに捕まるのは必至だわ。捕まれば多分、扱いは酷いでしょうね。あの男に情けなんていう、人の感情はないんだから…!忍が動く気なら、是非、桐生に会って!」 忍は迷っていた。サードが自分をその場で殺す気が無くても、瑠輝の能力を使いたい故に、自分を無理往生に酷使する気だろう。今まで自由だった生活も、全て失うに違いない。 「サードは貴方を手にいれる為に、貴方を否応なしに自分の元へ来させるお膳立てしてくるわよ、きっと。身内の者を狙うとか…」 (まさか…!) 忍は立ち上がった。急に何か思い出したように慌て出した忍に、リディアは心配して聞く。 「どうしたの、忍?」 「ヒューイだ。ヒューイが危ない…!」 「ちょっと、忍…!」 引き止める間もなく、忍は店を飛び出した。あの時、ヒューイを独りにしてきてしまった。奴がヒューイを狙うチャンスは大いにあった。 (まさか…、そんな…!) 息を切らし、別れた場所へ行く。だがヒューイの姿はそこには見当たらなかった。再び走り、今度は自分の部屋に戻る。ヒューイの身に何も起こっていないことを祈りながら、階段を駆け昇る。 廊下に出ると辺りは静かだった。ドアが開いている。明りのない部屋の方の様子がなんとなく変だった。自分を落ち着かせようとゆっくりと歩き、部屋を覗いた。 一瞬、心臓が止まる思いがした。愕然とし、言葉も出ない。部屋はひどく荒らされ、ぐちゃぐちゃだった。入り口付近一帯の足元が濡れていて、滑る。 (…?) 手で床を触ってみた。暗くてよく分からないが、指先に滑りを感じた。明りを点けようと壁のスイッチに手を延ばすと、触れたそこもぬるりとした感触があった。 (血…?) 辺りの様子を見て、ゆっくりと振り返る…。 (…ヒューイ…!) 絶句したまま立ち尽くす。眼前にあるのは、身体に深々と杭のような物を打たれ、壁に礫のようにされた、変わり果てた友人の姿だった。夥しい鮮血が壁から床にかけて流れていた。 (ヒューイ、なんてことに…!) 誰がヒューイをこのような姿に変えたのか、忍は分かりきっていた。不気味な笑みを浮かべるサードが目に浮かぶ。自分を嘲笑い、楽しんでいる冷血漢の姿を思い出し、忍は身体中の血が煮え立つような激しい怒りを感じた。唇が戦いて止まない。 (よくも…、よくもヒューイを…!) 関係ない筈のヒューイを巻き添いにし、このような姿にした奴が憎い…!非力な人間を殺して、何が楽しいというのか。 「…畜生ぉっ、ぶっ殺してやるっ!」 いつもの冷静さなど見当たらない。ヒューイの死が、今まで見せることの無かったもう一人の人格を引き出してしまった。 血で汚れた拳を床に叩き付け、サードに対して激しい憎悪を掻き立てて、己を見失ってゆく忍がそこにいた。
超高層ビルが立ち並ぶオフィス街。最先端を行くこの地帯には、目粉るしい繁栄の裏に、スラム以上に腐りきった世界が存在していた。警察が実態を掴めずに手を焼いている、地下組織である。彼等が起こすハイテク犯罪は、事件があったという『証拠』すら残さない。完璧な手口と根回しが、『結果』しか作らないのである。 組織間の抗争は特に水面下のことで、謎に包まれていた。 とあるビルに、長いブロンドの髪を揺らし、ヒールの音を立てて入っていく姿があった。 彼女は独りでエレベーターに乗る。 フロアーナンバーを押す様子が変だった。暗唱番号を打ち、何やらボタンを押すと、エレベーターは表示を『上』に点滅していくにもかかわらず、それは『下』に動いていた。 エレベーターが止まり、ドアが開く。 殺風景で廃れたような、何もない空間が広がっている。所々に足元を照らす程度の、目印の役目をしているライトがあるだけで、辺りは暗かった。 長い廊下を歩いてゆくと突き当たりにドアがあり、彼女はゆっくりと開ける。部屋の中は外よりは明るいが、部屋の奥まで見通せる程ではなかった。 「リディア…か?」 静かな口調だった。 「桐生…、一人でこんな所に来たりして、身体は大丈夫なの?」 ヒールの音が響く。部屋の奥でソファーに寛ぐ桐生の側へ行く。 「みんなには黙って来た。止められるが関の山だから」 やや茶がかった黒髪と瞳。どことなく、忍と似た雰囲気の漂う姿。おそらく年も忍と大差ないであろう…桐生は、心配そうな顔をするリディアに微笑みがえした。 「我が儘なのは生まれつきでね、分かっているけど今更直りはしないんだよ。…この間、忍のオーラを感じた。思ったとうりだ、あれは激しいな」 「はぐらかさないで!皆に任せて、もう戻った方がいいわ。気になるのは分かるけど、今の自分の立場を考えて。貴方がいなければ、折角まとまった皆がバラバラになってしまう。…組織はまだ、貴方を完全に諦めた訳じゃない。おまけにサードも動いている。今貴方を失うわけにはいかないのよ?」 「…分かってる」 桐生は地下組織の手口を、嫌という程知り尽くしていた。それは本人が以前、そこにいたからにほかならない。『証拠なき完全犯罪』を行う為に、組織は企業と絡みハイテクを駆使し、さらに『人間』自体をも『道具』にすることを思いついた。遺伝子学から特殊能力者を強化し、『生きる凶器』を犯罪に用いた。自らを危険を冒さずとも、『生きる凶器』である彼等の『超能力』は、しくじることなく仕事をこなす。 桐生は以前、その『凶器』達の中でも、屈指の超能力者の一人であった。使い捨ての彼等に自由がある訳はなく、耐えかねた桐生は組織から脱出した。組織は逃げた桐生を執拗に追い、刺客を送り続けた。だが誰一人と仕留められず、やがて追跡を中断した。それは能力を使い続けることで身体の細胞の機能を著しく衰退させ、やがて死ぬという、桐生の寿命に気付いたからだった。 「それで…忍はどうすると言ってた、リディア…?」 薄暗い部屋の中で、リディアは俯いたままでいる。 「状況は分かって貰えたようだけど、彼には、まだ時間がかかると思うわ…。何も知らなかったんだもの、いきなりじゃ困惑して当然よ。…桐生、忍はあたしたちのことを信じ切ってる訳じゃない。もしかしたらサードにもあたしたちにも、どちらにもつかずに独り歩きし出すかも知れない」 「やはり、俺が直接忍にコンタクトを取った方がいいかも知れないな…」 「桐生、それはやめて!ただでさえ貴方の身体は弱っているのに、ここからスラムまでテレパシーを送るなんてことをしたら、益々貴方は…!」 桐生は静かに目を伏せた。自分の寿命が残り少ないことは、当の本人が一番良く知っている。 「リディア、俺の身体は今まで『能力』を使い続けて、限界に来ている。もう何年も生きられない。だからこそ、生きているうちに全ての『能力』を後継者に託したい。…忍はこのままだと、何も知らぬままサードに操られた瑠輝を殺してしまうだろう。瑠輝を手に掛けた時…忍の精神は死ぬ。サードにとって二人が手に入れば、自分の思うつぼだ。『能力』による著しい寿命の低下にも、身体に及ぼす障害にも、何一つ怯えることが無くなるんだからな。俺は、忍の『能力』を買っている…未知数な分、あいつはサードをはるかに越えた力を発揮するに違いない。…俺は昔、ある人に嘆願された。サードが動きだすから、必ず止めてくれと…だが、この様だ。だからサードの暴走を止めるだけの『能力』を持っている忍に賭けてみたい。あいつなら出来る。この俺がやり残してしまうことを、忍に引き継いで貰いたいんだ、なんとしてでも…!」 桐生に見守られ、リディアは黙って部屋を出た。 エレベーターで上にあがり、ビルから立ち去る。彼女の行く先はスラムだった。
「クッ、クッ、クッ…。面白くなってきたぜ」 含み笑いをし、不気味な笑みを浮かべる姿がそこにあった。 「…何がおかしい、サード…」 その後ろに、白衣姿の中年の男が立っている。 「いや、こっちのことさ。それよりドクター、瑠輝の具合は?」 「なにが『瑠輝の具合は?』だ!勝手に瑠輝の『能力』を借りて、どこへふらついているんだお前は…!瑠輝は長く生きられないというのに、一体どうゆうつもりだ」 「勝手に借りてる訳じゃない。瑠輝の同意の上でだ。…だけど、あんたに瑠輝のことをとやかく言われる筋合いないと思うが?…瑠輝があんなふうになっちまったのは、元はと言えばあんただろうが、ドクター」 薄暗い部屋の一角にある装置を指差して、サードは言った。 円筒型のガラス張のカプセルが置かれていて、それには無数の管が繋がっており、幾つかのコンピューターに連結していた。カプセル内には特殊な溶液が満たされ、その中には眠っているような全裸の人間の姿があった。 コンピューターのディスプレイには心拍数や脳波のデータが表示され、全て綿密にチェックされていた。 「…私は今、こうやって出来る限りのことをしてやっているつもりだ。少しでも長く生きさせてやりたい、そう思ってな…。お前に対しても、私は自由にさせているだろう。もう少し、ことを考えたらどうだ、サード」 「それが自分の息子を実験台にして、半殺しにした親の言う言葉かい?笑っちまうね。…もう一人は五体満足にいるっていうのも、おかしいよなぁ。瑠輝は知っているのかねぇ?」 男の表情が変わった。 「…なんだと?今、何と言った?」 「さぁ?…何か聞こえたかな」 惚けたようにサードは答え、その場を逃げた。 『瑠輝、お前の片割れは直に手に入るぞ…』 カプセルにそっと手を延ばす。おそらく永遠に目を開けることのない瑠輝は、サードの企みなど知る由もなかった。
『第一部・終』 |