トップ > ACT:1/BLOODY STORM > 第4章:現実化する悪夢
 警察はスラムで起こっている一連の事件を、マフィアなどの地下組織との関連があるという前提を立てて、新たに捜査を始めた。最初に事件が起こった頃は、事件の発生場所がスラムであって、被害者は全てその住人で、年齢層以外に共通点がないこと…などから、関連はないと否定していた。だが、手掛かりの無いままに被害者は増えてゆく現状に、さすがに疑わずにはいられなくなってきたのである。
 スラムの通りに、昼夜問わず警官の姿が目立つようになった。
 直接聞き込みに当たっていた者達は、住民の話から関連は皆無だと感じていたが、上層部はそれを受け入れなかった。組織との関連を否定してしまうことは、事件を今だ解決できない警察の『無能さ』を認めてしまうことなる。誰もが、スラムで起こる事件は『完全犯罪』でない、レベルの低いものだと思い込んでいる。それだけに、面子がかかって引っ込みがつかなくなったのだ。
 しかし捜査方針を変えたところで、事件の解決の目処が立った訳ではない。むしろ、さらに困難になっていった。何故ならマフィアなどの地下組織の実態が全くという程分かっておらず、そのことで警察は以前から頭を悩めていた。そんな中で、関連しているという大前提を置いてしまった訳だから、当然といっても仕方がない。
 スラムの人々は、一向に解決させる様子のない警察に対し、不信感を抱くようになっていた。そして、次の犠牲者に自分がなりはしないかという恐怖に、日々怯えていた。
 「ジークの仲間が…?それ、本当かよ」
 狭苦しいジャンクフードの店で遅い昼食を食べていたヒューイの手が止まった。向かいに座っている忍は、ひと呼吸ついて言い続ける。
 「あぁ。そりゃもう、ぐちゃぐちゃ。『ミンチ』そのもの、ってやつさ。目の裏焼きついちまって、たまんないよ。…ああゆうのを見ると、人間は生きてる間は『地球の中で一番進化した生命体』ぶってても、『ミンチ』になっちまえばそこらの家畜と大差ないと思える。ただの肉の塊なんだよな、所詮」
 ふと、お互いにつついていた皿を見た。ヒューイが露骨に嫌な顔をして言う。
 「…食事中だから止めようぜ、この話は…」
 夕べは2件も事件が発生し、人々の話題はそのことしか出てこない感じだった。どこもかしこも、噂話に耳を傾けてみると、皆同じ話題しか話していない。
 内容が内容ということもあって、二人はとりあえず食事を済ませた。それから午後の退屈な時間を潰す目的で、夕べの忍の足取りを辿ったみることにした。
 昼間のストリートは夜とは随分感じが違う。都心中心部の繁華街に比べたら、スラムのドラッグストアやマーケットの規模などは、比較の対象にもならないものではあったが、それなりに人の出入りや活気もあり、賑やかだ。そして陽が暮れれば、今度は世捨て人のような者達があちこちに屯いだして、退屈な毎日の中にちょっとしたスリルや夢を見付けだそうとする。
 時間に追われながら秒単位で変化し続ける都市の中心部に比べ、スラムの時の流れは緩やかだ。
 最初に行った店の時の現場は、既に跡形もなく片付けられており、なんらいつもとかわらぬ様子だった。その場所で屯っている連中はおそらく、被害者の仲間達だろう。弔いに来ているらしい。
 「二度も現場に出くわすなんて、さらさらあるもんじゃないよ。でも、忍の身に何も起こらなくて良かった。出掛けるのを許したのは俺なんだからね。『引き止めれば良かった』、なんていうことになってたら、俺、悔やんでも悔やみ切れないからね」
 「そしたら俺は毎晩、『何故あの時引き止めてくれなかったんだ』って、枕元に立ってやるさ」
 「…忍らしいよ、それ」
 普段、夜しかあまり出歩かない彼等は、久々に陽の光を全身に浴びた気がした。太陽だけは、スラムの貧しきも者も都市中枢部の裕福な者も関係なく、同様に光を注いでくれる。物騒な夜に比べ、昼間は静かで穏やかだ。
 忍が飲んでいたそこのバーは、昼間は閉店していたので入れなかった。仕方なくそのまま次の店へ足取りを追って行く。
 ジークの仲間の、クラウドとリックが殺された現場に行くと、そこにはジークやトーマスの姿があった。やはり事件の跡は片付いていたが、古いブロック塀には返り血が染みついて血痕が残り、事件の内容を物語っていた。
 俯いていたジークは忍達の視線に気付くと、近寄って来た。
 「よぉ」
 自分の仲間が二人も殺された上、警察の事情聴取に長時間つきあわされていたのだろう、疲れた表情からは普段の勢いは全く見られない。
 「噂には聞いてたからよ、こうゆうことが最近よくある、ってぇのは…。だがよ、身近な人間がこんなことになって、…もしかしたら自分だったかもしれない、と思うと肝が冷える思いしたぜ」
 「…彼等は…、気の毒だった」
 忍は静かに目を伏せて、弔いの意を示した。
 「あんたにそう言って貰えると、今頃あいつ等、きっと喜んでくれてるぜ。『魔王』に肖りたい、が口癖の奴等だったしな」
 やけにしおらしいジークのその態度が、意外に子分思いの人間だということを実に表していて、忍はジークが憎めない気がしていた。ヒューイもまた、傍若無人な印象しか今まで持ってなかったのだが、その反面を知り、ジークという人間を初めて知った気がした。
 「あの店、この時間でも開いてるぜ。まだ夜には早いが、一杯つきあってくれねぇか?」
 「…いいよ」
 忍はヒューイに合図してジークの後について行き、二人は店の中に入った。まだ陽が明るいこともあって、人影は疎らだった。
 「いらっしゃ…い?」
 ジークの顔を見るなり、あのウェイトレスは眉を顰めた。
 「やぁ、また来たよ」
 ジークの影から忍が顔を出すと、とたんに彼女は態度が変わった。
 「忍!いらっしゃい、待ってたわ。…あら、今日はお連れさん?こんな時間から来てくれるなんて」
 「ねーちゃん、一杯頼むよ」
 ジークは独りさっさとテーブルにつき、煙草に火を付ける。
 彼女は、きっ、とジークを睨む。彼女にとってジークはよほど気に食わない、天敵のような存在なのだろう。
 「この時間では、お酒はお出ししておりません。お生憎様。どうしてもというなら、よそへどうぞ」
 容赦なくピシャリと言い放つ。見兼ねた忍は彼女に頼んだ。
 「そこをなんとかして貰いたいんだけど。無理かい?」
 お気に入りの忍に頼まれたとあっては、さすがに彼女も嫌と言えず、黙ってカウンターの中に入って行った。
 三人でテーブルを囲むというのは、実に落ち着かなかった。今までが今までだったし、特にヒューイからしてみればジークは恋敵でもある。おまけにウェイトレスまで加わって、忍の周りはまさに火花が激しく飛び散っていた。当然、当の本人は原因が自分であることを解っていない。
 酒が来る頃には既に、忍とジークが二人で夕べの事件のことを話し込んでいて、ヒューイもウェイトレスも、話題に参加する隙間がない状態だった。ウェイトレスは事情を知っていたから、ただ聞いているだけのこの状況に堪えられたが、ヒューイの方はどう見ても面白くない。次第に独り酒になっていき、話のネタが尽きる頃にはかなり酔っていた。
 「おい、大丈夫かよ?」
 「…へーき、へーき。忍はぁ、ずーっとジークと話してりゃいいんだって。俺のことなんかぁ、放っとけ!」
 「飲めねぇくせに飲む馬鹿野郎が。お前も苦労するな、忍」
 「…なんだとぉ!誰がぁ、馬鹿野郎だとぉ!」
 「ヒューイ!よせ」
 「てめぇのことだよ、ヒューイ。この馬鹿野郎が」
 「なんだとぉ、もう一度言ってみろ!」
 「あぁ、何回だって言ってやるぜ。この大馬鹿野郎!」
 「…ジーク!二人共、よせよ!」
 ジークが本気で手を出していたら、とてもではないが忍には止められなかっただろう。ジークが引いてくれたので殴り合いにならずに済んだが、ヒューイはすこぶる機嫌が悪い。
 「ジーク、そろそろ俺達は引き上げるよ。またな」
 忍はヒューイに肩を貸すと、足元がふらつくヒューイを引き摺るように連れ出した。
 「おぉ、またな」
 ジークも一言しか言わなかった。
 二人が店を出たのは夜半前だった。

                             



 「何怒ってんだよ、さっきから」
 「別に。怒ってなんかないよ」
 酔いが冷めてきたヒューイは、今度は自己嫌悪に陥っていた。自棄酒をあおっていた自分に、ジークが罵ったそのことを冷静に考えてみれば、腹を立てた自分が情けなく思えてならなかった。
 あの時、自棄酒をしたかったのはジークの方だったのに…たかが嫉妬心だけで突っ掛かった自分が、恥ずかしかった。
 「…忍、先帰っててくれよ。もう少し酔いを冷してから帰るから」
 「つきあうぜ、どうせ暇だから」
 「いや、いい。独りにしてくれないか」
 「わかった」
 忍は少しも咎める様子もなく、すんなり聞き入れて、先に行ってしまった。
 もしかしたらジークの言う通り、自分が気付かない部分でいつも忍を困らせているのだろう…忍の後ろ姿を見つめ、ヒューイはそう思い始めていた。
 忍と知り合って2年という月日が経っている。その時間の中で、ヒューイはいつも忍の後ろに隠れて生きて来た。主導権を握っていたのは忍だったが、何をするにも、忍はヒューイを一番に考えて行動していた。自分自身もついその優しさに甘えてしまい、時に我儘が過ぎて喧嘩寸前ということもあった。そんな時、身を引いてことを静めるのは大抵、忍だ。
 忍はあまり、喜怒哀楽を示さない。いつも冷静沈着で口数も少なく、また、自分のことを話したがらない。忍がスラムに来る前、どこでどんな生活をしていたのかヒューイは知りたがったが、話し掛けると、上手くはぐらかされてしまう。
 (忍は俺に、完全に心を許してくれてる訳じゃない)
 ヒューイは忍を信頼し、尊敬し、全身全霊で尽くしていても、忍は同じように返してはくれない。大切にされているのはよく分かっている。だがしかし、この心の寂しさはなんだろう。どこか僅かな隙間に入り込む、冷たい風…。満たされることのない想いが、彼を再び孤独にする。不安に、胸が押し潰されそうな感じになる。
 (忍、俺を見捨てないでくれ…)
 忍を失ったら生きて行けない。忍こそが、今自分が生きていく糧なのだ。
 (忍…、愛している。愛しているのに、…)
 独り苦悩するヒューイを慰めてくれる者は、ここにはいなかった。




 それは再び襲って来た。
 突き刺すような視線は忍の神経を逆撫でし、その不快さに眉を顰める。人込みの中にいる今でさえ、忍を見失うことなく的確に後を追っていて、絡みつくその視線は離れる様子がない。
 だからといって忍に歩み寄り、姿を見せるわけでもない。距離を置き、忍を伺っているようだ。
 (人目を気にしているなら、こっちから行ってやる)
 わざと裏道へ逸れる。先日から執拗に付纏う者の正体を知りたかった。人気のない建物の裏は、雑踏での人々の『思考』が雑念として入ってこないので、感覚が鈍らず、気配をはっきりととらえることができる。
 (いい加減、姿を現したらどうだ?俺ひとりで誰も見ていないこの状況を逃すのは、馬鹿としか思えないな)
 忍に向けられている、悪意を潜めた思念の気配は、ここに来てから一層強く感じられる。自分が意識してその気配の様子を伺っていることもあって、先日よりも強く、かつ悍ましく伝わっている。
 突如、『それ』が動いた。
 何かが物凄い勢いで、忍目掛けて飛んで来た。とっさに身体を動かし、躱す。
 忍が避けるとそれは後ろの壁に叩きついて弾け、壁に弾痕のような無数の跡を残した。
 (念動力…!まさか?)
 体中の血が、緊張感で熱くなってきた。鼓動が高鳴り、焦りを感じる。威圧感が忍に重くのし掛かってくる。
 それは間を入れずに、次々と忍を攻撃してきた。忍は必死に躱す。『物』が飛んで来るわけではない。気迫が風圧のように弾き飛ばすのだ。避けながら、忍はなんとなく一連の事件の謎が解ってきた。凶器を使わずにしてあの様に人を無残に殺す方法は、これなのだ。
 (畜生、これじゃあ防戦の一手じゃないか!)
 避け切れずに掠ると、そこは鎌鼬のように鋭く切り刻まれ、忍は痛みに声をあげた。容赦なく、攻撃は止まない。まともにそれを食らえば、自分もあの事件のように無残な屍と化してしまうだろう。
 『クッ、クッ、クッ…。どうだ忍、生きながら切り刻まれる気分は…』
 奴の声だ。忍は気配のする方を睨んだ。
 「誰だ、てめぇ…!姿を見せろ!」
 辺り一面に異様な空気が漂っている。靄がかった地面に、何かが現れた。それはゆっくりと沸き上がるように、忍の前に姿を見せた。
 (馬鹿な…?俺がいる…!いや俺じゃない、違う奴だ…!)
 自分の目の前に現れたのは、自分とよく似た一人の男だった。だがよく見ると、顔かたちは瓜二つだが髪の色や瞳の色は全然違う。 透けるようなブロンドに、ブルーの瞳。忍とは正反対の色をしている。全身に碧いオーラを纏い、衣服はない。それが『実体』でないことを表していた。
 『忍…、ケルベロスが地獄でお前を待っているぞ。…お前のその血、その身体、細胞のひとつひとつの全てが欲しいと待っている。貴様が欲しいと待ち望んでいるぞ』
 全身に寒気が走った。
 (夢と…同じ?)
 男はうっすらと笑みを浮かべ、忍の反応を楽しんでいる様子だ。
 「失せろ…失せやがれ!」
 忍はその男に対し、ありったけの気迫で押し退けようとした。だが、男はびくともしない。
 『その程度の能力で、無駄なことよ。…忍、おとなしく諦めて奴の虜となれ。逆らっても無駄だぞ。お前はこの俺から逃げることは出来ない』
 「煩い!消えろ!」
 その時だった。男が突然、横に吹っ飛ばされた。叩き付けられる寸前、男は姿を消した。何が起こったのか分からず、忍は呆然と宙を見ていた。
 「忍…!大丈夫?」
 良く通る声、長いブロンド。あのウェイトレスが忍の前に現れた。
 「忍、気は確か?…やっぱり貴方だったのね、忍。あいつがここに来たのは、あなたがいることが分かったせいだったのね」
 脱力していた忍が、我に返る。
 「…どうゆうことだ?」
 「どうゆうって、貴方今、あいつと話してたじゃない!…あぁ、わからないのも無理ないわ。…とにかく、その傷を手当てしなきゃ。話は後よ。あいつがいないうちに、ここから離れて場所をかえましょ。また現れると厄介だわ」
 「放っといてくれ。あんたには関係ない」
 「何言ってんのよ。誰が助けたと思ってんの、あたしがもう少し来るのが遅かったら、貴方あいつに完全に捕まってたわ」
 「知るか…!俺はあいつのことなんか、知らない!命を狙われる覚えもない!」
 「御託並べて駄々こねてる場合じゃないのよ、忍!あいつはね、スラムにごろごろしている輩と違うのよ!因縁つけてることが違うの!…あたしがあの時言った言葉、忘れたの?あれほど気をつけてって言ったのに、この様じゃない」
 彼女の言うことに疑問がわいてきた。まるで、忍が狙われることを前々から知っていた口振りに、妙だと感じないことはない。
 「…なんなんだよ、あんた…」
 彼女は警戒している忍に、優しい目をして言う。
 「…仲間、とは言えないわね。貴方がそう警戒しているようじゃ分かって貰えそうもないし、ただのお節介焼きとでも言いましょうか。…まぁ、同類ってことよ。貴方がカードに異様に強いのは、貴方が透視能力を持ってるからってこと位、あたしはずっと前から知ってたわ」
 忍は驚き隠せなかった。誰も知らない筈なのに、彼女は自分の秘密を知っている。まして彼女とは店で会ったのが初対面だったし、どうしてそのことを知っているのか。
 「はい、その続きは後!だいたい分かったでしょ、とにかく一緒に来て。手当てが終わったら、納得いくまで知ってる限りを教えてあげるわ」
 現状がいまいち飲み込めない忍であったが、彼女が自分に危害を与えるような感じはしなかったので、とりあえず彼女に従うことにした。

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ACT:2/SHOUT! | 第1章:冷たい雨の中で | 第2章:歪んだ鏡 | 第3章:亀裂 | 第4章:消された記録 | 第5章:招く手 | 

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