「はぁ、…木原どうしよう、俺が次期部長だなんて…」 部活が終わって部室で着替えていると、横で嘆きの声がする。 「そりゃぁ先輩達が『お前が適任』と言ったからそうなったんだし、腹くくって『俺が部長だ、文句あっか、ドーン!』…で良いんじゃない?」 嘆きの主、同級生の矢島が大きく溜息をついて俺の肩を叩く。 「…お前は良いよなぁ、いつもそんな感じでいられるから…」 「別に『部長』って言ったって、キャプテンは奥野だろ?今までと大して変わらないでしょ。歴代も部長ってそんな感じだったみたいじゃん」 「いーや。お前は今度の新入生獲得の大仕事が、例年なく苦戦ってことを知らないからそう言えるんだよ。…同じ体育館使用って面で、あのバスケ部の新部長が強敵過ぎるんだよー」 「ほぇ?…むこうも新部長決まったの?」 「ああ。予想通り、本命馬のあの篠田ときた。…もぉ絶対アカンわぁ〜。来年度は絶対、フルコート使用回数が激減するぅうう〜」 なるほどね…あっちが篠田ときたら、確かにそうかもしれない。まぁ俺にとっては部活でスポーツ推薦を狙う気もないので、今まで通り適当に部活ができればそれでいいのだが。 たまに部活の最中に半分に仕切られたネットの向こう側…あいつに目をやると、自分がコートに入ってなくても、あいつは絶えずしきりに動いている。後輩への指示やら、順番待ちの合間に柔軟やら筋トレやら…生まれ持った天性というより、人一倍努力して、そうなった人間なんだなとつくづく思った。 昇降口に向かうと、そこには1年生らしき女の子となにやら話している『噂の張本人』がいた。どうやら部活が終わるのをわざわざ待ってたのか、不意打ちの『待ち伏せ告白』だったらしく、その口調はとても戸惑っていて…見ると結構可愛い子なのに、当の本人はまたもや丁寧にお断り。それをハナにかけてるというか、自慢にしているなら『イヤな奴』で完結しちゃうんだけど、さらに輪をかけて本人が相手に断るのにいちいち『フリー』であることを表明してしまうものだから、それが噂で伝わってアタックする子が後を絶えないんだろう。 俺は気付いていないふりをして、靴を履き替え二人の横を通り過ぎた。 「あ…、木原…!?」 あいつはそんな俺に気付いたのか、この場を逃れる助け船…というか、強引に『助け船』にさせられたのだけれども、わざとらしく呼び止める。 「…じゃぁ、さよなら…」 ぺこりと頭を下げて、慌てて彼女は立ち去る。 「なんだ、お前も帰りか?」 「…『なんだ』じゃないっしょ?…生徒会長&部長になってから、更に増えてない!?」 「え?…聞いてたのか?」 「聞いてたも何も、ヒトの下駄箱の側で話してて、なんでこっちが遠慮しなきゃならんのよ?まぁ、隠れてデバガメする程面白い展開でもなさそうだったし」 …そうそう。そんなもん、あの堤さんと遠山さんの『それ』をバッチリ見ちゃった俺にとって、あれ以上の強烈な刺激なんて当面あるとは思えない。 「あ、そっか。…お前は6組だもんな」 何も考えずに咄嗟に俺を呼び止めてしまったせいか、急にあいつは会話に困った顔をした。そりゃそうだ、1年で一度はクラスこそ一緒になったものの、殆ど接点なんか持ってなかったんだから。 「…用がないなら、俺、急いでるから」 「え?…あぁ…。呼び止めて悪かったな」 そうとでも言わなきゃ、お前はどうやってこの場を持たせるつもりだったんだ?…俺は軽く手を挙げ、先に校舎を出た。 その篠田に異変が起こったのは、年も明けた年度末近くだった。 とにかく、あいつの張り切り具合が尋常じゃなかった。頭を打ったと言うにはあいつの性格的には考えにくいので、それこそ、誤ってアブねーキノコ食ったとか、後輩の手作りの差し入れ…(注釈:ヤバそうな薬入り)…に当たったんじゃねぇか?…ってな位に、ハイ・テンションだ。うちの部長である矢島の情報によると、どうやら今後が有望な篠田の後輩がうちの高校に合格したらしく、新入部員内定ってなわけで、あの調子になっているということだった。 今まであんな姿、見たことがない。 はりきってる理由が、単に後輩の内定だけが理由じゃない気がする。まるで浮かれて『はしゃいでる』感じだ。 その理由は、入学式が済んで仮入部期間に入った時に判明した。 その目が絶えず追っている…とりあえず他の方にも目を向けてはいるものの、気が付くとやはりまた見ている…十数人はいるであろう、入部希望者の中でも唯一一人だけ、あいつは確かに『見つめている』。 …『大塚 祐司』か、なるほどね…と俺は察した。変にどうこう考えてない分、あいつの態度はとても分かりやすい。全ては大塚がいたからだったんだ。ただ、あいつが『真面目過ぎる』だけにその反動も気にかかる。あいつの片思いだけで『済んだ』のなら、それはそれだったんだが…。
『捨てられたんだよ、俺は』 あいつの口からそれを聞かされた瞬間、平静を装う俺の中で何かが外れた感じがした。 翌日も廊下で出くわした時、あいつは俺に向ける顔が困惑に満ちてて、挨拶をしたらいいのか、そのまま知らんぷりをしたらいいのか迷っている感じだ。 「篠田さぁ、今日、帰りにうちに来ないか?試験休みでそっちも部活ないだろ?」 「…え?」 「気分転換だよ、来いよ。放課後一緒にそのまま帰ろうぜ」 この時俺には既に画策があった。 今日は吉原さんも父も母も不在だ。父の展覧会の準備で、この時間我が家に邪魔者はいない筈。もしも仮に誰かが留守番しているとしたら…。 「あ、おかえり、笙くん」 まさにビンゴ、予想通りだ。アトリエにはあの広田さんが来ていた。 「お邪魔します。…初めまして、バスケ部の篠田です」 篠田は彼が俺の家族か親戚と思ったのか、礼儀良くきちんと挨拶をする。 「あれ?友達連れてきたんだ、珍しい」 「うん、たまにはいいかなと思って。…紹介するよ、広田さんって言って、親父のいる大学の院生なんだ」 「あ…、」 家族じゃないと分かって、彼はばつが悪そうに頭を掻く。 「親父達、いつ頃帰ってくるか聞いてる?」 「あぁ、電話があって遅くなるって。照明器具の搬入作業が遅れているらしい」 「そっか。…広田さん、今日バイトとか予定ない?」 「ん、今日はね。帰ってからレポート書く位かな」 「じゃぁさ、まだちょっと時間あるよね?…広田さん、一緒に『久々に遊ぼう』よ」 「『遊ぶ?』…何して?」 広田さんは怪訝そうな顔をする。 「だからここで『遊ぼう』よ、ね?」 広田さんは一瞬動きが止まって…俺が何を言いたいのかが分かったのか、篠田をじっと見る。 「…彼も一緒に?」 「うん。こんなこと、『広田さんじゃなきゃ』頼めないよ」 広田さんはクスッ、と笑う。 「わかったよ。しょうがないな、笙くんは…」 篠田は空気が全く読めていないらしく、間の抜けた顔をしている。 「…遊ぶって、何を?」 「こないだの『続き』だよ、篠田。俺に途中で止められて、ずっと気にしてたでしょ?…ねぇ、広田さん、俺、実のところあまり良く知らないんだ。どうすればいい?…彼は最近いろいろあったから、俺が元気付けてあげたいんだ。彼は『大切な友達』だからね。…そうだよね篠田、…どうせならあの大塚祐司なんか忘れる位の方がいいでしょ?」 「ちょ…っ、木原っ…!」 動揺する篠田に、広田さんが見ている前で否応なしにキスをする。 「…な…に考えてる…っ!?」 「考えてること?今更何言ってるの?…だって、大塚のこと考えちゃうから辛いんでしょ?だから考えられない様にしてやるんだよ」 半ば力ずくで、さっきまで広田さんが座っていた椅子に座らせる。そのまま押さえ付けながらキスすると、篠田が俄に抵抗しだす。 「笙くん、ちょっとそのまま押さえてろ。彼の手が邪魔なんだよ」 広田さんは僕のベルトを外して、篠田の腕を椅子の後ろにベルトで固定する。二人がかりで押さえつけられ、さすがに篠田も暴れようがなかった。 「俺は手荒な真似なんかするつもりないんだぜ、篠田。…別に、今まで『大塚としてた』ことと大して変わらないんだから…俺を大塚と思えばいいだけのことじゃない?」 後ろから広田さんが俺をつつく。俺のネクタイを軽くつまんで、目隠しのポーズを俺に見せる。 「あ、…それいいね」 俺はネクタイで篠田を目隠しした。自由を奪われ、視界を失った彼の耳元で呟くように囁く。 「…お前が可哀想だから、この俺が慰めてやるんじゃないか。なぁ、『克博』…」 広田さんに合図する…抵抗できない篠田のベルトに手を掛ける。 「…っ!!!」 様子が見えない篠田が過剰に反応し、ビクリと身を引く。シャツのボタンを上から順番に外し、細身ながらも鍛えられてバランスのとれた胸元が露わになる。 「キスがいい?…それとも?」 「あっ、…!」 手慣れた様子で広田さんが彼のズボンを下ろす…臍の辺りから滑り降りた手が彼を捉える。 「ねぇ、…あの大塚はどんなことしてくれた?…でも、さすがにこれは無理だったかもしれないけどね」 「んっ…」 彼の唇を奪いながら、そのシャツの中へ手を入れる。触れた突起を指先で弄ぶと、小刻みに身を逸らす。その一方で広田さんは何の躊躇もなく、彼を己の口へ迎え入れていた。 篠田の呼吸が乱れていく…自由を奪われ、様子を伺えない状況の中で受ける刺激の強さに抵抗する術も忘れ、口元が弱々しくなっていく。 ふと目にした篠田の『それ』を見た瞬間、背中から腰にゾクリと走るものがあって…うっすらと紅潮した肌に微かに滲みだした汗と、荒い吐息…広田さんの手と舌が執拗に篠田を刺激し、己の先走ったものと広田さんの唾液にまみれていくのに、押さえきれない衝動がこみ上げてきた。 「…広田さ…ん…、俺…」 名を呼ぶと広田さんは俺を上目使いで見て…篠田を一度解放すると椅子から彼の身体を床に下ろし、彼の物をその指先に絡め出す。 「そっちの足、押さえて」 ぐい、と腰を浮かせられ、広田さんの指先が篠田のそこに触れる。 「ひ…っ、あ…ぁッ」 小さい悲鳴のような声が零れる。異物が中で動く度、彼は逃げるように腰を引く。広田さんは俺の手を取り、目の前にいきり勃つ彼を握らせた。 おもむろに伸びた広田さんのもう一方の手が、俺のズボンの上に触れて…俺は慌てて片手だけで足をばたつかせながら下ろし、後を広田さんに任せる。 「…くっ…ぁっ、…あぁ…」 「はぁ…、あ…っ」 俺は広田さんが俺にしてくれているのと同じように、夢中で篠田を強く握るように動かす。この手の中であいつが『感じている』のが分かると、余計に手を止められなかった。 「…広田…さんっ、もぉ…っ!」 広田さんの手が俺から離れ、篠田から指が引き抜かれる。俺が辿り着きやすいように、広田さんはさらに足を引き上げた。篠田のそこが露わになり、己のものの跡が残っているのが分かった。 何の迷いも、今更あるわけがない。 「つっ…、うあぁっ…あぁあ…っ!!」 熱い、なんて熱い…!もう俺は頭の中が一気に真っ白になって、なかなか進まない篠田の中へ強引に押し進めた。あいつが叫んでいたのか泣いていたのなんて、そんなものはもう聞こえない。とにかくこいつの中に全部ぶちまけてしまいたくて、ついその肌に爪を立ててしまう勢いでいたのは覚えていた。広田さんの腕に逃げ場のないその足が宙で弧を描かせ、縛られた手がベルトの革をきしませた。 …俺はこいつを、何もかも今ここで滅茶苦茶に壊してしまいたかった。
「何だい?」 「…別に」 やわらかな日差しが入る昼下がりのアトリエでひとり黙々と筆を動かす吉原さんの姿を、俺はじっと見ていた。 …この人は何も知らない。ここに来ている他の人達が偶然と必然を繰り返して複雑に絡みあっていたことも、このアトリエで『何』をしていたのかも…その根源、本人には全くそのつもりも後先どうなるのかも考えてないだろうから、余計になんだけど…何気ない一言が全部それらのきっかけになってたんだ。 「吉原さんってさ、ホント、『碧』色が好きだね」 「…あははは。気付いてた?」 「うん。…なんだかんだ言って、吉原さんが一番ここにいるの長いじゃん。ずーっと見てるからさ」 「…そういえば、そうだよなぁ。俺が初めてここに来た時、笙ちゃん小学生だったもんなぁ…その笙ちゃんもう受験生だもんなぁ」 「うん」 「そろそろ進路決めなきゃなんないだろ?やっぱ美術系なんか?」 「まだそこまでは決めてないよ。…確かに、自分の興味とは関係なく得意なのは認めるけどさ…」 「ははは。…そうだよなぁ、ほんのガキの頃からそーゆーもんに囲まれてりゃぁ、勝手に身体が覚えちゃうもんな」 …勝手に覚える…そうかもしれない。俺が望んだことじゃないのに、ここに来た人達は『勝手に』俺に教えていくんだ…後先考えずに。 「…なんかそこ、ひん曲がってない?」 俺は彼のキャンバスを指差す。 「え?…そんな訳ないだろー?」 彼はキャンバスから少し離れて確認する。 「曲がってるよ。ぜってぇ曲がっている。こっから見ても角度的にわかるもん」 「…あ、これ?…わざとだよ。タイトルが『歪んだ軌跡』なんだ」 「…紛らわしい…」 「ふっふっふっ。いくら笙ちゃんでも、この美的感覚にはまだまだついていけないようだね」 吉原さんは自慢げにふんぞり返りながら指を左右に振る。 「でもまだ未完成なのに『これ』に気付くとはさすがだよ…やっぱ笙ちゃん、あの教授の息子だけはあると思うな」 吉原さんはニコリと笑った。 |
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