トップ > 笙一の場合 > 第2章:檻の中にいるもの
 その名は何度学校で話題に出たか、もう覚えきれない程だった。
 おそらく、学校中が彼のことを知っていたかもしれない。
 文武両道、素行も優良、人望も厚く、ルックスも悪くない。逆に欠点を探す方が大変な人物とくれば当然のことだろう。この出来過ぎた人間…『篠田 克博』を、俺は最近『観察』している。
 なんだか物珍しい珍獣が、人だかりの中で愛嬌を振りまいている感じ…彼の一挙一動に反応している周りの人間が、余計に彼の存在を特異なものに見せてしまう。そして、周囲の反応をまるで鏡に映した自分の姿を確認するように、彼は自分を掻き立てているように見えた。
 「…篠田ってさぁ、ホント、典型的な良い子ちゃんだよねぇ…」
 「何を今更?…篠田がもてるから、やっかんでんの?」
 頬杖ついていた俺の腕を取ろうと、クラスメイトがちょっかいを出す。
 「まさか。俺そこまで困ってないし、そんなことはどうでもいいんだけど…」
 ただ気になった。根っから良い子ちゃんってのは、あそこまで『完璧』になろうとしないし、鏡を見るみたいに周囲を伺わないと思う…そう直感してたんだ。
 親父の血と育った環境のせいか…俺はどうやらカンというか、洞察力というか、他の人があまり意識しない部分に目がいってしまうようで…そうゆう性分なのだ。
 「ああいう奴ってさ、ちょっとしたきっかけが命取りなんだよねぇ…」
 完全防御、超攻撃態勢の最強武装状態…その僅かな隙間が俺には気掛かりで仕方なかった。 


 「あれ?…笙ちゃん?」
 駅前のコンビニの雑誌コーナーで立ち読みしていると声を掛けられた。
 「あ、坂井さん…?」
 「うっす!奇遇だな。部活帰り?」
 「うん。…あれ?坂井さんこそ、なんでこんなとこいるのさ。アパートと逆じゃない」
 俺は雑誌を棚に戻した。
 「これからヨッシーんとこ行くんだよ。レンタル開始されたばっかりのDVD借りてきたって言ってたから、俺も便乗させてもらうおうと思って。さすがにタダ観は悪いから、ちょっとばかり差し入れを買いにね」
 「…懐事情バレバレだね…。バイトの給料日前だしね」
 「あはははは、…もう、キッツイなぁ、笙ちゃんは」
 吉原さんの家といっても、彼はうちの居候だ。俺は成り行きで坂井さんと一緒に帰宅することになった。
 坂井さんが一緒だったせいか、ふと、暫く忘れていたことを思い出す。
 「そういえばさ、最近遠山さん達とは会った?」
 「ん?…なんで?」
 「いや…なんとなく。…美大ってさ、裸体デッサンとか描くんでしょ?」
 「ああ、まぁね。学部というか、授業で違ってくるんだけどさ」
 「やっぱり女も男も関係なく描くの?」
 「…え?…ははぁ〜ん、やっぱ気になる?…ゲージツだから下品な概念捨てなきゃならんのだけれども、一度はみんなドキドキするんだよなぁ。モデルさんがいてさ、ちゃんとモデル料払ってお願いするんだよ。勿論オーディエンス&ギャラリーは一切なしで、モデルさんに失礼のないように細心の注意を払ってね。…分かっちゃいるけど、やっぱ、『観なきゃならない』のは結構描く側も辛かったりして」
 「モデルを学生がするってこと、あるの?」
 「あんまりないみたい。実際モデル料って幾らか分かんないけど、正味2時間位の依頼で結構高い、ってのは聞いたことがあるな。授業だと学校が支払ってるから明細が分かんないわけだけど、自主制作とかでモデルを使ってるのは稀かもね」
 「ふうん」
 「…それと遠山と何の関係が?」
 …鋭いな。ごまかしたつもりだったんだけど…。
 「遠山さんって、小綺麗な顔じゃない?モデルでも通りそうな感じだったからさ。女の子受けしそうな王子様のイメージにぴったり!…って雰囲気だから、イメージ・モデルとかにされないのかなぁ?と」
 坂井さんがお腹を抱えて笑い出す。
 「…少女漫画のモデルじゃないんだからさ。笙ちゃん、漫画の読み過ぎだって」
 「あ、なるほど。じゃぁどっちかというと、吉原さんみたいにガタイの良い方がモデル向き、ってわけか…」
 「げげーっ、ヨッシーなんて想像したくねぇ…」
 なんとなく、あの一連の出来事が読めてきた。
 …やっぱりあれは、遠山さんの『罠』だ…堤さんをその気にさせる為の手段だったんだ。俺はそう確信した。


 「おっじゃましまーす、ヨッシー!笙ちゃんも一緒だよーん。…あれ?」
 吉原さんの部屋を訪ねると、坂井さんは一瞬動きが止まった。
 「あ、坂井、悪いけど他の奴も同席でいいかなぁ?さっきメール送ったんだけど、返事がなかったからもしかして見てないかと…。こいつ、俺の後輩…っても学部違うんだけど、広田ってゆーんだ」
 坂井さんは慌てて携帯を確認する。
 「…いやはや、気が付きませんでした、すんまそん」
 …坂井さんらしいや…。
 「初めまして、広田です」
 吉原さんの向かいに座る、スポーツマンタイプの人…うちに出入りしている他の連中と比べて、随分さわやかな第一印象だった。
 「…あ、俺、坂井です」
 「ええ、さっきまで伺ってました。…吉原さんが今日、俺も観たかった作品をレンタルするって言うから、甘えて便乗させてもらいました」
 「…んでもって、そこの高校生がさっき説明した教授の息子の笙一くん」
 「おじゃましてます」
 「はぁ…」
 広田さんはぺこりと頭を下げた。…この雰囲気、どっかの誰かに似てないか?…俺の考え過ぎかな?
 「んと、自己紹介は程々にして…時間もったいないからはじめよっか」
 吉原さんが顔がきくからというか…親父の手伝いに一番駆り出されていて、このままいくといずれは助教授コースへの道って感じの人物だからかもしれないが、うちに来る人間はホントにバラエティだ。
 このままでいくと、広田さんも出入りの常連化の仲間入りか?…最近出入りがない堤さん達と丁度入れ替わりになってるし、頭数では何ら今までと変わりない感じだけど…。


 週末、昼過ぎまでゴロゴロしてると、家の電話が鳴り響いた。10コール近く鳴っても、母が電話を出る様子はない。
 「くっそ、出かけたな…」
 俺は慌てて電話に出る。
 「はい、木原で…え?はぁ?…んなの俺じゃぁわかんねーよ。かーさん?出かけてるし…いいよ、アトリエ兄ちゃんに聞いてみるよ。…うん、わかった」
 親父からだった。アトリエに忘れ物をしたなんて、なんて面倒な。俺が届けるにしたって、大学なんか入れるわけないだろうが。
 「吉原さーん!誰かー!」
 俺は2階から駆け降りる。
 アトリエには吉原さんがいた。…それともう一人、新顔の広田さんだ。
 「親父がなんか、リキテックスが云々とかなんとか言ってたんだけど…わかる?」
 「あぁ、今丁度、広田とそれを話してたとこなんだ。…やっぱ教授、忘れてたんだ」
 「あ、俺、今日車だからすぐ行けますよ?」
 広田さんが自分を指さす。
 「いいよ、車は道が混んじゃうから余計時間かかるし。俺がバイクでひとっ走りしてくるわ」
 吉原さんが手早く荷物をまとめてアトリエを出ていく。
 「気をつけてよ、吉原さん」
 「おう」
 広田さんと吉原さんのバイクを見送る。親父の人騒がせなところを広田さんにも説明しつつ、アトリエに戻って数分経たないうちに、誰かがインターホンを慌ただしく鳴らした。
 「すんませーん、誰かいますかぁ!?」
 バイクのエンジンを切って、フルフェイスのメットを外す…遠山さんだった。
 「遠山さん?どうしたの?」
 「あ、笙くん!?教授が取り寄せた道具がアトリエに置きっぱなしらしくて、取りに来たんだけど…」
 「えーっ!?それだったら今、吉原さんがバイクで持っていったよ」
 「えーっ!?…なんだよもう、滅茶苦茶急いで来たのに…」
 遠山さんはがっくりうなだれた。…親父の奴、この調子だとアトリエ知ってる奴に誰彼構わず頼んだな…。
 「…ご苦労様。折角だから、何か飲み物飲んでいけば?アトリエにあがっちゃって」
 「あ、ありがとうね、そうさせてもらうよ…なんか、どっぷり疲れたよ」
 騒がしい様子に広田さんが顔を出す。
 「…広…田…!?」
 「あ…」
 二人がお互いをみた途端、驚いた顔をした。…だが遠山さんの表情は、驚きの顔から困惑した顔にどんどん変わっていった。
 「…な、何?」
 「あ、いや、なんでもない…。…まぁーたく、坂井さんが原因なんだってば。教授じゃなくて、あの人が教授に頼まれてたのに忘れたの!」
 「あーあ…。さっき親父から電話あったんだよ。親父の奴、慌てたからちゃんと確認しなかったんだ。だから行き違いになっちゃったんだ…。ゴメン、迷惑かけて。今ジュース持ってくるね」
 …なんか、すっごく気まずい雰囲気?
 俺はジュースを持って、そろそろとアトリエに様子を伺うように戻ってきた。
 …話声。
 「…あれから全然姿を見なかったから、どうしてるのかと思った」
 「それはお互い様でしょ…。もう関係ないんだし」
 「まぁ、そうだけどな…」
 俺はわざと足音を立てて、アトリエに入る。
 「お待ちどう!…遠山さん、来たばっかでゴメン、俺、宿題の途中だったんだけど、戻っていいかなぁ?」
 「え?…あぁ、いいよ。俺なら適当にくつろいだら、ガッコ戻るから」
 「笙一君は気にしないでいいよ。アトリエは俺が留守番してるから」
 いや、そうは言っても…。
 ただならぬ雰囲気の二人に、俺の『好奇心』が収まらない。この場は退場したフリで…俺は廊下の影に隠れた。
 「…あの時の…その、堤とは…、まだ続いてるのか?」
 先に切り出したのは広田さんだった。
 「なんでそんなこと訊くの?」
 「いや、俺は…正直言うと俺は…後悔しているんだ。なんで引き留めなかったのか、って。…最近になって気が付いたんだ。やっぱり俺は、お前を…」
 「よしてよ。…別に恨んでるわけじゃない。津川のことだって、どうせ勇人のことだ、津川に訊かれて『もう別れてる、関係ない』ってただ答えただけでしょ?…その位僕にも分かってたさ。…俊章とは、今も全てがうまくいってる。もう過ぎたことなんだから」
 「和寛…」
遠山さんは缶ジュースをごくごくと飲み干す。
 「俺…、ちょっと前までお前によく似た奴とつき合ってたんだけど…その、『つき合ってた』っていうのはちょっと語弊があるのかもしれないけど…、なんか、お前の身代わりにしちまってたような気がして…」
 「…よしてよ!」
 遠山さんが声を荒げる。
 「まさか、また僕を抱けばいいとか思ってる!?それで何もかも元に戻せるとでも!?…そんなことできないって、あの時にイヤって程、身に染みてたんじゃなかったのかよ?…僕はもう、今のことだけでいいんだ。今後勇人がここへ現れるってんなら、僕が消えるよ。今まで通り、僕達はお互いを忘れていられるからさ」
 …うわっ、なんか凄い裏事情。何も知らないのは『お人ヨッシー』と坂井さんぐらいだったのか!?
 「和寛!?…おいっ」
 広田さんの呼び止める声は遠山さんには届いていない。フルフェイスのメットをかぶり、外に止めておいたバイクのキーを差すと直ぐさま走り去った。
 俺は突然のことに隠れる余裕もなく、振り返った広田さんに見つかってしまった。
 「…笙一君…」
 「あ…」
 …マズイ、マズすぎるこの状況。もう咄嗟の言い訳なんか思い浮かばない。
 「聞いてたのか…」
 「あ、いや、全然そんなつもりは無かったんだけど…遠山さんが、その…」
 「…君は…もしかして、堤と遠山のこと…知ってたの?」
 「え…?」
 …ああ、もう、誤魔化そうとしても無駄っぽい…俺は観念した。


 「その…、見ちゃったんだ、偶然…」
 二人きりのアトリエで、俺はどうして遠山さんと堤さんの関係を知ったのかを広田さんに話した。
 「そっか…。イヤなもん、見ちゃったな…」
 「イヤというより…なんか、その…遠山さんがあまりにも…だから、耐えられなくなりそうで…」
 あの光景を思い出して口にすると…なんだかその…俺がちょっと興奮してきてしまって…。俺はつい、足元をもたつかせてしまった。
 「…言いたくなきゃ、言わなくていいよ」
 広田さんが俺の頭をポン、と叩く。
 「…なんでか、わかる?」
 「え?」
 「なんで遠山が、ここで堤とそんなことになってたのか、分かるかい?」
 徐に広田さんの手が、ジーンズの上から俺に触れて…俺はビクリと身じろぎする。
 「…大丈夫、君は和寛じゃないんだし。…絶対入れたりしないから…安心して」
 「…あ、…」
 ジーンズの中に手を突っ込まれ、言葉を失う。
 「…邪魔だな。ちょっと脱いでくれ…そこ、座って」
 露わになった俺を、何の躊躇もなくその手が掴む。いきなり今まで受けたことのない強い刺激を食らい、頭が真っ白になる。
 「…んっ、」
 この人、あの遠山さんの元カレってことは…相当手慣れてるんじゃないか!?広田さんはほんのちょっとのつもりだったかもしれないが、俺は自分が情けなくなる位に強烈に反応してしまった。
 「…気持ちいい、だろ?…あの和寛はこれ以上に、すぐ相手のを欲しがるからな…」
 「あ、っ!」
 さっきとは違う生暖かさが俺を包み込んだ…まさか…。
 広田さんは顔を埋めて、俺に更なる刺激を与え始めていた。
 「だ、ダメだっ…で…」
 「…構わねぇよ、イっちまいな…」
 小さく呟くように言うと、俺にトドメを差しにかかった。
 「…あっ、あっ…!!!」
…結局、俺はされるがままに逃れることができず、そのまま思いきり全部を放ってしまった…。
広田さんは何事もなかったように平然としていて…俺が乱れた服を直す頃、再び頭をポン、と叩いた。

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--SWEET GAME 2001-2007--
WebMaster:MAMORU.A.