トップ > 晃の場合 > 第3章:消えない火
 雅弥にとっての俺は何なのか?…あいつは決して答えを言おうとしない。それが常に気になりながらも、俺はあいつとの関係を続けていた。
 俺が何げに訊いても、あいつは昔話の絡みになると察すると途端に言葉を濁す。いつも言葉巧みにはぐらかし…或いは有無を言わさぬように、強引に俺をその身体でねじ伏せた。
 「…いい、いいっ…よ…晃。もっとっ、そう、っ…」
 果てた後の荒れた息のまま、恍惚の笑みで俺を見つめる。取り憑かれたような瞳は、俺が余計なことを何も考えられなくなるまで…抵抗できなくまるまで、解放する気は微塵もないと語っているようだった。
 「だんだん上手くなってきたね…。良い子だ、晃…」
 脱力している俺の胸元から腹をなぞるように、その手が滑る。
 「…さすがにちょっと疲れただろ?」
 雅弥は身体を起こして、両腕を付いたまま俺に覆い被さってきた。垂れた湿っぽい前髪がふわりと揺れる。背中越しに差している部屋の明かりが、彼の肌にじんわりと滲むものを強調させていた。
 「だから今度は…僕が…」
 身を起こして俺の場所を手探りで確認すると、彼はその手に合わせるように身体をずらし、己の腰を一気に沈めた。
 「…あっ…!」
 小さく声を上げ、ビクリと雅弥は背中を反らした。残っているものの卑猥な音がベッドのきしみと重なる中、雅弥が俺の目の前で押さえきれないものを剥き出しにする。それをどうして欲しいのか、この冬に俺は身体で覚えさせられていたから…その疎かになる手に荷担して強く握り締めると、雅弥はなお一層激しくなっていった。
 今となっては彼は完全に俺をコントロールすることが可能だった。自力じゃやがて潰えて消えてしまうだけの一過性な俺の炎に、一気に再燃させるだけの強い火種を何度も投げ込む。
 俺は雅弥にとって、何なんだ…?
 雅弥の中に、雅弥が求めるだけ与え続けたら、いつか彼は答えてくれるのだろうか?
 …俺は、雅弥に何を言って欲しいのだろう…?


 最終電車がもうすぐという時間に、俺は『送っていく』と言う雅弥と人通りが殆どない公園近くを歩いていた。こんな遅い時間でもなけりゃぁ、俺達は並んで歩くことなんか出来やしなかった。
 「…俺さ、最近ずっと頭の中ぐるぐる回ってるんだよ…お前が何考えてるのか気になって…」
 「……」
 彼は黙って聞いている。
 「最初はこんなことになるとは少しも思ってもなかったから…でもなんか最近、こんな関係が続けば続く程、余計に考えちまうんだ…思い知らされるんだ。…俺、『本当の雅弥』のことは殆ど何も知らないんだ、って。俺が知ってる雅弥は『作り物』だ、ってこと…俺はホントは何も分かってなかった…いや、だからこそ今は俺はお前の何もかも全て知りたい、分かりたい、って思うんだ。それはきっと、俺自身を全て受け入れて欲しいからだ、って…」
 「…ストップ!」
 突如彼は俺の言葉を遮った。急に神妙な面持ちで俺のことを見る。
 「どうやらもう潮時だね」
 「…え?」
 彼はゆっくり背中を向けた。
 「…君は他の生徒と違って『賢いから』って思ってたけど、どうやら僕は君を過大評価していたみたいだ。…君がそう言い出した以上、もう僕は手を引かざる得なくなった」
 「なんだよ、それ」 
 訳がわからない。
 「割り切っていた筈なのに、それが割り切れない関係になったらどうなるか…今の君はそれを知らない。…知らない方が良いんだ。だから君がそれを疑問に思った時点で、君にその答えを解かせる訳にはいかなくなった。君は賢いから、ヒントを与えずに放っといてもいずれ自分でそれを解こうとするに違いない…だからもう、終わりにする」
 「終わりって…」
 「…もう、僕の部屋には来ないでくれ」
 「…ざけんなよ!!勝手なことばかり言いやがって!!」
 俺は思わず声を上げた。背中を向けている彼に回り込んで、双肩を強く掴む。
 「ああ、今やっと分かったよ、何でこんなに腹が立つのか!…はっきり言ってやるよ、俺はお前が好きだから余計にムカツクんだよ、お前がやること成すこと滅茶苦茶だから、どうしてもほっとけないんだよ、お前がひた隠すから昔の男にマジ嫉妬してんだよ!!…全部お前が俺にそうさせたんだよ、お前とやってるうちに、俺はすっかり変えられちまったんだよ!!他の誰でもないお前を、お前しか考えられなくなっちまう様にな!!…俺はホント馬鹿だよ、どうしようもねぇ位にな!!!」
 彼は驚いた顔で俺を見る。
 「…鍵はぜってぇ返さねぇからな!いくら鍵変えたって、窓ガラス割ってでもあの部屋に何度だって行ってやるからな!!!他の奴がいたって構うもんか、そいつの前で、その場でお前を奪い返す!俺がお前に飽き尽くすまで、イヤと言う程『お前を抱く』までな!!」
 俺は吐き捨てるように言うと、振り返らずに足早に駅へ向かった。後を追ってこない雅弥がどんな顔をしていたのか、ほんの少しだけ気にしながら…。


 学年末試験が近付いた頃、俺は突如、学年主任の英語の教師に進路指導室へ呼び出された。
 「君の家庭事情は、入学時にご両親から伺っていて学校側がご協力するということになっているのは君も充分分かってるね?ご両親が海外赴任中ということもあって、学校生活は勿論のこと、日常の生活についても、未成年の一人暮らしになるということで定期的に様子を伺うことになっているのも分かっているよね?」
 「…ええ」
 俺は前からこいつが気にくわなかった。学年主任だか、何年教師をやってるか、そんなことは知ったこっちゃない。入学時の三者面談で垣間見せた奴の態度…私立高校ゆえに保護者の寄付金目当てで親達へゴマ擦ってるのがバレバレで、むしずが走ったのだ。
 「最近、自宅に何度も電話をしても、夜遅くまで留守電になっているようだが…」
俺は即座に切り返した。
 「学生の一人暮らしにホイホイ電話に出たら、不用心じゃないですか。最近、何かと物騒だし、おまけに家に帰ると変な非通知着信の履歴が多かったりしてるんで、そうそう出ない様に警戒してるんです」
 「…まぁ、それならそれで。君はご両親が不在でも学業も申し分ないし、無遅刻無欠席、学生として努めるべきことに関してはそつがないわけで…」
 だから何が言いたいんだよ、用がないならさっさと終わらせてくれ…そう思っていた時だった。
 「…ただ…、先日よからぬ噂を耳にしてねぇ…。他の先生からも君を終電近くの時間に駅で見かけたという話もあったし…見間違いだろうと思って、ちょっと君に確認したかったんだよ」
 「独り暮らししてれば、急に何か必要になることだってあるでしょう?俺は確かに子供で未成年だけど、かと言って学校に行ってる間に誰かが買い置きしてくれるような立場じゃないんですから、自分でやるしかないんです。そうゆうことだってたまにはあります」
 「それはそうだが…。まぁ、未成年なんだから、そんな遅くではなくてもっと早い時間に、ってことだよ。他は君の家の事情を知らないのだから、そのうち誤解されて補導され兼ねないかもしれなじゃないか。そうはなりたくないだろう?」
 「…分かりました、以後気を付けます」
 俺はつっかかるのを止めて、この場を早く収拾させようとした。
 「…ん。もういいよ、帰ってよろしい」
 トントンとノートの端を揃えて机に置く。
 「…後は直接、徳倉君に聞くか…」
 小さく呟くように言ったその言葉に俺は敏感に反応した。
 「先生…?徳倉先生が俺を『見かけた』んですか?」
 「え?…あ、いや、そうではないよ。…君はもういいから」
 何か様子が変だ…その翌日、雅弥は俺と入れ替わりで校長室へ呼び出された…。


 「ねぇ、晃、これ知ってる?」
 俺のベッドを占拠している紘が、雑誌の1ページを向けて指を差す。
 「知ってるよ。来年発売の新機種だろ?…俺は興味ないけど」
 「これ、欲しいなぁ…。すっげーよ、こんなスペックになってるんだもん」
 「そうかもしれないけどさ、それってまだソフト少ないらしいぜ。バスケットとか、サッカーとか、そーゆーのだけだって話」
 「いーじゃん、バスケ。上出来じゃん」
 口を尖らして紘が言う。
 「…ったく、なんだかんだ言って、お前もあの大塚と同じバスケ馬鹿なんだな」
 「冗談!一緒にしないでよ」
紘は起きあがって身を乗り出した。
 「僕はもう、とっくにバスケ辞めてるんだからさ。…確かに、大塚君は上手いよ、さすがだよ。合同授業の時のあれ見た!?…どの位置からでも、どんなへっぽこパスが来ても、完璧にフォローしてシュートしに行くんだから。生徒会長が熱を上げるのも無理ないっしょ?」
 「まぁ、そうかもな。普段はなんか鈍くさいっつーか、トロそうな感じに見えるのに、コートに入った途端『水を得た魚』って感じだったしなぁ。女どもがキャーキャー言うのもなんとなく分かる気がした」
 「でも大塚君は『生徒会長のもの』だから、結局誰も手が出せません。残念でしたっ」
 両手を伸ばして俺に抱きつく。
 「何だよ?」
 「晃は『僕のもの』だから、誰も手が出せません。残念でした」
 首筋に腕を絡め、キスを求める…無邪気過ぎて、あの雅弥を思わせるようで…その求めに答えている『自分』が、最近どことなく『他人』に感じてしまうのは何故だろう…。
 「…んっ…、やだ、もっと…」
 甘えてさらにキスをねだる紘に仕方なしに舌を絡めてやると、彼はさらに甘ったるい息を鼻先に漏らす。そのまま身体を寄せた紘の腰へ手を伸ばすと、その手を掴んで既に反応しているのを知らせるように俺に触れさせた。 
 …あの、雅弥は…。
 「…あっ、」
 ちょっと身体を押しただけであっけなく後ろへ転がる。紘は俺が扱いやすいようにいそいそと姿勢を変え、早く再び自分を慰めてくれと視線を送る。バスケ好きだからというだけであの『大塚 祐司』と紘を同じような人種にくくってしまったとは…紘の言い分は尤もかもしれない。俺の勘違いもここまでくると甚だしいという位、彼と大塚は大違いだ。
 …はっきり言ってあの時の大塚は、紘みたいに求める様子ではなかった。あの生徒会長がどうやら経験が浅い感じだから…という単純な理由ではなさそうだ。俺は雅弥と『身体だけの関係』から始まったせいもあって、それを直感的に感じていた。
 「ふっ…、あっ、…あぁっ…!」
 紘に招かれ、とりあえず熱い紘の中で動いてみる。単にその狭さに任せているだけのような、なんだか『おざなり』という感じの行為の中で、俺は紘ではない別の人間のことを考えていた。
 『…あ…あっ…!!』
 不慣れな身体に強引に押し込まれたのだろう、あの大塚の苦痛の表情が脳裏に浮かぶ…できることなら逃げたいのに、逃げることができない…逃げる術を知らない。あの生徒会長の欲望が、逃げたいと思う気持ちも全て打ち消してしまうから…。
 …あの日の俺みたいに、雅弥を無我夢中で滅茶苦茶にしてしまいたかったから…。
 『…愛してる、愛してるよ、晃…、いままでありがとう…』
 もう、あんな終わり方はしたくない。最後の最後で、あんな風に言われたくない。
 「あぁ…っ、あぁあ!」
 俺はまだあれこれ考えていられるというのに、紘は既に俺の手の中でそれを放っていた。出し切らせる為に手を動かしてやると、紘の膝はガクガクいって崩れそうになる…少し力が抜けたところで、全て放たせる為に一気に奥まで押し入った…その衝撃に色白く線の細い背中が仰け反り、反射的に緊張の抜けた身体に力が入る…紘は全てを飲み込んだまま、俺を一層強く締め付けた。彼の身体は小刻みに震え、わけのわからないことを口走りながら、全て放ってもなお強く刺激する俺の腕にしがみついて俺に合わせて腰を動かそうとする。
 …大塚は…あの後どうなったんだ…?
 一部始終を覗き見していられる程俺は暇じゃなかったから、あの時はほんの数秒目にしただけだった。あの様子じゃぁ幾ら大塚が辛がっても、生徒会長はとても途中じゃ止められなかったに違いない。
 やっと解放されて、そのまま床にうつ伏せた時の大塚は何を感じたのだろう?抑止できない激情を全てその身に注がれて、何を思ったのだろう…?
 疲れ果てて眠る紘の隣で、俺は忘れかけていた感情の端に新たな火種が付いたのを感じていた。

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--SWEET GAME 2001-2007--
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