俺には中学時代から好きな人がいた。その人に対する感情が『好意』である、と認識するようになったのは、その人と出会ってから半年以上経ってのことであったが、きっかけはその人以外からの『告白』だった。 『自分のことをどう想っているのか』だの、『他に好きな人がいるのか』だの、散々問いつめられた時、俺は初めてその人に対する自分の意識か『好意』であったことに気付いた。気付いた時には、俺とその人があと一緒にいられる時間が極めて短いことも悟った。 その人はまだ1年で、俺は卒業間近の3年だった。無邪気で、純粋で、真っ直ぐで、同じ目標を持っていて…。放っておけない、ついつい『先輩』として世話を焼きたくなるような人だった。俺はその人ともう少しだけ同じ道を歩んでいきたかった。不運にもその人以外の他の人からの告白で、『他人を好きになること』で悩み苦しむ姿を目の当たりにした俺は、その人の気持ちを自分の場合に例えて考えてみた。 …想い人の心は知りたい。自分の想いをこのまま押し殺してしまうのも辛い。だけど、それを切り出すのは怖い…。 俺は『好きな人がいるんだ』という言葉を返す自分に、残酷にもその言葉を受け入れなければならないその人に対して、俺自身の気持ちにケリをつけなければ申し訳ないような気がした。 眠れぬ夜を過ごしながら、俺はついに決心した。結果がどうであろうと、俺の『今の気持ち』は素直に己自身が認めるべきだ。たとえその気持ちを拒否されたとしても、それはそれで諦めがつく。 「…俺はお前のことが好きだ。どうしようもなく、好きだったんだ」 …俺の想い人…彼は、暫く驚いた顔をしたまま言葉を失っていた。 「…あ、ありがとう…、ございま…す…」 「…もし俺のことを受け入れてくれるなら、俺の後を追いかけてきてくれないか?…俺、ずっと待ってるから…」 …あれから1年。高校入学という環境の変化に流され、俺自身の気持ちも変わってしまうかもしれなかったのに、そこには一途に彼を待っている俺がいた。 俺が中学時代の時のように彼が信頼して慕ってくれる存在でいられるならば、彼は必ず俺のもとへ来る …俺はその為に涙ぐましいまでの努力をした。成績順位から部活での活躍、学校内の委員会から行事の実行委員まで、片っ端からこなした。彼に認められたい。彼に選ばれたい。他の誰でもなく、この俺を…会えない時間が、姿を見れない時間が、俺の気持ちもより強くなっていった。 高2になって中学の進路指導の時期が始まる頃、近所の噂で親の耳から彼の進学に関する情報が入ってきた。たまに駅で出会った後輩からそれとなく彼のその後の話をきいてはいたのだが、どうやら同じ高校に進学する確率が高いこと知った。 もうすぐ、また一緒になれる…。俺は合格発表の日を心待ちにした。噂好きな近所のおばさん連中のお陰で、俺は合格発表当日に彼の入学が決定したことを知った。俺は彼とまた同じ学校にいられるのが嬉しくて、それまでずっと堪えてきた寂しさや、伝えられなかった気持ちが一気にこみ上げてきて、あと1ヶ月後に始まる新学期が待ち遠しくてならなかった。 「妙にはりきってますね、篠田さん」 浮かれている俺は、おそらく彼が入部してくるであろう部活にも自然と力が入っていた。上級生が進学や就職準備の為の引退で、見事次期キャプテンの座を射止めていた俺は、シナリオ通りのこと運びも総仕上げの段階に入っていた。 俺は今まで周囲には有無を言わせないだけのものを示してきたし、誰も俺の計画を邪魔することなどできないだけの自信はあった。そして彼も俺が中学を卒業した後には俺の後を継いでキャプテンになっていたと聞いていたし、そうとなればこの俺の後輩である彼を周囲が認めるのは必至、俺達の間に障害などあってたまるものか、そんな障害、腕ずくで壊してやる…とまで意気込んでいた。 「何かいいことあったんですか?」 興味津々に後輩達が聞いてくる。俺はついつい口をすべらした。 「今度の新入生にちょっと期待していいぞ。結構いいヤツが揃ってるらしいんだ。うかうかしてると、下級生にレギュラーポジション取られちまうぞ。お前達も気合い入れろ」 「うげげぇ〜、マジっすか、それ…」 一斉にひきつった顔をする。このくらいの発破をかけておなかいと、本当に彼が来た時に慌てふためくのはお前達なんだぞ… 俺はユニフォーム姿で走る彼の姿を想像していた。
昼休みに部活での体育館使用の優先権を決める部長会議に出て教室に戻ろうとした時、俺は同じ体育館のハーフコート使用でよく顔を合わせるバレー部の木原に出くわした。 「今週は月曜と水曜がそちらのオールコート使用日なんだって?」 「あぁ。逆に金曜はそっちが対抗試合前ってことで、バレー部に譲ったさ。頑張れよな」 「…ちぇっ、つまんねぇの。誰かさんの姿、見れねぇじゃん…」 「………?」 木原は意味不明な言葉を呟くように言いながらすれ違っていった。 彼は隣のクラスで、合同授業や部活の時間に顔を合わせることが多かった。1年の時に同じクラスになったのだが、あまり親しい間柄でもなく、その時はただのクラスメイトで終わった。ただ、同じ室内競技ということで毎日体育館で顔を合わせるし、体育館の掃除の件やコートの使用権などでちょくちょく話をすることはその後も続いていた。俺はキャプテンに選ばれ、代表者として他の部との交渉をすることも増えたのだが、木原はそうではないこともあって、彼とは体育館使用に限っての話題しかなかった。 その日の放課後、『事件』は起こった。 いつものように時間前に余裕を持って部室に来て、自分のロッカーを開けた瞬間、俺は愕然とした。着替え用に置いておいたTシャツが、見るも無惨にズタズタに引き裂かれてある。 「うわっ…、ひっでぇ〜!!誰だよ、こんなことするヤツ!!」 被害者である俺が言葉を発する前に、となりにいた副キャプテンが大声でその場にいた部員全員を睨みつけた。 その大声が外まで聞こえたのか、隣の部室にいた木原がひょっこり顔を出した。 「どうしたの?」 被害者はこの俺なのに、副キャプテンはまるで自分が被害にあったかのように、木原に引き裂かれたTシャツのことを怒り狂いながら話す。 「そりゃぁひでぇ。…ここの学校古いから、部室の鍵が壊れたままのとこも多いんだよなぁ。バスケ部もそうでしょ? …とんだ災難だったよね。それじゃぁ部活出れないじゃん…そうだ篠田、俺さ、今日は替えのシャツ余分に持ってるから貸してやるよ。体格ほぼ同じだから、サイズは関係ないでしょ?ほれっ」 ふわりと宙を舞いながら、シャツが俺の前に飛んできた。 「…なんか悪ぃよ。他の部から借りるなんて…」 「他の部だから、気兼ねなく借りられるんでしょ?…気になさんな、篠田。俺としてはその方が本望なわけだし…ね」 「………?」 なんだか今、人の不幸を笑ったような…気のせいかとも思ったのだが…。しかし、このことが俺にとって全く予想もつかない展開への第一歩にすぎなかったのは言うまでもなかった。 |
|