…眠い…。 夕べ遅い時間に帰って、ソッコーでシャワー浴びて寝たんだけど、それでも不規則な生活が続くせいか、時々強烈な睡魔が襲ってくる。 英語の先生は授業中に寝てるのを見つけるとウルサイから…何がなんでも寝ちゃマズイんだけど、そーゆー時に限ってやたら眠くなるんだ。 ふと、窓際の席の晃に目がいく…あぁ、やっぱり僕みたいに眠そうな顔なんかしてないや…時々よそ見をしてる感じはするけれど、それでも彼の手は常に動いている。あのノート…晃の家でノートを見た時、びっくりした。彼がよそ見をする瞬間は、先生がどうでもいい話をしている時が殆どなのだ。 あ、またよそ見…窓の外、校庭の様子を何か気にしているようだった。何か面白いものでもあったのかな?…そんなわけないか、僕と違うんだし。 左手で頬杖をついた姿…晃はもう、こんな内容は去年やってしまっている訳だから、ホントはひどく退屈なのかもしれない。以前いたという有名私立進学校でもトップクラスの成績だったという彼のことだから、もしかしたら、聞いてるフリして勝手に違う勉強しているのかもな…。 …あぁ、今日はさすがに、いつもより眠すぎる…。 その原因は彼ではない。それが晃なら、いくらなんでもここまでならない。いつでも彼は僕を気遣ってくれてたから、僕自身の勝手な行動で無茶なことをしない限り、こうはならないからだ。 …『彼でなかったから』こうなったんだ。でもそれは晃には言えない。 睡魔との戦いでまさに拷問状態からチャイムの音で解放され、休み時間になった途端に頭が冴え始める。次の授業の為に教室移動する間、メールが届いているのに気付く。 『今夜、また会えないか?場所と時間を言ってくれれば迎えに行く』 そのメールに僕は夕べのことを思い出して…身体の芯に疼きを感じ、側に晃がいることで一瞬ドキッとして…なにげに彼を見ると、僕がメールを見ていることに何の興味もなさそうな顔で廊下を歩く彼がいた。 僕はそのメールを晃が見たのかと思って、かなり焦ったんだけど…その表情はそんな感じではなかった。そもそも晃は他人のメールには全く興味がないのだろう。…どうせならちょっとでも晃が嫉妬の態度を見せてくれれば、僕は『彼に愛されていること』を改めて感じられたのかもしれない。でも、彼は『無関心』だった。 『時間はメールする』 僕はそのメールに手短に返信した。 晃が知らないところで、晃が知らないことを僕は重ねていく。まさに浮気をしているという少しの罪悪感と、小さなヤキモチすら妬いてくれない晃への当てつけで…。
「ご免、遅くなった」 駅前のロータリーが混んでいたせいか、彼…広田さんは歩いて待ち合わせの駅に来た。 「こっち止められなくて、ちょっと先に停めてるんだ」 僕は広田さんの後をついていく。駅前の街灯が当たらない暗がりの先に、あの黒い車が停めてあった。 車のドアを開けてもらい、助手席に乗り込む。向かいに座ってエンジンをかける広田さんに、僕は身を乗り出して、その横顔にキスをしてあげる。 「紘くん、なんか変わったね。…俺は嬉しいけどさ」 「2年近く経ってるもん、そりゃ変わるよ」 「今日、俺のウチでいい?去年さ、ワンルームに引っ越したんだ。結構快適なんだぜ」 「へぇ。…そういえば僕、広田さんちって一度も行ったことなかったっけ」 走り出して十数分、どこかの月極駐車場につく。 「こっからちょっと歩くんだ。…といっても、ほら、あの建物。すぐ側なんだけど」 オートロック式のマンション。まだ学生だというのに、結構裕福なんだな…まぁ、学生の時分で既に車を持ってるんだから、親がそこそこ金持ちなのかもしれないけど。 男の一人暮らしで、結構散らかっている部屋を想像してたんだけど…意外と片付いていてキレイというか…逆に散らかるような物が無いせいでそう見えるだけ、といった感じの部屋だった。画材らしき道具が入ったボックスケースと小さな本棚、折り畳み式のちゃぶ台があるくらいで、インテリア家具らしきものとか置物なんかは全くない。 「ここ数日作品を家で描いてないから、何もなくて逆に殺風景だろ?先輩の紹介で、アトリエを借りさせてもらってるんだ。もっぱら最近は、『帰ってきて寝るだけ』の部屋になってて、ホント何も無くて、もてなせないんだけど」 部屋に人を入れたことがないのだろう、客である僕が座る場所を作ろうと、彼はクロゼットを開けてゴソゴソ何かを探している。 「…うーん、クッション代わりみたいなのはないかぁ。買っとけば良かった。床がフローリングだから長く座ってると、足痛くなるかも…」 「気にしなくていいよ、クッションなんかいらないし。僕の部屋もそんなもんないもん」 部屋の隅にあるベッドに目がいく。おもむろにそのベッドに大の字に転がり、天井を見上げる。 「おいおい、俺の寝床を占拠すんなー」 「…広田さん、僕以外でこの部屋に来た人、いる?」 「まだいないな」 「……」 僕は起きあがって、広田さんを見上げる。 「…早くしよ?今日暑かったから、汗かいちゃってて…シャワー借りていい?」 「え?…あぁ、こっち」 「ユニットじゃないんだ。珍しいね」 中を覗いていると、後ろから広田さんに抱きつかれ…シャツの中へ手を入れられ、身体を大きな手がまさぐっていた。 「…広田…さん」 「どーせまた、浴びることになるんだから…」 ジーンズにかかった手に、そのまま一気に下着ごと下げられて…手が僕を探し出して強く掴む。 「あっ…」 そのまま壁に手を付くと、広田さんのもう一方の手が僕の腿を伝っていった。 「やぁ…っ」 いきなり指を突っ込まれ、中をいじられる…僕は思わず身を引いて声を上げてしまった。それでも彼は止めることはしない。力を加減しながら、僕を責め立て続ける。 「い…っ」 電気のような感覚が腰に走る…僕は無意識のうちに、広田さんが扱い易いように姿勢をずらす。 「…いいのか、紘くん?…こう?」 「ひっ…あぁっ…!」 僕から漏れるものを絡めては、何度も中へ入れて…時折耳に入る音が何の音なのか、狭い風呂の中では妙にそれが大きく聞こえる。 「…紘くん、まだ我慢できる?」 僕は首を左右に振った。急に解放され、バスタブの淵に座らされる。広田さんはしゃがんで、限界に近い僕を再び手にして口へ含む。 「…は…あ…っ」 舌で嬲られ、吸われ…すぐに僕はそのまま広田さんに放ってしまい…でも彼は全てなくなるまで止めようとしなかった。 「紘くん、…俺の、できる?」 汚れた口元を拭いながら、広田さんが言う。僕はうつむきながら小さく頷いて…僕は『それ』がやがて自分を狂わせるものになると分かっていて…分かっているから、言われるがままに広田さんに返した。 萎えた筈なのに、それがどうなるかを想像しただけで再び火がつく。我慢できなくて自慰にも走る僕を見て、紘さんは頭を撫でてくれた。 …僕は、晃以外の人と…晃に内緒で、晃を裏切って、晃でない名を呼び、晃でないその欲望を身体の中へ注ぎ込ませていた…。
週末、僕は晃と遊ぶ予定だったので、駅で待ち合わせをした後、遅い昼飯を取りに駅近くのファミレスに入った。僕は別にファーストフードでも良かったんだけど、晃はバイクで来た為、駐車場に入れなければならなかったからだ。 席について早々、僕の携帯にメールが届く。マナーモードにしていたとはいえど、この距離では振動音が晃には聞こえてしまう。僕はテーブルの下で晃の視線を気にしながら送信者を確認する…クラスメイトだった。僕はその内容を見ることなく、携帯を閉じる。 それがもし、あの広田さんからだったら…。 僕は晃を上目使いにそっと見る。メールが来た時にメニュー表に目を落としていた晃は今、頬杖をついてぼーっと外を眺めている。 ふと、その手にある見慣れないシルバーの指輪に目が止まった。 「…あれ?晃って、指輪してたっけ?」 「え?…あぁ、まぁな。学校じゃぁ先生がウルサイからしてないけど」 よく見れば、シルバーのアクセサリーをあちこちしているのに気付く。晃にこんな趣味があったなんて、全然知らなかった…。 オーダーを入れ、僕は2人分のドリンクを取りに席を立った。ドリンクバーのところにいくと、僕等と同じ学校の制服姿で、僕より結構背の高い人がてきぱきとグラスにドリンクを注いでいた。横目で学年章でもある襟章の色を見ると、その人は3年生だった。 僕が彼の動きを見計らって後ろからグラスを取ると、それに気付いたのか動きが止まる。 「あ、すいません」 その人はストローを手早く突っ込んで両手にグラスを持つと、ぺこりと会釈してその場を譲った。2つのグラス…彼女とでもデートの最中なんだろうな…なにげにその後ろ姿を目で追い、彼がついた席を見て心臓が止まるかと思った。 「…なんで?」 上級生と一緒にいたのは…あの広田さんだった。 僕は愕然として…晃のアイスコーヒーのミルクとガムシロップを一緒に持ってくるのを忘れて席に戻った。 …なんで、『僕』じゃない人と一緒なの…? それもよりによって、同席しているその相手がうちの学校の制服を着てるなんて…どうみても、『ただの友達』にしては不自然な関係にしか見えないじゃないか。大学院生である広田さんの年齢を考えれば、どう見たって『遊び友達』のわけがない。 「…どうした?」 「えっ?」 僕がひきつった顔をして戻ってきたからだろう、晃が声をかける。 「な…、なんでもないよ。ガムシロ忘れちゃった…取ってくる」 僕は再びドリンクバーのあるカウンターのパーテーション越しに、広田さん達の席を見た。 なにやらとても親しげに話している様子…それは昨日今日知り合ったばかりの間柄というような雰囲気ではなかった。話が盛り上がっているのか、僕の視線にも向こうは全く気がついてない感じだ。僕は席に戻ると、テーブルの下で見知らぬ高校生と一緒にいる広田さん宛にメールを打った。 『今どこにいいるの?会いたいよ』 僕等に背中を向けて座っている広田さんがメールに気付く。着信を確認しているものの、彼は返信せずにそのまますぐに閉じてしまった。 僕はそれが頭にきて…数回メールを送りつけた。けれども広田さんは全然メールを返してこない。 そうこうしているうちに、今度は目の前の晃が自分の携帯への着信に気付く。 「…もしもし…?え!?よく聞こえねぇ。…店ン中なんだよ、すぐかけ直す」 晃は席を立った。 「わりぃ、ちょっと急用の電話なんだ、外へ出てくる。すぐ戻るから」 広田さんへのメールに夢中になっていた僕は、晃が席を立ったことで余計に歯止めが利かなくなっていた。 なんで、返事をくれないんだよ!? 『…嘘は言わない。…それでも俺は、やっぱり紘くんが好きだよ…』 そうだよ、僕のこと好きだって、僕のこと忘れられなかったって、言ってくれたじゃないか! 広田さんと楽しそうに話すあの上級生と何の関係もないのなら、返事をしてくれたっていいじゃないか! 広田さんにとって、僕はその程度の存在なの!? 僕には晃がいたのに、その晃に言えないような秘密を幾つも作ってしまったのに…それは相手が広田さんだったから…広田さんじゃなきゃ、こんなことにはならなかったのに…! ふと、僕の目の前に誰かが立っている…ゆっくりと顔を上げ、その姿を見る。 「…君、1年の永田君でしょ?」 そこにはさっきの上級生がいた。 「今日はその位でやめといたら?…そっちだって、『連れ』がいるじゃない?むしろ、君の方が都合悪いんじゃないの?」 不敵な笑みで携帯を手にしている僕に話かけてくる。僕が少し離れたこの席からメールを広田さんにさんざんしていたことを、彼は既に気が付いていたのだ。 「…な…んだよっ」 「君からのメールってことは俺も充分分かっていたし、君が心配するようなことは何もないさ。…ほら、『彼』もそろそろ戻ってくるようだし…。俺、3年の木原ってんだ。近々また会うかも…ね」 そう言うと、その人は広田さんの席に戻っていった。 広田さんが俄に振り向く…広田さんは僕が側にいるのに気付いていたから…それも、晃と一緒だったのに気が付いていたから、わざとそっけない態度をしていたのだ。直接僕に話を切り出すのは、側に晃がいる手前できない。だから広田さんは代わりに、晃に疑われにくい同じ学校の制服姿のその人をさりげなくよこしたらしい。 晃が戻って来た頃、入れ替わるように広田さん達は店を出て行った。 暫くして、広田さんからメールが来た。 『紘くん、さっきはホントにゴメンな。今夜でもいい、後でちゃんと謝る。メール待ってる』 嘘じゃない…僕は晃にたくさん『嘘』で誤魔化さなきゃならないことをしてきたけど…広田さんも晃も、僕に『嘘』はついてなかった。 何も問いたださない晃…僕を疑うことをしない彼…ずっと、僕を信じてくれてたのかな…。 ごめんね、晃…。 …僕は…決心して晃に別れ話を切り出した。 |
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