トップ > 紘の場合 > 第3章:嘘
 僕は最近、晃とつきあうようになったことで帰宅時間は遅くなり、さらに週末になると決まって晃の家に外泊するようになった為、たまの夕食時に母親から小言を言われることが増えた。それで、都合良い言い訳というか…晃が学年でもトップクラスの秀才というのは事実なので、僕は塾に行きたくないので彼に勉強を教わっている、と誤魔化して…親は僕の嘘を『いかにも子供が考えた、ありがちで単純な嘘』と、まとも信じていないのは薄々察していたけども…その生活を続けていた。
 たまたま晃の部屋で彼が飲み物を用意するのにキッチンへ行った隙に、机の上に山積みされたままの参考書を見て、僕はかなり驚いた。
 1年生用のものじゃない。2年や3年になってから習う分野とか、大学受験用のものばかり…僕が見てもまるっきりチンプンカンプンな内容ばかりで、進み過ぎな感じすらする。ノートもきっちり取られており、それこそ、黒板に書かれたこと以外の先生の話まで事細かに残して、カラーペンで線を引いたり印を付けて『試験に出る』とか書いてある。僕なんか、授業中に眠たくなるのを堪えるのに、たまにノートの隅とかに走り書きをしたり、落書きなんかしたりしちゃうんだけども…彼のノートにはそんなものは一切なかった。
 「なーんだよ、ガサ入れかよ?」
いつの間に部屋に戻ってきていた晃に見つかり、僕は一瞬飛び跳ねる。
 「あー、いやぁ…そんなつもりはなくて、たまたま目に入っちゃって…。なんか凄い難しそうな内容のタイトルの参考書だなぁ、って…」
 「別に驚くことねぇよ。2年ならこれがフツーだろうし」
 彼はテーブルに缶ジュースを置くと、何喰わぬ顔をして開きっ放しの参考書を簡単に片付けた。
 「俺にとっちゃぁ浪人生活の前借りみたいなモンだからな。貴重な時間だと有り難く思ってるんだ」
 「浪人?なんで晃が?」
 「俺、1年ダブってるから」
面食らった。何のためらいもなくあっさり言われ、言葉が出ない。
 「”△●大付属”って知ってるか?…そこ、前のガッコだったんだ、俺」
 冗談だろ!?と思った。僕だったら天地がひっくり返ったって入学できないようなレベルの、小中高大まで揃った有名エスカレーター校じゃないか。
 彼が『秀才』な理由が、その告白で納得できた。
 「別にダブってることを隠すつもりはなかったし…いつかは誰かの耳に入ってクラスのみんなにも知れるだろうしな。まぁ、先生とかもなんで俺があそこに『再入学』したのか、殆ど知らないみたいだけど」
 「…なんで?そーゆー学校って、よほど成績が悪くなきゃぁ、そのまま大学入れるんでしょ?受験勉強って言ったって、そこまで大変じゃないって…」
 「まぁ、いろいろあって『自主退学』したのさ。カリキュラムに付いていけないとか、校風がイヤって訳じゃなかったんだけどな。なんか、魔が差したと言うべきか…」
 「親とか、滅茶苦茶怒らなかった?」
 「別に。うちはご覧の通り、うちの両親は1年の殆どが海外赴任中でいないし。たまたまむこうから電話かかってきた時に『学校替えたい』って言ったら、あっさり許可してくれたよ。もともと俺は『お受験』とかで入学したクチじゃなくて、当時の中学の担任が勧めたってのと、学区が同じ…ってのが理由だったしな。その辺は俺の意志尊重って感じなのかな」
 「…前から晃って、他の人とちょっと違うなぁ…って思ってたけど、やっぱそうだったんだ。なんかフクザツ…」
 「なんだそれ。別に俺は嘘なんかついてねぇし、ホントのことなんだから俺はどうも思わねぇよ。まぁ、本来なら学年の差と、修正不可能な年の差があるけど、それ以外はとりわけ違いなんかねぇと思うが?」
 晃は煙草に火を付ける…改めて、彼は自分より『年上』なんだと実感している…。
 「…ねぇ、煙草、貰って良い?」
 「お前はやめとけ」
 即答された。
 「なんでだよ、晃は吸ってるじゃんよ!?」
 「ガキにゃぁ猛毒なんだよ。ガッコで煩く言われてるだろ?」
 「ガキ、ガキ言うなよ。晃だって、いくら年上でも僕とひとつしか違わないじゃんか!」
 「お前は性格的に『常習』になりやすいからダメだ」
 まるで子供扱い。いつも僕が突発的に何かしでかそうものなら、彼は即座に僕を制止する…それは後先考えない僕のことを彼が気にかけてくれている証拠なんだろうけども、彼と『同じ』であることに拠り所を求めていた僕にとっては、彼の年齢のことを知ったこの時は違和感がしこりのように残って、引きたくない気分だった。
 「じゃぁ、煙草がダメなら、早くしようよ」
 晃がジュースで噎せる。 
 「今更それもダメとは言わせないよ。もう充分分かっちゃってるんだから。なんだかんだ言って僕より大人ぶったって、一度始めたらその理性はどこへやら、結局晃は僕に突っ込むんだから。いくら晃でもこれは言いくるめられないよ」
 「…お前なぁ…」
 「してくれたら、機嫌直してあげる」
 やれやれ、と晃は頭を掻きながら煙草の火を消す。たくし上げられたシャツの下に入り込むその手の温もりが、スイッチを入れたように『僕』を高ぶらせていく。
 晃が好きだ。こうして晃に抱かれるのが『たまらない』。今更止めろと言われても、もう止められるものか…僕はすっかり晃に溺れてしまっているのだから…。


 昼休み、ジュースを校内購買に買いに行った晃が遅いので廊下に出てみると、階段の側で見慣れない顔の誰かと二人で話している彼を見つけた。僕の視線に気が付いたのか、晃は話を切り上げて戻ってくる。
 「誰、今の?」
 「…よく知らねぇ。上級生みたい。そこで急に呼び止められたんだ」
 「部活の勧誘?」
 「いや。俺が1年の学年章付けてたからだろ、すれ違い様に『”大塚”のクラスは何組だ』と聞かれた」
 「…ふうん。…大塚くんか。まぁ、なんだかんだで彼、人気者の有名人だからね…」
 晃は当たり前のように2本買ったジュースの片方を僕の前に差し出す。
 「あ、なんか鳴ってる…メールだ」
 彼は携帯をポケットから出し、確認している…明らかに僕が送ったメールじゃない。
 「誰よ?」
 「…友達だよ」
 「友達って、『晃の友達』でしょ?」
 「…そうに決まってるだろ?何が言いたいんだよ?」
 「……」
 なんかムカムカしていた。僕以外の誰かとメールのやりとりしている…当たり前なんだろうけど、それがなんか『ムカムカ』する。
 よく交際相手のメールをチェックする人の話とかを耳にするけど、まさにその人の心理ってこの状態を言うんだろうな。
 「今度の土曜、お前どうするんだ?」
 「親父が丁度仕事休みに当たっちゃってるんだ。だから行くのは止めとく。…母親はともかく、さすがに親父にまで睨まれちゃうと厄介だから」
 「わかった」
 「…それと今日中に借りてたDVDを返さなきゃならないんだ。急がないと延滞料金とられるから、今日は家には行かない」
 「あぁ」
 僕と話をしながら、晃は手早くメールの返信をしている…その相手が気になるが、きっとそれは『僕の考えすぎ』だろうと自分に言い聞かせ、僕はジュースを飲み干した。


 急いで駅前のレンタルショップに駆け込み、返却カウンターに並ぶ。時間を確認するとなんとかセーフ、延滞にならずに済んでホッとしていると、棚に挟まれた向こう側の通路からふいに視線を感じて顔を上げる。
 どこかで見た、顔…。
 「…紘くん…?紘くんだよね?」
 「あッ…!」
 どこかで見た…それもその筈だ。目の前にいたのは、あの広田さんだったのだから。
 「こんなところで会うなんて奇遇だね。君もここのショップ、利用してたんだ」
 「うん…」
 今更『人違いです』なんて言えっこない。広田さんの顔を見るなり、びっくりした顔を僕はしてしまったのだから。
 彼は一人で来ているようだった。
 「元気そうだね。1年ぶり…いや、もっとだよね?…あれ、結構背が伸びた?」
 「…広田さん、ここで話すのやめようよ。店の中だぜ?」
 「あぁ、悪い悪い…。じゃぁ、今時間ある?何か奢ってやるよ」
 「…だったら、ハンバーガーとかコンビニはナシね。それ以外だったらいいけど」
 「よし、決まり!」
 しまった、と思ってももう遅い。考えてみたら彼はもう学生じゃない筈だ。学生の懐事情で『じゃぁ、またね』と言わせられる効力なんかありはしなかったのだ。
 渋々後についてショップを出ると、裏の駐車場に案内され…あの黒い車はそこに止まっていた。
 「ファミレスで良い?」
 「うん」
 久々に乗る助手席と、久々に見るあの『横顔』』…。この2年近く、僕は背が伸びたり顔つきが少し変わったりしたけど、広田さんは見た目何も変わってない。
 運転する時に右腕を窓に掛ける癖、ダッシュボードに置かれた煙草のストックの銘柄。アクセルやブレーキの踏み込み具合…僕は忘れかけていたけど、身体がまだそれを覚えていたんだ。
 「…広田さんって、もう就職したんだよね?」
 「俺?…あれから結局、大学に残ったんだ。就職活動してなかった訳じゃないけど、なんかもうちょっと勉強しておいた方がいい感じだったからね」
 「何、まだ学生してたの?」
 「『院生』だよ。ちゃんと卒業しとるわ!」
 広田さんは程なくウィンカーを出して、ファミレスの駐車場へ車を入れる。
 「何頼んでもいいぞ。何食いたい?」
 「…じゃぁ、メニュー全部…」
 「…こらこら」
 僕がどんなにそっけない態度をしても、この人は昔と変わらず少しも動じない。
 「ご注文は?」 
 「ドリアのおすすめセット。パンがいい。飲み物はフリードリンクで」
 「あ、俺はコーヒーね」
 「かしこまりました」
 「…広田さん、食べないの?」
 「久々の再会で『胸がいっぱい』」
 「……」
 やっぱり大学生の頃と変わらないじゃないか…と思いながら、僕はフリードリンクコーナーへ飲み物を取りに行った。戻ってくると、広田さんは携帯を手にしてメールを打っていた。
 「…彼女?」
 「違うよ。友達」
 「…どうだか」
 「俺が『嘘』を言ってるとでも?」
 メールを送信し終わったのか、パタンと携帯を閉じる。
 「別に広田さんが『嘘を言ってる』とは思わないよ。…ただ、人目を盗んでメール打ってるのが怪しいって言いたいんだよ」
 「だって今は紘くんに会ってるのに、目の前でメール打たれたらイヤだろう?急ぎの用ならともかく、話の最中で他のヤツにメール打つなんて、相手に失礼じゃないか」
 (…あ…)
僕はその言葉にはっ、とする。
 …晃は返事を急いでいた…?僕が目の前にいるのに?
 頭の中をぐるぐる回る。あの晃のことだ…広田さんの言うとおりで、彼も広田さん同様、そういったことに無神経な人間じゃない。僕は猜疑心に駆られていく自分を感じていた。イライラしてきて、とても料理を味わう気になれなかった。掻き込むように無心に頬張り、腹に強引に流し込んだ。
 「紘くん、まだバスケしてるの?」
 「ううん、もうやめた」
 「あれ?…じゃぁ、帰宅部なの?…もったいない」
 「…広田さんさぁ、…」
 「何?」
 「今でも…僕とやれる?その気になれる?」
 「……!」 
 彼はびっくりした顔をして…暫くの間じっと僕を見て…オーダー票を手にすると、煙草の火を消した。
 「…出よう。車で話そう」
 なんでそんなことを口にしたのか…晃に対する当てつけだったのかもしれない。車内という密室の中で、広田さんは大きく溜息をついた。
 「何を突然言い出すと思ったら…」
 「…言っとくけど僕、もう『広田さんだけ』じゃないから…それでも広田さんは僕を抱ける?他のヤツと散々やってる今の僕を…抱ける?」
 「…なんかあったのか?」
 低く穏やかな声だった…晃を疑っている自分にイライラする。彼を疑ってはいけないのに無性に腹が立って怒りがこみ上げてくる。僕は怒りに泣き出したくなるのを唇をかみしめて堪えていた。
 「正直に言うと…俺は『抱ける』。少なくとも…あの頃は俺もいろいろあった後で上手く君に言えなかったけど、紘くんのことを想っていたのは嘘じゃなかった。今までずっとそれが『くすぶっていた』のも本当だ。…あの時君が望むままに別れて…俺は少しも納得できちゃいなかったんだけど、そうするしかなかった」
 「…どう…して…?」
 「…『君が望んだ』ことだから。俺にはそれを引き留める権利なんかない」
 「……」
 僕は晃のことを考えていた。…晃もまた、広田さんと同じことを言ってた…。
 「…好きなんだ。本当にあいつのこと好きなのに…どうしたらいいか分からない位好きで…だから、余計に…」
 僕は堪えきれず泣き出していた。広田さんは僕の頭を抱えるように肩に引き寄せたまま、黙っている。
 「…ごめん…、ごめんなさい…僕…広田さんに酷いこと言ってる…」  
 「…俺は別に、今、君につきあっているヤツがいたって少しも驚かないよ。それだって、君が『望んだ』からでしょ?…俺はそいつにヤキモチ焼く気は全くないし、君が望む以上、今後君が立場的に困らなければその相手に遠慮するつもりもない」
 広田さんの手が僕の頬に触れる。
 「…嘘は言わない。…それでも俺は、やっぱり紘くんが好きだよ」
 …昔とは違う。月日が流れて環境も変わり、僕自身も随分変わって…同様にそれは広田さんにも変化があったに違いなくて…でも今、何ら変わってないことが一つだけあったことに気付かされる。
 …この人の、この優しい温もりは昔と全く同じだった…それはあの頃、僕が頑なに認めたくなかっただけで、今になってそれが痛い程分かるなんて…。
 「…広田さん…、広田さん…っ」
 そのシャツの裾に強くしがみつく…車はゆっくりと動き出し、僕等は思い出を辿りながら、長い間すれ違ってしまっていた心のずれを直し合わせていく。
 あの頃は少しも、こんな想いをしたことがなかったのに…今の僕は『あの頃のように』この車がいつ止まるのかを気にしていた。以前と違うのは、それを僕が『望んでいる』ということだ。
 …人気のない海岸沿いの駐車場で、僕は『初めて』広田さんを自ら受け入れた。今の僕を包み隠さず彼に全部見せることで…広田さんはそんな僕の変化に『嬉しい』と言い、離れていた間のその想いごと全部僕の中に放って…暫くの間ずっと優しく僕の頭を撫でていてくれた。
 …そして…僕の携帯には新たに広田さんのアドレスが追加された。

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--SWEET GAME 2001-2007--
WebMaster:MAMORU.A.