トップ > 紘の場合 > 第1章:平凡な日常
 僕は小さい頃、自分が嫌いだった。    
 色白で華奢だったこともあって、よく『女の子みたいだ』と周りに言われたからだ。もっとも、病弱だったからではあるが、中学の入ってからは部活なんかで、そこそこ体力もついて、背も伸びて、ちょっとは男らしくなってきたと思っていた。
 僕の家は自営業で、内装リフォームとかを専門にする工務店だ。両親は朝から晩まで仕事で忙しかった。一人っ子の僕は熱を出すと、一人で静まり返った部屋で天井を眺めていた。
 親は、一階の仕事場にいるからということで、仕事の手を休める様子はない。そうしたことにはもう慣れてしまっていて、『またか』と退屈な時間を過ごしたものだ。
 中二の夏休みだった。僕は、『僕』ということを、嫌という程思い知らされた。
 暑い、夏の日だった…。
 その一件がその後の僕を変えてしまった…のだろうが、今思えば、それは本当の僕を引き出すきっかけに過ぎなかったのかもしれない。
 高校に入って、あの人に出合ってしまった。中学の時には『感情』というものが追いついていなかったが、今度は違う。僕は、明らかにあの人を『好き』になってしまっていた。
 どうしようもなく、四六時中あの人のことを考え、頭から離れない。
 同性を好きになってしまって、おかしいと思われたくない。たまたま好きになってしまった人が、『同性だった』だけなのだから。そりゃぁ、僕だって女の子に目が行くし、雑誌のグラビアなんかにドキドキしたりもする。でも、それは『恋愛感情』じゃない。
 あの人を想う気持ちは、『恋愛』なのだ。
 そして僕は、あの人の腕に墜ちていく…。


 「どうすんだよ、今日。家に帰るのか?」
 晃は煙草を吸いながら、ゲームに没頭している僕に話しかけてきた。
 「う〜ん…、どうしよっかなぁ。どうせあしたは日曜日だし、帰るのおっくうだしなぁ…」
 「俺はどうだっていいぜ?どうせうちは当分親帰ってこねぇし、一人で退屈だしな。好きにしろよ」
 「じゃぁ、泊まる。…あっ、ちょっと!」
 突然ゲーム画面の前を遮るように、晃は僕に絡みついてきた。
 「ほらっ、死んじゃったじゃないか!いいとこだったのにっ!」
 「いつまでもお前が、そんな格好でいるからだ。電源切れ!」
 「いやだっ!…あっ、」
 あっけなくベットに転がされ、上からのしかかられる。シーツも毛布もぐちゃぐちゃなまま…というのも、ほんの数時間前に僕らが散々散らかしたからで、それを直そうだなんて少しも思っちゃいなかった。
 風呂を借りて湯上がりのまま、半裸でいた僕にも責任があるが、晃だってモンダイ有りだと僕はおもった。学校から帰って着た早々、落ち着く間もないうちに僕を『求めて』きては、否応なしに『食っちまう』んだから。
 濃厚なキスの嵐に、必死につかんでいたコントローラーを手放してしまった。どんなに意識して抵抗しても、僕の『本能』というか、慣らされてしまった身体が、意に反して答えてしまう。
 「俺とゲームと、どっちがいいんだ?」  
 「…ゲームやりたいよぅ」
 「嘘こけ。じゃぁなんだよ、これは?」
 身体は正直過ぎだ。ちょっと攻められただけで、直ぐに『反応』してしまう自分が情けない気もしたが、相手が晃じゃ仕方がない。
 高校に入って晃に出会ってから、何度僕はこの人の腕の中にいたのだろう?もう数え切れないくらいに、何度も…。
 入学してクラスが決まって、自己紹介があって2日目だ。3日目にはもう、関係を持っていた。晃から誘ってきたのだ。
 彼はストレートに僕に気持ちを伝えてきた。…と、いうより、感情よりも『欲望』の方が少々割合として多いんじゃないかと、当初僕は思っていたが、最近はそうでもないらしい。
 彼は年齢の割にかなり大人びてて、初対面は近寄りがたい印象があった。中学時代から自分が『浮いている』ことに寂しさもあったのだろう、コンプレックスの固まりで同様に『浮いていた』僕に目を付けたようだった。僕は…あっさりと誘いに答えてしまった。何故なら、別に晃が初めてじゃなかったのだ。 
 抵抗しなかった僕に、彼は理由を訊いてきた。僕は答えた。晃のことが、好きになれそうな気がするからだ、と…。
 事実、今となっては晃のことで頭が一杯なくらいに、どうしようもなく惚れてしまっている。重なる唇から、触れる肌から、思考すら鈍るくらいに、何も考えられなくなる位に、僕自身が晃を求める程に…。


 「はぁ、もう進路調査なんて、ちょっと気が早すぎない?まだ一年だよ、僕ら」
 「しゃぁないだろ?うちの学校、なんだかんだで進学校だもんなぁ。…食うか、ガム」
 晃がポケットからガムを取り出し、僕に分ける。
 「そんな先のことなんか、今考えらんないよ」
 配布された進路調査のプリントをひらひらさせながら、僕は面倒臭そうに溜息をついた。
 廊下の向こうでは、なにやら人だかりが出来ている。どうやら休み時間ということもあって、噂で女子に人気があるという3組の大塚祐司を見に来た連中のようだ。
 「ゆーじくんは、理系なの?それとも文系?」
 「ゆーじくん、お父さん医者なんでしょ?じゃぁ、家を継ぐんでしょ?やっぱり理系?」
 「えーっ、継がないってきいたよーっ。文系でしょーっ?」
 あまりに騒がしいせいだろう、大塚はいそいそと教室を出てきた。  
 「悪いけど、俺、用があるから…」
 ふと、僕らと目が合う。とりわけ目立つ容姿ではない…というか、あたり障りのない、人の良さそうな顔。
 目があってしまった彼は、照れくさそうな困った顔をして、僕らの前を通り過ぎていく。
 「あんっ、待ってよ、ゆーじくーんっ!」
 数人がバタバタと後を追いかけてきた。突然晃が口を開く。
 「てめぇら、トイレまで追っかける気か?」
 一瞬、女の子達が足を止めた。
 「えっ、やだぁ〜!!」
 慌てて方向転換し、バタバタと引き揚げていく。
 「…ホントにトイレだったのかな、大塚くん…」
 「知らねぇよ。大塚の奴が迷惑そうだったから、言ってみただけだよ」
 「…ふうん」
 「何?その『ふうん』て。俺があいつに気があるとでも?冗談言うなよ」
 晃はくるりと背を向け、窓に寄りかかる。
 「あいつに手ぇ出すのは、物好きくらいだな」
 「どうゆうこと、それ?」
 「知りたいか、紘?」
 小悪魔じみた目で、晃は僕を見る。
 「放課後な。家で教えてやるよ。ちょいとここでは何だからな…」
 口を噤んだ晃の様子からすると…僕はまさか、とは思ったのだが…。   


 「えええええーっ!!生徒会長と、デキてるのっ!?マジかよ、それっ!!」
 「んー、俺、偶然見ちゃったんだよねぇ。しかも、学校でヨロシクしちゃってた」
 僕は唖然としていた。生徒会長といえばめちゃくちゃ頭良くて、清楚なイメージで、そんな学校で『いかがわしいコト』するような感じには見えなかったのだが…。
 「見事に『食われて』たぜ、大塚。たまたま財布をロッカーに置き忘れて、遅くに取りに行ったんだ。東棟の昇降口が閉まってたから、西棟の方から入っていってさ。そうすると、生徒会室の前を通らなきゃならないだろ?そしたらなんか、ちょっとヤバイ声がしてさ。磨りガラスの戸じゃ見えないから、ちょーっと失敬して、戸をね…」
 「うひゃぁ…」
 「遠慮もクソもないんだもん。こっちが面食らったよ。大塚なんか、霰もない恰好にされちゃってさ。二人とも、全然気付かない様子だったし、そのままにしてやったよ。…しかしまぁ、よくやるもんだとは思ったけどな」
 僕はなんとなく、その光景を想像してしまった。
 「何?ムラムラきちゃったって?…ホント、まだまだ子供だなぁ、紘は」
 晃はニヤリと笑う。
 「なっ、なんだよう!晃が生々しく言うから…」
 比べられたら、僕のほうが子供っぽいのは仕方ない。年のわりに晃の方が、性格というか、考え方とか生き方もずっと大人で…同い年だなんて思えない風格があるのだから。
 「そういえばお前、親御さんには何て言ってるんだ?こうも毎日、殆ど家に帰らないんじゃぁ、何か言われるだろ?」
 「成績が下がらないように、勉強教えてもらってる、って言ってる。…でもね、ホントにここんとこ、まずまずの成績なんだよ。晃って、なんだかんだで学年でもトップのほうじゃない、ノートの取り方上手いもん。見せてもらうと、先生の話より解るんだ。予備校通うの嫌だし、金ないし、どのみち親としても目をつぶるしかなさそうなんだよねぇ」
 側にあった雑誌をパラパラとめくる。車のカタログだった。
 「免許取りたいの、晃?」
 「あぁ。バイクはもう取っちゃったからな。やっぱ、車だろう?」
 「ふうん…。車ねぇ」
 車…黒い、車。そういえは、『あの人』車も黒だった…。
 僕はその記憶を振り切るように、雑誌を閉じた。
 「どうして、大塚くんみたいな人が、生徒会長とそんな仲になっちゃったんだろう?気にならない?女の子に人気あるみたいだし、選り取りみどりじゃない。なのに会長だなんてさ…」
 「そんなことは、お前のほうが理解できるんじゃないのか?俺はお前を『強姦』しているつもりはさらさらないぜ?俺はこれでも、お前のことを考慮しているつもりだしな」
 そう言われると…悩む。まぁ、仮に会長が一方的だったとして…僕と違って、大塚くんは運動神経良さそうだし力もありそうだから、抵抗すること位はできるだろう。晃の話が本当なら、大塚くんはやはり会長のことを…?
 自分ことを棚上げするつもりはないが、会長を好きになってしまったら、大塚くんは辛いだけなんじゃないのだろうか?会長は3年だし、一緒にいられる時間なんてあと1年もないじゃないか。そしたら大塚くんはどうするのだろう?誰か、他の人を好きになるのだろうか…。
 僕と晃は、幸い同じクラスで、殆ど四六時中一緒にいられる。まぁ進路によっては2年でクラス替えされて、違うクラスになってしまう可能性もあるわけだが、それでも卒業まではなんとかなるだろう。
 「…晃はどうすんの?」
 「何がさ?」
 「進路だよ。理系か文系か」
 「理系かな。後で文系に変更できるように、理文の混合クラスにしとく」
 「…僕、数学苦手なんだよなぁ。どうしよう…」
 「それはお前自身が決めることだろう?俺はお前が文系に行こうが、どうしようが、止めはしないぜ?」
 「だって、クラス違っちゃうじゃん」
 「バーカ、そんなことで悩むなよ。俺は俺のままなんだから、自分で決めろ」
 そう言うと思った…晃は僕とは違う。ちゃんと、いろいろ考えてるんだなぁ…ただ漠然と『今』を生きてる僕と違って、そうゆうところは『大人』なんだ。僕が晃に『守られてる』ような感覚を起こさせるのもそのせいだろう。
 「…同じにする。数学は克服するから、晃も協力してよ」
 「いいんだな、それで」
 「いいよ。だから、見捨てないでね」
 「なんだ、そりゃ?見捨てるも何も、お前の努力次第だろ?」
 「だから…つまり…」
 僕はそっと、晃に抱きついた。
 「…なんだよ?」  
 「だから…、他の人を好きになったりしないでよ、って言いたいんだ…」
 「保証はない、先のことはな…。お前が俺を『引き留める』だけの、存在で居続けるならばな…」
 僕は晃にキスをした。何度も、何度も。晃に見捨てられたくない。僕のほうは、晃しか見えていないのだ。晃が同じように、僕のことしか考えられないように引き留める為に、僕は晃が望むことを、繰り返し繰り返し…。
 ぶっきらぼうに見えて、晃は優しい。僕が嫌がることはしないし、無茶もしない。不良と言うほど素行が悪いわけでもないし、ただ彼の性格が妙に大人っぽいせいで、クラスメイトが近寄りがたく思ってるだけなのだ。
 晃の手がするりと僕のジーンズの中に入ってくる。あぁ、これでまた僕は、晃に…。
 こんなことが、僕の日々の日常生活の一貫だなんて、晃以外に誰が知ってるのだろう?親が知ったら卒倒するだろうな。もっとも、話す気なんかさらさらないけど…。


 「えーっと、今日の体育は、金野先生が病欠のため、時間を繰り上げて3組と合同で菅原先生で行うので、間違えないように」
 担任が黒板に予定を書き込んでいる。そういえば3組には、大塚くんがいたっけ…などと思いながら、教科書を鞄から取り出す。
 僕はとりわけ運動神経がいい方じゃなかったけど、中学時代はバスケ部にいただけあって、球技は比較的得意な方だった。丁度この時期、授業がバスケかサッカーだったので、大助かりだ。
 2時間目になって、体育の授業になった。もともと僕のクラスは男だけのクラスで、(うちの学校は女子が少ないせいで、クラス編成上そうなってしまうのだ)人数がそこそこいたので、他のクラスと合同授業というものはなかった。そうゆう点では、他のクラスの人とゲームができることでは、ちょっと興味があった。
 「今日は人数が多いから、サッカーとバスケに分かれるみたいだよ。どうする、晃?」
 「俺、走るのやだなぁ。バスケットで審判でもしてよっかな?」
 「僕は勿論バスケ。んじゃぁ、体育館行こうよ」
 体育館に行くと、そこにはなんと大塚くんの姿があった。颯爽とシュートを決めている彼のフォームに目がいく。
 「へぇ、大塚くん上手いんだ。バスケ部なのかな?」
 「さぁな。なんだ上手いのか、あれ?」
 「うん。レイアップの時のなんか、フォームが綺麗だしね。やってた人じゃなきゃ、ああはできないよ」
 「ふうん。…俺には関係ないな」
 笛で召集がかかり、チーム分けされる。偶然にも僕は大塚くんと当たってしまった。
 「ねぇ、永田君って、○▲中学のバスケ部じゃなかった?」
 突然大塚くんが僕に話しかけてきた。
 「そうだけど?」
 「あそこの学校のバスケ部、すっごく強いんだよね。俺、中学ン時バスケ部だったから、気になってたんだ。同じ名前の人だったから、まさかと思ったんだけど…」
 「バスケ部だったよ」
 大塚くんのクラスメイトがどよめく。そんなことはどうだっていいじゃないか、と僕は思った。在籍していたのは事実とはいえ、僕は補欠がやっとだったのだ。
 案の定、そのせいで僕は徹底的にマークされてしまった。本人は悪気もなく、何げに訊いただけのつもりだったのだろうが、その一言でこうなっては面白くない。
 僕は敵をすり抜け、強引にシュートへ持っていった。大塚くん以外は、みんな『素人』だ。こっちが本気を出せば、なんとかかわせる。
 大塚くんは僕のプレイを見て口笛を吹いた。
 「すごいや…。さすがだね」
 僕としては大塚くんのプレイのほうが驚異だった。後で知ったのだが、大塚くんは中学時代、キャプテンだったらしいのだ。もっとも、今もバスケ部のキャプテンから熱烈なラブ・コールを受けて入部したらしく、現役かつ有望な存在らしい。
 コート内は異様に白熱し、点の取り合いになっていた。
 僕にボールがわたる。目の前に大塚くんが立ちはだかっていた。
 フェイントも簡単にはかからない。僕は強行策に出ようとした。その時…。
 「あっ!!」
 僕の足に自分の足を引っかけてしまった大塚くんが、バランスを崩して転倒してしまった。
 「大丈夫?足、くじいてない?」
 「あぁ、御免。大丈夫、平気さ。ありがとう…」
 起こしてあげようと手を伸ばした時、不意に彼の首筋のあざに目がいった。
 「え…」
 彼は僕の視線に気が付いたのか、慌てて逸らすように姿勢を変えた。
 「大丈夫です、ゲーム再開させてください」
 大塚くんは僕から逃げるように、審判のもとへ歩いていく。
 それは真新しい『跡』だった。あれが何なのか僕には一瞬でわかった。
 僕は、彼に視線が釘付けになってしまった。それはたまたま僕だから解るものだったからかもしれない。
 大塚くんの秘密は、僕自身の秘密になろうとしていた…。

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--SWEET GAME 2001-2007--
WebMaster:MAMORU.A.