家に帰って、やっと自分の部屋で自分だけの時間が取れると思っても、俺には『安住の地』はなかった。いくら携帯の電源を切ってても、先輩は平気で家の電話にかけてくる。先輩のことは嫌いじゃないから、それが『迷惑』だとは思ってないが、学校の同級生…つまりは、クラスメイトの女の子とか、部の後輩の同級生とかいう、なんだかよくわからない女の子の電話とかがちょくちょくかかってくるから、それにいちいち応対するのが面倒で、俺は次第に電話嫌いになっていた。家族がそれを興味半分というか、からかい半分でその電話に出てしまうのが最近の悩みの種だったこともあり、むしろそんな時の先輩からの電話はかえって好都合なこともあった。 「ゆーじ、電話だよ」 「誰?」 「男ぉ〜」 3っ年上の姉がつまらなそうに口を尖らせて、子機を俺に渡す。実はこの姉、自分の友人に俺がしょっちゅう女の子から電話があるということを話のネタにしている位で、そういった態度が俺はちょっと頭に来ていたのだ。 「ふーんだ!」 期待していた姉をあしらうように、俺は子機を受け取りながらしかめ面で睨んだ。…お生憎様。残念だったな、野郎で! 「…か、かわいくねぇヤツ!」 姉は部屋に戻ろうとする俺を後ろから蹴りつけた。…とはいうものの、年は3つ違えども姉に比べて大柄な俺が、ちょっと後ろからどつかれたところじゃびくともしない。 俺は何食わぬ顔で階段を駆け登り、自分の部屋へ戻った。 「…もしもし…」 「…あ、大塚?」 「え??」 俺はちょっと面食らった。てっきり先輩だと思っていたのに、その声はあまり聞き慣れない声だった。 「俺、4組の上代…上代晃。わかる?」 「…え?ええっと…あ、…確かあのバスケの上手い…確か…」 「そうそう、永田 紘のダチ。もうわかった?」 「…うん」 ぶっきらぼうな口調。その声に、俺は上代君の姿を思い出す。 上代君はどちらかというと、あまり目立たない人だ。クラスで馬鹿騒ぎする連中でもなければ、部活とかに打ち込んでいるわけでもない。彼がよく一緒にいる、永田君の方がずっと目立っている。…ただ、彼が学年でもトップクラスの『秀才』だということを除いて…。 「あのさぁ、俺、お前のうちの近所までバイクで来てるんだけどさ、ちょっと出てこれないか?」 「え?…って、これ、携帯からかけてるの?」 「まぁな。今、公園にいるんだ。お前の家からならすぐだろ?」 「あぁ…」 「じゃ、待ってる」 あっさりと切られた。…なんで上代君が俺に用事? 僕は手早く携帯をポケットに入れ、近所の公園へ走った。 夜遅い住宅街とあって、周囲は静かで自分の足音が際立って大きく聞こえる。小走りに行くと公園の脇の街灯の下に一台のバイクが止まっているのが見えた。 「よぉ」 くわえ煙草で俺の姿を見て軽く手を挙げたのは、やはりあの上代君だった。 俺はちょっとだけ、そのふかしている煙草に目がいった。 「わりぃな、呼び出して」 なんか意外だった。『秀才』で通ってて目立たない彼が、夜遅くバイクで走ってるわ、未成年なのに煙草ふかしてるわ…なんだか目の前にいる彼は全くの別人のようだった。 「何?」 「ん…、ちょっとな、急におまえの顔見たくなって、さ…」 「はぁ!?」 「ぶっちゃけ聞くけど…おまえさ、あの生徒会長のことどうなんだよ?」 「えっ!?…なんでそんなこと…」 一瞬心臓が止まるかと思った。いきなり何を言い出すんだ!? …あの篠田さんのことを切り出してくるなんて、上代君は一体何を知ってるんだ!? 俺は自分がひどく動揺しているのを感じていた。 「おまえさ、…なんかすっげー似てるんだよ、雅弥に」 「え?」 「俺、1年ダブッてんのよ。…今のガッコ、実は2校目でさ。とりあえず『新入生』ってなってるけど、俺ホントなら2年なんだ」 「…そうなの?」 「『意外』って顔してんな。すぐ顔や態度に出て…ホント、雅弥みたいだ」 「雅弥って…誰?」 俺は『似ている』というその人の名前が気になった。 「前のとこの教師。…俺の前の”男”だよ」 …絶句。こっちは篠田さんの名前だけでこんなに動揺してるのに、上代君は平気でいる。しかも”男”が”教師”だって!? 「な…」 彼は苦笑しながら煙草の火を消す。 「…まぁ、そんなわけで、俺は少しも驚きはしないよ…お前とあの生徒会長との『関係』はね。…ただ、知りたかったんだ。お前が篠田のことをどう想っているのか」 「なんで…いきなり俺にそんなこと聞くの?何がなんだか…、その…雅弥って人が俺に似てるから、ってだけじゃぁ…」 上代君がふっ、と笑う。 「わかんないか?…じゃぁ、はっきり言ってやるよ。俺、お前に惚れたみたいなんだ。…だからさ、篠田のことがどうでもいい、って言うなら、この俺とつきあわない?」 「!!!!!!」 なんなんだ、なんなんだ、なんなんだぁ!? 「俺は言いたいこと全部伝えたから。考えてみてよ、祐司クン」 上代君は呆然とする俺の頬に軽く手を添えてキスした。 「じゃ、おやすみ」 フルフェイスのメットをかぶり、彼はバイクで走り去っていく。 『お前に惚れた』 なんでそうなる、なんでこうなる、そしてどうなる!? …こんなこと、篠田さんに知れたら大変だ。大変なんてもんじゃない。 突然、携帯が鳴り出す。よりによって先輩からだ。 「あ、はいっ」 「あ、祐司?…家にかけたら『出かけた』って言われて、こっちにかけた。…今どこいるんだよ?」 もう滅茶苦茶心臓に悪いったらありゃしない。 「…あ、いえ、雑誌買いにコンビニに行こうかな、と思って…。発売日過ぎてるのを忘れてて…」 もう簡単にバレてしまいそうな、ありがちな嘘。それでも今さっきまで上代君に会ってて、しかも口説かれてたなんてことが知られてしまうよりはいい。先輩がそれ以上追求しなければそれで済む。 「フラフラすんなよ、早く帰れ。来週から朝練入れる予定なんだから」 「はい…」 「じゃ、切るよ」 「え?なんで?…用があるんじゃないんですか!?」 「いや…なんとなく声が聞きたくなって…。じゃ、また明日」 あああああああああ、もぉおおおお!!! こんなこと、誰に相談したらいいんだ!?でもとてもこんなこと相談なんてできないし、一体どうしろって言うんだよ!? …俺は放課後はおろか、唯一何も悩まずにいられた授業中まで悶々としなきゃならなくなってしまったわけで…。どうしてこんな風になっちゃったんだろう…。
「めっずらしい、大塚のヤツが居眠りしてるなんて」 後ろの席にいたクラスメイトがゲラゲラ笑っている。 「ちょっとな、寝不足なんよ…」 とても軽々しく言える訳がない。夕べの上代君の『告白』なんて。…しかしいつまでもこんな眠そうな顔もしてられない。部活にまで影響を及ぼそうものなら、あの先輩に原因を追及され兼ねないじゃないか。 「今日のゆーじ君、なんかブルーねぇ」 …出た、わけのわかんない取り巻き…。 俺は丁度休み時間ということもあって、外の空気を吸いに屋上へ向かった。雑念を振り切る為、できるだけ人気のない所へ歩いていく。 …いい天気だなぁ…。 ふと、柵の向こうに見える別棟の屋上…なにやら親密にぴったりとくっついてる二人…。カップルのいちゃいちゃシーンか…と思ったが、何か雰囲気が違う。なんだ、なんだ、野郎じゃないかよ!!!!!! しかもよく見れば、そこにいるのは上代君とあの永田君じゃないか!? ふと二人と目が合う。向こうもこっちに気付いたようだが、永田君はすぐに目を逸らし、頭一つ分背の高い上代君の首に腕を回す。上代君は俺をそのまま見つめていたが、永田君のその誘いに、彼は俺が見ているのを分かってて濃厚なキスを交わす。 俺はわけがわからなくなっていた…ちょっとまて、上代君は夕べ俺に…。 永田君は知らないのか?上代君は永田君と…でも、彼は…。彼は俺と先輩のことも気付いてて、それで…。 俺は複雑な関係に巻き込まれてしまったことに、今になって気付いた。 |
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