東の空が白みかける頃、クレアムス城内に割り当てられた寝室の一角で、ジェイは浅い眠りから目覚めた。 カイが自分の代わりにリメルの行方を探しに行ってからと言うものの、今の自分とは比較にならない程の力を保有している彼が、『自分の代わり』というのはかなり気が引けるが、あまりよく眠れていない。 城に戻された時、ジェイはカイが一緒でなかったのを父に咎められた。 (言い訳なんて、きっと父上には見抜かれているんだろうな…) あの時、自分の我が儘からカイを行かせてしまったことを、彼はずっと気にしていた。 そのせいで眠れず、幾度も目が覚めては溜息をついた。 無理に眠るのを諦めて寝台を抜け、あてもなく城内を歩き始める。廊下の明かりは既に尽き、辺りの色彩は青暗く統一されていたが、彼の歩行を妨げるには至らなかった。 彼が主導者の息子であるとはいえ、一人前の能力者としてはまだ未熟な為、彼の部屋は中央から随分と外れた所にある。本来このレプレオンの主となるのは行方の知れないあのシャルルであり、今は父やカイがその『代理』でいるだけだ。 本当なら…ここの廊下を歩くのは、姉のリメルの筈だった…。
「あたしはどこへも行かないわ。だって、ジェイが行くんだもの」 フランドルにいた頃、レプレオンにいる父の話をリメルとしていた時、彼女はそう言い放った。 「え?でも姉さんが儀式をするんじゃないの?その為に今まで修行をしていたんでしょ?」 「修行と儀式は別物よ。…あたしだってミレトスの血族なわけだし、フランドルの人間でもあるわけだから、それは当然最低限こなしておかなければならないことでしょう?」 「…僕は姉さんが継ぐんだと思ってた」 「お父様はきっとそうは思ってないわ。口には出さないけど、クリスタルを持っているお父様には『全てお見通し』だと思う。…ジェイはもっと自信を持った方がいいわ。お父様が敢えて黙っているのは、ジェイにはまだ時期が来てないからよ」 「時期?」 「ええ。…クリスタルを継承するには、クリスタルが『認める』ことが前提らしいわ。どんなに継承候補者が文武に優れ、成人して一族の継承者になっていたとしても、クリスタルが認めなければ継承されないそうよ。だから逆にクリスタルが認めてしまえば、たとえ赤子であったとしてもクリスタルは継承される…あのティルスのラフィンはまさにそうだった。彼は生まれて程なく、母君であるディアナ妃がグレノアに行ってしまうということもあったから尚更なんだろうけど、正式な継承儀式を行っていないのにも関わらずクリスタルは彼へ引き継がれたんだって」 「じゃぁ、シャルル様は?」 「シャルル様のことに関しては、お父様もよく存じ上げてないみたいね。シャルル様がお生まれになった時、既にデュロウの侵攻は始まっていて…当時はまだ、エトルリアが戦場になるとは思ってもみなかったことだろうけど、次代クレアムス王にもなる方なのだから、正式な儀式を執り行っていればお父様も儀式に参加している筈。でもお父様からそれを聞いたことはないわ」 「…シャルル様は、今どこに…」 「そうね…私達にとって、シャルル様は特別な存在だものね…。お父様は今で言うなら、あのラフィンのような存在…シャルル様のお父上であるブレイザー帝と小さい頃からずっと一緒だった。あの戦いの後…まだお父様がいたらこそ、今のレプレオンがあるんだけれど…シャルル様がお戻りにならなければ意味がないわ…」 「クリスタルがあれば…シャルル様を探せられるんでしょ?」 「ええ、継承者同志なら『感じ取れる』そうよ…でもそれは、ラフィンやシャルル様が敵の結界の中に『いなければ』…ね。デュロウは自分の領土に強力な結界術を施していて、結界の外からではお父様の力でも通じないらしいの。それこそ、敵陣の中に行かない限り探すのは難しいって…」
(…姉さん…) 廊下に伸びる自分の影…生まれた時からずっと、姉はこの影のようにいつも自分に寄り添っていてくれた。カイは自分のことを、姉とよく似ていると言った…この影は『姉』なのかもしれない。一人でいるようで、半人前な自分を見守る為にいつも寄り添ってくれていたのか…。 ふと立ち止まった所がタウラスの部屋の前であることに気付く。部屋で休んでいる筈の父の気配はなく、彼は奇妙な胸騒ぎを覚えた。 (何かあったのか?まさか、カイの身に何か…!?) 無意識のうちに歩みは早くなり、足は執務室へ向かっていた。極秘で話されることであるならば、そこ以外他にあるまい。 薄暗い廊下に足音だけが響き渡る。 低くくぐもった声が扉の向こうから聞こえた。声からすると中には二人しかいないらしく、ジェイは首を傾げた。 万一、カイの身に何か…それは最悪の事態であるかもしれない…が起こったとしたなら、主だった家臣の数人はいる筈だ。話の詳細をもっと良く聞き取ろうと耳を扉に近付けた。 「…そうか、娘はやはり…。覚悟をしていたつもりだが…」 (…えっ?) 聞き慣れた父の声がいつもと違う。ジェイは全身に震えが走った。言葉の意味を理解する前に脱力し、彼はその場に蹲るように崩れてしまい、ただ呆然としていた。 「胸中お察し致します…今は何を申し上げても気休めにしかなりませんが」 しばらくの間沈黙が続いたかのように思われ、次の言葉を発したタウラスの声は普段のものに戻っていた。 「…いや、面目次第もない。このような所をお見せしてしまって…。ともかく、カイ殿が無事でなによりです。それに、おかげで貴重な情報も手に入った」 斜めに傾いた自分の体が扉に当たり、ジェイは我に返った。 「誰かいるのか!?」 急な物音に部屋の中の空気に緊迫感が走った。不意にその扉を開けられ中に倒れ込む。 「ジェイ!?」 勢い良く扉を開けた足元にダーク・ブロンドの髪を見つけ、カイは驚きを露わにした。その後ろのタウラスは複雑そうな面持ちで自分の息子を見ている。 「聞いていたのか」 ゆっくりと半身を起こすジェイの視界に二人の姿が入る。 しかし、その視界は次第に歪んできた。 「姉さんは…ほんとに…本当に、っ」 声に嗚咽が混ざり、言葉を紡ぎ出す程に止めどなく涙が溢れ出てくる。その姿に昔の、…幼い頃に父を亡くした時の自分が重なり、カイは彼の前に膝をついて優しくその肩を抱いた。 「泣きたいだけ泣けばいい、今はその時だから…。だが気が晴れたら、もうリメルのことで涙を流すな。彼女の遺志はお前が継ぐんだから…」 ジェイの両の瞳から溢れる大粒の涙は、幾度にも頬を伝って雫れ落ちる。ジェイはカイの胸にしがみつき、声をあげ泣いた。タウラスもまた、耐えていた想いが再びこみ上げ、熱くなった目頭を押さえていた…。 |