「西の森の方へ逃げていったようだ、急げ!」 武装した兵士達が、慌ただしく散開する。 「宴と分かっていて、何故手薄にしていた!?」 「今夜は客人の護衛の兵も出入りしていたこともあって、まさかそこまで疑い様がなく…」 「…まったく!」 シアはあのカイが無事脱出できたのかを気にしながら、侵入者の追跡を他の士官らと共にしていた。 近頃は特に、権力争いからくる内部紛争、失脚や暗殺をもくろむ輩が増えた感じがする。兵士や士官、貴族が手柄を得て昇格する機会に成りうる会戦そのものが減ったことで、その地位を手に入れるには戦死か病死で欠員でも無い限り難しくなってきている。だが高位の者程直接戦場に赴かない故、戦死を待つには時間がかかりすぎる。となると、気の短い野心家は『無慮の死』を装い意図的に欠員を作る方法を選ばさる得ないのだ。 「この先はどのみち行き止まりだ。分かれて挟み込もう!」 シアは合図し、一行から離れる。 あの男ですら、館に忍び込めたのだ…もっとも、彼は今までの賊とは存在自体が違っていたようだが、戦らしい戦がここ何年も無かったことで、戦いそのものを軽視して蔓延した『傲り』が、こういったことになっている…今のサイユは無意味な近隣諸国の武力制圧と内部闘争に明け暮れるばかりで、本来の目的を忘れかけているのが現実だ。 「いたぞ!」 近づく足音、防具の金属音、草や木々の葉を掻き分ける音…シアは剣を抜く。 突如側方向から、誰かが飛び出す。剣を構えたシアの姿が目に飛び込むと、賊らしきその男達は慌てて足を止めた。 「う、ッ…!」 「そこまでだ!」 「こいつ…!」 賊の一人が剣を抜いた…どうせ、目の前に現れたのが士官といえども『女』だったから…彼等はこの場を切り抜けられると思ったのだろう。 『女』に生まれた彼女にとって、それは本来サイユとして生きていく上で足枷でしかない。体力的に劣ってしまう点は、いくら技術を向上したところで越えられないものがある。その敵わない部分を血の滲むような努力で補ってきた彼女が、今『士官』の地位を手にしているのは、『実力』を認められてのことなのだ。 「無駄な悪足掻きはよせ、そんなに死に急きたいのか?…足掻いたところでもうどこにも逃げられはしないぞ、観念するんだな…」 その瞬間だった。耳元を過ぎる風音に彼女は『はっ』とする…自分の後方から飛んで来た数本の矢が、たて続けに目の前の賊を射抜いた。 賊はそのまま崩れるように次々と倒れ込む。 (な…に…!?) 「シア!?」 直ぐさま仲間が追いつく。彼女の前に矢を受けた賊が倒れ込むのを見て、これ以上彼等が逃げられない様に急いでもがくその四肢を数人で押さ込む。 「誰の差し金だ!?死にたくないなら言え!」 「待て、この矢を見て見ろ…これは毒矢だ」 「何!?…くそっ、なんて間の悪い!…おい貴様、早く言え、言うんだ!…さもないと解毒が間に合わなくなるぞ!」 (…違う…) シアは呆然と立ち尽くしていた。 (…違う、これは…) 「…う、裏切った…な…」 賊は身体に回る毒に苦しみながら、その言葉を最期に息絶えた。 「くっそ、もう果てやがッた!」 「これはこの辺りでは即効性が非常に高いと言われる薬草から抽出した毒だ…無理もない」 「おい、お前等急いで遺品からこいつらの所属を洗い出せ」 (…違うんだ、これは…!) シアは後ろに振り返り、矢が飛んできた方向を睨む。 「…私は賊を追う!」 「あ、おいっ!シア、待てよ!」 彼女は直感的に、これは自分の仲間が放った矢でないことを感じ取っていた。…これは『囮』だ。囮の賊を敷地内に泳がせ、それを自分達に追わせることであたかも事態が収拾したかのように見せかけているだけだ。本当の賊はまだ、この敷地内にいる…! 再び中庭の方へ急いで戻る。仲間達が右往左往している中で、彼女は直感的に一方向を選んで走った。高くそびえ立つ木々の上、僅かに葉の揺れ方が不審な流れを作っている。まさに本物の賊が逃げていく跡だ。 その姿を晒すことなく、証拠を一切残さない…その手慣れたやり方は、相当腕の立つ者を仕向けているのだろう。ここで賊をみすみす取り逃がしては、たとえ今回が未遂に終わったとしても、再び大公等が狙われるのは必至だ。なんとしてでもこの時点で賊の尻尾を掴んでおきたい。 「待てッ!」 腰にあるナイフを木陰に隠れ動いている賊がいるであろうその方向に投げる。そのナイフに気付いたのか、避けた身体の動きに枝が大きく撓る。 「……!!」 頭上から前方を遮るように賊が降り立つ。その素早い動きに圧倒され、シアはまだ剣を引いたままで再び構えるのに遅れをとった。 「うっ…!!」 息ができない…僅か一瞬の間、鈍い衝撃と共に自分の鳩尾には既にその腕が深く食い込んでいた。 (…バカな…!なんてヤツだ…!) 圧倒的な力の差…あのカイにも自分との技量の差に驚かされたが、それはあくまでもカイは並のディオスではなかったわけで、初めから比較にならなかっただけだ。自分の能力がそこらの兵士や士官に引けをとらないからこそ今の自分があるというのに、こんな賊にまでねじ伏せられるとは…。 気が遠くなる…崩れ落ちた自分の目の前に、その賊の足元が視界に入る。なんとか身を捩り、薄れる意識の中で彼女は自分を封じ込めた者の正体を見ようとした。 (黒い髪…むらさ…き?) …そうか、ならば仕方ない…。 「シア!?どこだ!?」 遠くで仲間の呼ぶ声が聞こえる…彼女の意識は暗闇の中へ落ちていった。 |