創作系同人誌サークル『SURRE(シュール)』
  
トップ > 風の迷宮(ラビリンス) > 第6章:事実
 やがて……。
 日が沈みかけ、館の中は次第に薄暗くなり、宴の準備を始めた者達の、廊下を行き来している足音が頻繁に聞こえ始めた。
 カイはドア越しに耳を傾け、じっと外の様子を伺っていた。
 足音や話し声からして、もともと館に住んでいる人間自体の人数は、敷地の規模のわりには少ない感じだった。その時、身を潜めている倉庫の前を通りかかった家来の声が耳に入った。
 「今日来られるのは、確か…ノエル公、バーシアス侯、ユークリッド侯だったか?」
 「そうそう。ノエル公の右腕と言われるジェリク卿は、なんでもまだ成人して間もなくて、随分若いそうだ。それでもアウストラス遠征の時に、バーシアス侯の所の…あの噂に名高いラフィンを連れていたこともあって、大手柄だったと聞く。ジェリク卿はもともと、エトルリア時代からノエル公の配下の家系の者らしく、公がひいいきにしているという噂もあったが…バーシアス侯はどうも男色家らしいし、そのジェリク卿をたいそう気に入っているらしくて、なんとかして上手くジェリク卿を自分の配下に入れたいらしいんだけど、相手はノエル公だろ、なかなかルーベンス卿のようにはね…」
 「そういえばルーベンス卿は…」
 「ここだけの話だけどねぇ、なんでも、バーシアス侯がラフィン欲しさに一服盛って、失脚させたらしいのよ。それで卿は地方に飛ばされた、って話。…よくわかんないわよねぇ、上の考えてることは。だいたい、あのデュロウ様にしても、リヴィウス卿を四六時中側に置いているってゆうじゃない?」
 「リヴィウス卿は『卿』の地位でありながら、重臣としてデュロウ様についているんだろ?戦略の策士としては他の重臣達と比べものにならない位に、ずば抜けた才能の持ち主だそうだ。おまけに武術も相当のものらしい。文武に長けているんじゃぁ、周りも文句は言えまい。おまけに美貌の持ち主らしく、男にしておくのはもったいない位だとか」
 (なるほどね…)
 倉庫の中は小さい明かり取りの窓があり、そこから外の明かりが入り込んでいたので、全くの暗闇ではなかった。カイは館まで来る過程で、付近の民衆と同じ服装をして忍び込んだが、話の内容から、今度は今の姿では都合が悪いらしいことに気付いた。一民衆でいるよりも、屋敷内のサイユ兵であると偽っていた方がいいようだ。僅かな明かりを頼りに、倉庫内に服が置いてあるかを調べた。倉庫にある服など、武道着や鎧の類しかないことは分かっていたが、今の彼にはそれで充分だ。サイユになりきるには、それだけあればいいのだから。 適当な自分の体格に合う物を探し出し、着替える。むしろ正装着しか無かったら、かえって疑われるだろう。正装着は位のある士官が着るわけだし、この館に集まっている人間の地位を考えたら尚更だ。館に出入りしている者達と、同じ様なものであればいい。
 話声が遠ざかって聞こえなくなったのを確認すると、カイは静かにドアを開けて外に出た。家来達の話を盗み聞きしていて、今夜の宴に呼ばれた客がかなりの権力者達らしいことから、今まで謎だったデュロウ側の内部事情を仕入れられるかもしれないと彼は思った。
 エトルリア攻防戦以来、デュロウは戦の表舞台から退いているらしく、今どこにいるのかなどはタウラス達の情報では全く掴めていないらしい。幾度も敵陣へ密偵を送って探りを入れているとの話は聞いていたが、自分の耳に入ってくるのは、せいぜい、この館のような前線に近い領地の動向情報だけだった。
 タウラス自身も当時レプレオンに陣を構えていたこともあって、エトルリアを襲撃した軍勢の先陣を切ったのがデュロウであると後日生き残った兵から聞いたのみで、直接対峙したことはない。あの戦いで唯一剣を交えたであろうハザウェイやマーディラス、ブレイザー帝は、あの戦いで命を落としている…。
 ミレトス衆をも蹴散らしたデュロウが、なぜあの日以降一線を退いたのか…優秀な部下を数多く手中にしたことで、自ら剣を振るわなくとも、国々の制圧はできると判断したのか…リメルやラフィンの情報だけでなく、ここで謎に満ちた敵の王の情報入手もできれば、今後のエトルリア軍にとって有益なものとなるのは間違いないだろう。
 宴の間にできるだけ接近した方がいいと、階段を下りていく。話し声が近づくと、急いで近くに身を隠し、気付かれないように気を配った。
 階段を下りると、そこは他の廊下よりも広く、どうやら大広間に続く廊下に出たようだった。足音や話し声からすると、先程までに比べると、人の行き来する人数が倍以上になっている。大広間の方では酒宴が始まったようで、賑やかな声がしていた。
 辺りを見回し、何食わぬ顔をして、他の兵に上手く紛れて大広間に入り込む。そしてまたさり気なくその人の流れから抜けて、今度は側の柱の陰に隠れた。そこは壁づたいに立っている柱で、カーテンがある為に、隠れるには丁度良い場所だった。
 部屋の一番奥にある椅子に座っている中年の男は、おそらくこの館の主でイーリス公であろう。その両脇に取り囲むようにして、招待された公、侯爵達が爵位順に座っている。少し離れた下座には、彼等が連れてきた側近達がいた。
 カイはジルから聞いていた、バーシアス侯直属として士官の服に身を包んだ、あのラフィンの姿を捜した。
 幼い頃、脳裏に鮮烈に焼き付いたあの紫の瞳…。今生きている証拠をこの目で確かめたい。リメルが掴もうとしていた、真実を知りたい…カイは必死だった。だが、その席に姿は見当たらなかった。
 「ノエル公、今日はジェリク卿の姿が見当たらないようだが、どうしたものか。出陣しているのか?」
 「いや、今夜は館に残しているだけで、出てはいない。私は連れてくるつもりだったのだが、なにやら先の遠征の際の、後処理がまだだとか言うもんで、仕方なく残してきたのだ」
 「優秀な部下を持つと、館を留守にしていても心配する必要がないからいい。…それにバーシアス侯の所の、あのラフィンにしても、専ら上では有名だぞ。…あの紫色の瞳は、デュロウ様の側近のお方から聞いた話では、なにやらディオスの中でも格別位の高い、特殊な一族の持つものだそうだ。その末裔が我々の部下にいるとはねぇ…。ラフィンの姿もないようだが、侯は連れて来なかったのか?」
 「…はい。あの者は公に会わせられる程の身分でもなければ、行儀もままならぬ故、屋敷に…。きちんと躾した上で、近々お目通ししたいと思っております」
 「『躾け』と?…そこまで粗野とは、聞いたことはないが?」
 「はぁ…。実にお恥ずかしい話なのですが、実はその…、アウストラス遠征中に分かったことなのですが、あの者が私の領地内で捕らえた、敵の手の者らしき捕虜の女一人の処分に、なにやらかなり梃ずっていたらしいのです。それを知った私の部下が、たかが女一人を始末出来ないなんて…などと刺激したのでしょう、あのラフィンが手を出しましてね、部下を5人程失うことになってしまいまして。…あの顔のわりにやたら血の気が多くて少々困ってますが、私が直接躾けることでなんとかなるでしょう。公の出陣の際にはお貸しします。きっと、お役に立つ筈です」
 (捕虜の女…?まさか…!?)
 カイはその言葉に、鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じた。
 「敵の手というのは、レプレオンからの密偵者だったのか?」
 「レプレオンからかどうかは定かではありませんが、エトルリア軍の者だったのは確かです。ラフィンに部下が引き渡す際、既に部下が調査済みでした。…故にあのラフィンに始末を任せたのですが…あの者、時折何を考えているのか分からないことがありまして、結果的に…」
 (そんな、リメルがラフィンに…)
 信じたくはなかった。よりによって、あのラフィンが関与していたとは…。
 ラフィンのことだ、おそらく『梃っていた』というのは、彼がリメルの正体を知っていたからに違いない。それはミレトスの継承者であれば、本人の口から聞かずとも『感じる』ことができた筈だからだ。ラフィンは自分よりも幼い時…あのエトルリア攻防戦の前に既に継承儀式を済ませていたと、カルミアスの者達が言っていた。だとしたら、リメルとの出会いで彼は酷く動揺したに違いない。
 それなのに…!?
 デュロウに捕らわれてから、ラフィンの身に何があったのだろうか。自分が誇り高きティルスの人間だということを、忘れてしまったのだろうか。そしてシャルルの側近であるということも、全てあの戦いの日から失ってしまったというのだろうか…今生きていても、あのティルス一族としてのラフィンは、ここには存在していなかった。この敵地にいるのは、争いを好む鬼神のような男だった。
 (リメルは…今の彼の姿を見て、どう思ったのだろう。すっかり変わってしまった彼のことを、レプレオンの人々になんて説明すればいいのだろう…。ジェイに真実を言うべきなのだろうか…)
 カイは動揺している自分に、平常心を取り戻そうと落ち着かせた。もう、ここにいる理由はない。急いで戻って、これからのことを考えなければならない。…かつて同志となる筈だったラフィンは敵になってしまっているのだ。この現実をレプレオンの人々がどうとらえて対処するのか、このことは今後の戦局に直接影響を及ぼすだろう。
 (…ラフィンがそんなことになっているなんて…。それじゃぁ、シャルルは…)
 表裏一体と言うべき存在の彼等…幼い時見た彼の姿が今のラフィンに繋がるのならば、シャルルの身にも想像もしなかったことが起こっている可能性が否めない。本来、ラフィンはシャルルの影としての役目を担うように『血の契約』を交わしていた筈だ。彼の行動が『影』としての役目なのか、それとも契約そのものが意味を成さなくなってしまったのか…。
 同じく次代ミレトス衆として継承したカイにとって、その事実は最も認めたくないことだった。何かの間違いだ…そう、まだ自分自身が確かめたことではないではないか。。
 (…まだ終わったわけではない、これで全てが無になったわけではないんだ)
 まだエトルリアには自分やジェイがいる。いつか必ず、再びミレトスが揃う日が来る…カイは項垂れていたその顔を上げた。
 


風の迷宮(ラビリンス) | 第1章:序章 | 第2章:最後の語部 | 第3章:過去の記憶 | 第4章:出会い | 第5章:敵陣へ | 第6章:事実 | 第7章:輪廻の糸 | 第8章:垣間見た歪み | 第9章:絶望と希望 | 第10章:終章 | 

Produced BY:SURRE 1998-2006