創作系同人誌サークル『SURRE(シュール)』
  
トップ > 風の迷宮(ラビリンス) > 第2章:最後の語部
 あの戦い…エトルリアがまだ、長きに渡る栄華を誇っていた頃…まだその日が昨日の出来事のようにも思えるが、あれから随分月日が経っていることを己の息子やカルミアスの若き長の姿を見て実感しながら、タウラスは遠くに微かに見える廃墟の姿を見つめる。
 まるで、こうなることを悟っていたかのような王の言葉…。
 いや、今思い起こせば、もっと前から…そう、まだ幼少の頃から、王はそれを『予感』していたのかもしれない。
 戦況が思わしくないという報告ばかりを使者達から受け、タウラスと共にレプレオンに戦陣を構えていたハザウェイは、残された王都の戦力に不安を感じ、自分の陣をエトルリア側で構えると言って出ていった。先日同じように老師レガートが前線へ出立したばかりだ。
 「…お前はレプレオンで敵の侵攻を防げ。フランドルには身重の妻を残しているのだろう?考えたくはないが、万が一、フランドルに敵が及ぶような事態になるとしたら…だからお前がレプレオンに残るのが適任だ」
 「しかし…!」
 「マーディラスもお前が残るべきだと言っていた。…私も、お前とブレイザー帝が幼少の頃から兄弟のように育てられたのは良く知っている。だがブレイザー帝には王としての、重要な役目を果たさなければならない…お前の手を借りずに、己自身の力のみで。これは、ブレイザー帝の意志でもある」
 「……」
 ハザウェイの言葉にタウラスは視線を落とす。
 「…タウラス、実のところ、お前の危惧は私も同じだ。だからせめて幼いシャルル様と王妃だけでも、説得して先に脱出させておこうと思っている。私とてこのまま、何もせずにそれを『現実』にするつもりはさらさらない」
 軽く肩を叩き、ハザウェイは従者を従えて背を向けた。
 …もう、あれから随分経ってしまった…。
 己が継承しているミレトス衆のクリスタルから伝わる仲間の思念や鼓動を、あの日以降何も感じ取れなくなって、自分がこの世界でたった一人、唯一エトルリアの繁栄の歴史を知る『最期の語部』になってしまったのを認めざる得ない。
 それまで家系で継承することが多かったミレトス衆であったが、次代の継承予定になる者が存在しないままにあの戦いで時世の継承者を失った多くのクリスタルは、今どこにあるのか…クリスタルの力なくして、このクレアムス界を維持させることは不可能ゆえ、一刻も早くクリスタルの所在と新たなる継承者を見つけなければならない。そして己が知る知識の全てを、ブレイザー帝の代わりに自分が生きている間に次代の王に伝えなければならない。
 若きカルミアスの長となったカイは、彼にとっても、クレアムス界にとっても、僅かに差し込んだ希望の光とも言える存在なのだ。 


 クレアムス城の裏庭で、剣が激しくぶつかり合う音が響きわたっていた。カイとジェイの他に、周りには誰もいない。
 「息がだいぶ荒いようだな、ジェイ。もう降参か?」
 カルミアスから来た時の正装着から身軽な武道着に着替え、その長い黒髪を後ろに束ねたカイは、先程から殆ど息の乱れも無く、平然としている。一方ジェイは、カイとの間合いを取る度に滴る汗を拭い、びくともしない彼にどうしたらいいものなのかと、紅潮した顔に驚きすら見せていた。それを見てカイは、少し微笑んでみせる。
 「実戦ではこうも敵は待ってはくれないぞ。相手に疲れを見せれば見せる程、隙を狙ってチャンスとばかりに止めを刺しに来る。間合いを取って休む位なら、一気に攻めて倒すのが勝ちだ」
間髪入れずに容赦なくカイが剣を振るう。剣どうしがぶつかり合っている僅かな時間……一瞬、カイの利き手と逆の手がジェイの眼前に出て、視界を遮った。ジェイは反射的に身を退け、反らせて避けようとしたが、無理な体勢にあったためにバランスを崩してしまい、情けなくよろよろと尻餅をつくように倒れこんでしまった。
 「うわぁっ…!いってぇ!」
 「隙ありっ!…あはははははっ、なんだよ、その転び方は!」
カイは少し呆れた顔をして、剣を鞘に収めた。ジェイは打ったところを擦りながら、ばつが悪そうに苦笑する。
 「デュロウの部下には『サイユ』と呼ばれる選りすぐりの術者達がいる。剣術だけに気をとられていると、僅かな隙を狙って相手が術を使った時に、今のようには躱せないぞ。もし本当に俺が術を使っていたら、今頃お前は死んでるぜ?」
 「……!」
 ジェイが突然目を丸くしてカイを見た。何か言いたげに自分を見詰める彼の様子が、先程までとあまりにも違うので、カイは気になって声をかけた。
 「おい、どうした?打ち所が悪かったのか?」
 「…こっ、言葉使い!さっきとは全然違うっ!」
 カイはそんなジェイの指摘に、何食わぬ顔をする。
 「そうだっけ?」
 「だって、だって…!」
カイは吹き出すように笑い出した。呆然と自分を見あげるジェイが、まるで狐か狸に騙されたという表情なので、それがおかしくて仕方がない。ジェイは大広間での彼の振る舞いと、今こうして自分の前で心底から大笑いしている彼が、同一人物であることが信じ難いと言わんばかりだ。
「そんな顔するなよぉ。別に、『演技』していたわけじゃないんだ。さっきはカルミアス王の名代としての『仕事』だったんだぜ?今は公務じゃないから、地で言っただけだよ」
「僕はてっきり…」
 「ジェイ、俺達は同じミレトスの『仲間』になるんだ。身分だの、階級だの、そんなものは必要ないだろう?……確かに、公の場の俺は『カルミアスの使者』でいなくては示しがつかないが、それ以外は特別扱いされたくないんだ。だからジェイ、これからは敬称呼びは無しにしてくれ」
カイは座り込んだままのジェイに手を差し延べた。燐とした姿の裏にある、自分と変わらない、ありがちな一青年の彼に親しみを感じ、この時を機に、二人はすっかり打解けた仲になった。カイもジェイを気に入ったのは、かつてカルミアスで親しかった『ルーク』という少年が、丁度ジェイと同じ年頃で、その人柄と重なっていた事もあったのだ。
 「わかったよ。じゃあ、改めて…カイ、共にクレアムスを守ろう」
 「勿論だ!」
 「でも、父さんには言えないなぁ…。カイがこうゆう人だったなんて。でも言ったところで、信じてもらえそうもないけどね。イメージが全然違うんだもん」
 「タウラス公に話すつもりなのかい?」
 「いや、内緒にしておくよ。なんだか人に教えるのが、もったいない気がする」
 「なんだよ、それ」
 「そうだカイ、稽古はここまでにして、これからエドガー離宮に行かないか?ティルス一族がかつて住んでいたあの館は、今は誰も住んでいないけど、以前のままにしてあるんだ。行方の知れないクレアムス王……シャルルの側近のラフィンが、王と共に帰って来た時の為に、ってね。僕は内緒でちょくちょく行っては、書物とかを見せてもらったりしてる」
 「いいのかよ、そんなことして。今は主がいなくても、あの離宮はティルス一族の所有するものに変わりはないんじゃないか?」
 「まぁ、そうゆう堅いことは無しで…。先代ミレトスだったラフィンの母君は、あのグレノアの『巫女』でもあるんだ。そうゆうこともあってか、あそこには術系の書物が多くてね。僕は武術を専門に教え込まれたから、いろいろ学ぶことが多いんだよ。僕にとっては、単なる好奇心的な『離宮内の探索』じゃなくて、立派な『修業の場』なのさ!」
 「エドガー離宮か…。何年ぶりだろう…」
 「行ったことがあるのかい?」
 「あぁ…、幼い頃に一度。ラフィンと俺は、年が同じ位だからな。一度か二度、一緒に遊んだ記憶もある」
 「えええええっ!?」
意外な発言に、ジェイはまた驚いた。
 「なんなんだよ、もう!そんなに驚くことないだろう?俺の立場からしてみれば、彼等に会うことは『しきたり』みたいなもんなんだから。俺だって、小さい頃は遊んだりしたんだよ。今のままのわけ、ないだろう!?」
 「まぁ、そうだろうけど…、ねぇ…」
 二人は切り上げると、そのままクレアムス城から少し離れた所にある、エドガー離宮へ馬を走らせた。

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