創作系同人誌サークル『SURRE(シュール)』
  
トップ > 風の迷宮(ラビリンス) > 第1章:序章
……其は清にて聖
悠遠に漂泊する幻創なるまぼろば
時来たればその姿現し、門開かるる
其は秘なり
その地、聞き及びしは緑ばかりのみ
血に受け継がれし力、選ぶ意思持ちたり
彼の名は「グレノア」
うつつの闇に閉ざされたる迷宮……
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 クレアムス界……武術と術法が歴史をつくるこの世界では、君主国家体制のもと、代々『ミレトス衆』と呼ばれる、それらの『技』の奥義を家系として習得した者たちが世界を統一していた。
 長い歴史の中、内乱や民族間の争いが平和と交互に繰り返されながら時代は進み、文明が発展していったある時、ひとりの人間が現れたことで、この世界に『世界の崩壊の危機』にまで繋がる大乱が勃発した。『デュロウ・リー』と名乗る者が、何らかの方法でクレアムス界の次元に歪みを生じさせたのである。
 時世のミレトス衆とは何等関わりのないであろうその者は、その時世のミレトス衆を上回る能力を持っていた。己を君主として武力で新しい国家を作り、それまで統治していたミレトス衆達に宣戦布告をすると、彼らが治める国々の大半を短期間のうちに襲撃して支配下に置き、クレアムス界を混乱に陥れた。人々にとって、それはまさに脅威そのものであった。
 それまで個々に応戦してきたミレトス衆は、急遽クレアムス界の中心の都市である王都エトルリアに集結し、この危機を乗り切るべく策を講じた。そして彼等は、かつて歴史上に類似する記録もないこの戦いに、クレアムス界と表裏一体の関係にあるカルミアス界……クレアムス界とは次元を隔てて存在する、いわば鏡のような世界……に協力を求めた。クレアムス界の崩壊は、カルミアス界の崩壊でもある……事を重んじたカルミアス王は、カルミアスの守護者の長をミレトス衆の一人としてクレアムス界に送り、他のミレトス衆と共にデュロウを迎え討つ体制をとった。
 しかし彼等の想像以上に敵の侵攻は凄まじく、ミレトス衆の力を持ってしても各地で次々とエトルリア軍は大敗し続け、ことごとく防御網を突破されて戦況はますます厳しくなった。戦の先陣を切るミレトス衆は次々と戦死し、戦力は下がる一方で、ついにクレアムス界の要である王都エトルリアが陥落するという、前代未聞の事態に陥ったのである。
 時世のエトルリア軍の誇る最大の要塞でもあったレプレオンだけが、王都のあるエトルリア領の中で唯一陥落を免れた。王都陥落の報告にレプレオンで戦っていたエトルリア軍は急遽フランドル方面へ一時撤退し、敵の追撃から辛くも逃れることができた。
 王都の陥落、時世ミレトス衆の戦死…クレアムス界の歴史上に置いて、『暗黒の時代』の幕開けとなったこの戦いの中で、唯一時世ミレトス衆の生き残りとなったフランドル領主でもあるタウラスは、各地で敗走しているエトルリア軍をレプレオンへ召集をかけた。敵の追撃を逃れるだけでも厳しくなった情勢の中で、実際にどれだけの戦力が集まるのか、その数は全く期待できないのは充分分かっていたが、それでも彼は己が生きている限り敵に屈することは決してできないと奮い立った。
 もはや統一統治でなくなり、自治国間の戦争、内乱、紛争が各地で勃発、一度滅んだエトルリアの権力など誰が期待するというのか…それでも彼は、独り再び戦う決意をした。日ごと大きくなってゆく次元の歪みを一刻も早く食いとめなければ、世界は滅ぶ……歴代ミレトス衆が支えてきたこの世界を、たとえ自分一人でも生きている限り守らなければならない。
 タウラスは反旗を翻し、宿敵デュロウへの宣戦布告をした。
 ミレトスとデュロウとの壮絶な戦いは、再びこうして始まった…。

 副首都レプレオンに再建したクレアムス城内は、早朝から慌ただしかった。廊下をひっきりなしに参謀や軍師達が行き来し、何か戦況に変化が起きたかのように見える。
 一人の参謀らしき男が息をきらしながら、大広間に駆け込んできた。
 「タウラス様、只今カルミアスよりカイ様が城下にお着きになりました!」
 「おぉ、参られたか…!」
 声が反響して響き渡る。部屋の奥にはテーブルを囲んで、数人の家臣達が軍事会議をしている最中のようだった。参謀の声にタウラスは立ち上がって、他の家臣達を見回した。
 「シエロ、ヘクター、急ぎ迎える準備を。それから我が息子ジェイを、今日この機会にカルミアスの若長にお目通ししなくてはならない。ジェイをここに呼んでくれ。この続きは後で話し合うことにしよう」
 慌ただしく席を立ち、皆がそれぞれの役目に動き出す。
 十数年前……首都エトルリアはデュロウの奇襲を受け、時世のミレトス衆の長であるクレアムス王ブレイザーをはじめ、多くの犠牲者を出して陥落した。ミレトス衆はタウラスしか生き残らず、副首都であるレプレオンも激しい戦火の末に中枢機能を失い、中心的都市の地位から、デュロウに抵抗し続ける反乱軍の拠点としての、一地域に成り下がる結果となった。
 デュロウの攻撃の猛威は衰えることなく、短期間の内にミレトス達が治めていた主要都市を次々と攻め落とし、大半が廃虚と化した。その被害の規模は、かつての彼等の居城はおろか、その血を受け継ぐ者達の消息や行方も依然掴めていない状況であった。
 このままではデュロウにこの世界を滅ぼされてしまう……タウラスは辛くも生き残った他の者達を、戦死したブレイザー王の代わりとなってまとめあげ、エトルリアの再興と再度来るであろうデュロウの攻撃に備え、今はこうしてレプレオンで指揮をとっているのだった。
 家臣達が動き出して間もないうちに、外からはだんだんと人の足音が近付いてきた。
 「タウラス殿、無事でなにより…」
 大広間へ参謀に案内されて、カイは姿を見せた。
 その長身は、隣にいる参謀達より際立って目に付く。それと、光沢のある黒い生地に金色の刺繍の施された正装着が、彼の漆黒のまっすぐな長い髪と相俟って、高貴さと威厳を漂わせていた。
 「お久しゅう。久しくお会いしないうちに、すっかり逞しくなられて。先の貴殿の成人の儀には、私も立ち会いたかった。かつて父君のアレク・シーン殿が、カルミアスの儀式のことを私に語ってくれたことがあって、絢爛かつ荘厳なものと聞いていたので…。あの戦いの前……初めてお会いした時は、幾つの年で?」
 「五つです。幼い頃でしたが、はっきりと記憶に残っています。タウラス殿の姫君のリメル殿に、初めて会った日でもありました」
 「そうだった。…それでカイ殿、そのリメルのことなのだが、リメルの消息は未だ掴めぬ。一年前に敵の領地内に潜入したまま、音信が途絶えたままなのだ。私もいろいろ手を尽くしたが、手掛かりは何もない。何しろ私が不在の時で、娘は私にひとことも残さずに行ってしまったこともあって、後のことまで準備の出来ぬままになっていたのが原因なのだが…。娘は能力はあるが、実戦経験は殆ど無いに等しい。それ故に気掛かりで…」 
「…やはりあの時、相談を持ち掛けられた私が止めるべきでした」
「いや、貴殿のせいではない。その役目に名乗り出た、あの娘に非はあるのだから。……リメルはミレトスであるこの私の血を引き、次の世代のミレトスになりうる筈の者。これはきっと、リメルの宿命でもあったのだ。あの日……先の大戦で捕らわれた、ブレイザー王の御子息のシャルル様も消息が分からぬまま…。デュロウを討つには、ミレトスが揃い、力を合わせない事には不可能だ。シャルル様の安否を探る為に、今まで何人もの使いを送り込んだが、戻って来た者はいない。そして、ミレトスであるこの私の娘も…。このままでは、クレアムスは為す術もなく滅んでしまう」
 (シャルル…)
 カイの脳裏に断片的に残る幼い頃の記憶……エトルリア攻防戦が始まる前、カイは初めてカルミアスからクレアムスに訪れた。ミレトス達のそれぞれが、次世代のミレトス衆の最有力候補である自分の子供同士を、儀式的に『顔合わせ』させる為である。戦いが続く緊迫した状況下であったため、結局は当時の長……とその子息……のみの会見となってしまったが、それはミレトス衆の結束の為には欠かせないことであった。
 カイの記憶にあるシャルルは、自分より年下の幼子だった。そしてその傍らに、影のようにいる子供……黒髪に紫の瞳をした、クレアムス界でも屈しの魔導師の血筋であるティルス一族の人間……ラフィンの存在が、シャルル以上にカイの記憶に鮮明に残っていた。子供心にもそのラフィンの紫の瞳……直系の者のみに受け継がれる稀有なもの……にカイは、彼が生まれながらに持っている、クレアムス王子であるシャルルの側近としての地位や、ティルス一族の格式を感じさせる品位を認識する一方、その裏に潜む、どこか人目を引く危険な妖艶さを覚えていた。
 (シャルルの分身ともいうような存在のあいつのことだ、シャルルが捕らわれたということは、ラフィンもおそらく…)
 約一年前のことだった。 
敵の領地に情報収集として使者を送る計画があがった時、その会議の席で使者の選定をして、真っ先に名乗り出たのがリメルだった。
 『その役目、あたしにやらせて!!カイ、あたしは信じたいの。サウスフィガロに現れた、黒髪に紫の瞳の敵の士官が、あのラフィンであることを!!前にカイが教えてくれたわよね、シャルル様とラフィンの関係…どちらかが生きていることさえ分かれば、一方も無事だって…。黒髪に紫の瞳はティルス一族の証。他人の空似より本人の可能性の方がずっと高いわ。カイ、是非あたしに行かせてちょうだい。この目で確かめたいの。次代クレアムス王となる、シャルル様の無事を…!!』
 そう言って旅立ったリメルもまた……カイの心は複雑だった。
 タウラスと久々に会って、そうした話をしていると、奥のドアから軽く叩く音と共に一人の少年が中に入ってきた。
 「お会いできて光栄です、カイ殿」
 その声と姿を見て、カイは面食らった。リメルと瓜二つの顔をした、色白で華奢な少年。ダーク・ブロンドの長めの髪と、澄んだエメラルド・グリーンの瞳が、食い入るように自分を見詰める。汚れを知らない、無垢な魂を持つ少年…。
 「おぉ、ジェイか。カイ殿、私の息子のジェイです。リメルとは二つ違いの弟にあたります。今はまだ修業中の身ですが、いずれ貴殿をはじめとするミレトスの一人として、お役に立つことでしょう」
 「そうでしたか。ジェイ殿、これから宜しく」
 「こっ、こちらこそ!」
 ジェイは初めて見たカルミアスの若き長の姿に、すっかり見とれていた。漆黒の長い髪と瞳は、自分より頭二つ分は軽くある、長躯の彼が纏うエキゾティックな装束と共に雰囲気を漂わせ、お互いを際立たせている。自分とは正反対のその色彩に、ジェイは視線を奪われずにはいられなかった。
 「カイ殿、立ち話では何ですから、どうぞこちらにお座りください。わざわざこちらにお呼びした訳を、お話しなければなりません。…ジェイも同席しなさい」
 タウラスはその他の使いの者達を大広間から退出させると、一息ついて話し始めた。
 「この度お呼びしたのは、あの聖地グレノアのことに他なりません。我等ミレトス衆のみが立ち入ることが許され、ミレトスの長であるヴェスタの称号を得た者が持つ、絶大な力を封印した宝剣……初代ミレトスのヴェスタ、ウォーレン・レヴィウスのクリスタル・ソードが、グレノアの『意思』によって選ばれたミレトスの『巫女』のもとへ預けられているのは、カイ殿も父君のアレク・シーン殿から聞いておられるだろう。その聖地グレノアは、常にクレアムスとカルミアスの間の、次元の狭間に存在し、来るべき時が来た時にクレアムスの何処かに接点を置き、宝剣を長に渡すのだ。グレノアの所在を知るには、グレノアの神殿内にヴェスタ以外に立ち入ることが許される『守人』……次代の巫女を見つけなければならない。そこでカイ殿、先代最後の生き残りとして、私は貴殿に使命を与える。次世代のミレトスの長として、仲間を集めて欲しい。それは本来クレアムス王がするべきことなのだが、今のこの状況では無理だ。だから代理としてこの大役、引き受けて欲しいのだ。先程まで他の者達とも話し合っていたのだが、今の我々がうてる手段は、もうこれしかない。一刻も早く、ミレトス衆の再編をはからなくてはならない」
 「しかし、そもそも私はカルミアス界の者。この役目はタウラス殿の御子息であるジェイ殿が適任だと思いますが…」
 「いや、この者にはまだそれ程の技量はありません。カイ殿であれば、重臣をはじめ参謀も軍師も、クレアムスの人々全てが認めるでしょう。是非…!」
 カイは迷った。親であるアレク・シーンがミレトス衆の一人であったばかりに、この大役がまわってくるとは思ってもないことだった。
 引き受けるべきか、否か……齢二十歳に満たない彼にとって、それはとても重い選択であった。
 確かに、歴代の直系の血筋を持つ人間を殆ど失った今では、たとえ末裔が残っているとはいえども、正式な家督継承の儀式を受けた者でなければ、次世代のミレトス衆にはなれない。となると、過日成人した自分以外に、誰がその大役を務められようか。
カイは伏し目がちだったその視線を、ゆっくりとタウラスに向けた。
 「…わかりました。次代クレアムス王が我々のもとへ戻られるその日まで、このカイが微弱ながらも力添えいたしましょう」
 「カイ殿、よくぞ御決心くださった。これでこの私も、先代クレアムス王……かつミレトスの長であった、ブレイザー王の遺志にこたえられました。ミレトス衆の再編は、亡き先代達の願い。我々が敵を巻き返す、始めの一歩になるでしょう。なにより心強いです」
 「カイ殿、このジェイも近く、父の後を継ぎます。レプレオン御滞在の間、修業の総仕上げとして、お手合わせ願いたいのですが…」
 「私で良ければいつでも。…では早速、庭で?」
 「えぇっ?いいのですか?」
ジェイは思いがけないカイの返答に、戸惑いながらも直ぐに席を立った。
 「では直ぐに支度をしてきます!」
 「こっ、これ、ジェイ!」
 「構いません、ジェイ殿が望むのなら。私も昔はよく皆に相手になってもらい修業したものですが、家督を継いでからというものの、皆が私の相手を拒むので、少々身体が鈍ってしまいまして…。少し手慣らしをしたかったところなのです」
 「…はぁ。しかし、こちらに着いたばかりなのに、ジェイときたら。まだまだ、家督を継いだところで、『カイ様』のようになるのは当分先だな…」
駆け足で大広間を飛び出していったジェイを、タウラスは苦笑しながらも、優しく見守っていた。

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