語り継がれる戦乱の歴史、英雄達の武勇伝の影にある、悲劇の物語の数々…長い年月の中で風化し、あるいは血族が途絶え、今となっては誰もその事実を知らずとも、ただ唯一その剣だけが全てを知っていた。 言葉では語れない、文字や形では残らない…それでも、代々受け継がれていくその力が、全てを後世に伝えていく…古より伝わる長き歴史を、その力が必要な理由を、その力を得る者が引き替えにする代償が持つ意味を、全てを背負い時世の選ばれし者はその力を継承する。 時はのちにメルク・ゼ・レヴィウス大乱と呼ばれた戦乱の一世代前の時世。首都エトルリアを拠点とする、歴代ミレトス衆の王をもっとも多く輩出したメルク王家の政権支配が全盛期の、まさに黄金期の頃である。 メルク王家17代目の当主として、また、次代ミレトス王として生まれながらに約束されていたブレイザーは当時若干12歳、初代ミレトス王の直系であるメルク王家のしきたりを重んじる、厳格な父の厳しい教育のもとに育った彼は幼少から文武共に優れていたが、まだ戦に出ることは許されておらず、自分より年の離れた他のミレトス衆に戦の合間に実戦を想定した稽古を付けてもらう日々が続いていた。殊の外、父の従兄弟にあたる、『蒼海』のエレメントを内包するというクリスタルのジュエル・フォース継承者であったレガードは、ブレイザーと彼の弟的存在であったタウラスの二人を次代の要の人間とするべく、直伝でエレメント術を指導することが多かった。彼が『表の王』であるなら、その『裏』の存在にあたる、カルミアス界の黒長でもあるアレク=シーンが今の自分より2歳も若い若干10歳の時分で初陣を飾っていたことを先日耳にしたこともあって、小難しい呪文と術法の理論のような学問を覚えさせられるよりも早く剣を振るって戦果をあげたい気持ちの方が強く、連日のレガードの稽古に少々飽きていた。 「どうしたブレイザー、集中力が落ちているぞ」 「…もうイヤだ!」 「何?」 念で宙に止まっていた小石が、ポトリと地面に落ちる。その様を横目でチラチラと見ながら、タウラスは自分が浮かせている小石が落ちないように必死に念で支えている。 「毎日、毎日、同じことの繰り返し。僕には向きません、こんなこと…」 「”向く”、”向かない”は、お前が決めることではないぞ。続けなさい」 「イヤです」 拒否するブレイザーに、彼がひどく怒られると察したタウラスが、気を取られて小石を落とした。慌てて小石を拾い、もう一度呪文を唱えて仕切り直そうとする。 レガードは大きく溜息をついた。 「…全く、お前達は。…まだアレク=シーンのことを気にしているのだろう?彼はお前達より小さい頃から、並々ならぬ修業を積んだからこそなのだぞ?」 その言葉に、一瞬顔を強ばらせる。 「…僕はこの術は5歳で修得しています…なのに何故、未だ同じことをさせるのですか?」 彼の言うことは尤もだ、とタウラスは思っていた。彼より5つ年下のタウラスですら、ブレイザーには及ばないがこの『小石』を使った術の訓練はすぐにできるようになった。それをその年まで延々とやらされているのだから、いい加減飽きてくるのも当然だ。天性の才能を持っている彼なら、他のことを教えてもあっという間に修得してしまう。それなのに、彼の父を初めとする先代はそれを許さないのだ。 「…力は傲りを生みかねない。やがてその傲りが過ちを生み、それがもたらすものは計り知れないものになる。我々の力は、そういった過ちを生むことは絶対にあってはならないものなのだよ。…心身を鍛え、常に正しきことにジュエル・フォースを使う…我々はその力を血の契約で得ているのだから、力を使う以上見合うだけのものを修得するのは当然のことであろう?それは成長してから補えるものではない。この世にその血を受け継いで誕生したのならば、その瞬間から一生をかけるものなのだよ」 「……」 そんなことは大人の事情だ…彼はそう言いたそうだった。 「失礼いたします」 レガートの背後から声がする。稽古場の入り口の影から、一礼して従者が近付く。 「レガート様、ラウリィ様率いる部隊が遠征から帰還したとレプレオンから伝達がありました」 「そうか。…ブレイザー、タウラス、今日の稽古はここまでだ。この後は城でグロンディル公から学問を学ぶように」 「……」 目も合わせずに黙っているブレイザーを見兼ねて、タウラスは慌てて声を大きくして返事をする。 レガートの姿が見えなくなると、ブレイザーはぽつりと呟いた。 「僕は…王なんかになりたくない…」 「え…?」 「僕が王になったら、きっと、何もかもが壊れちゃう…そんな気がする…」 「そんなことないよ。ブレイザーが王にならなかったら、誰がなれるの?いくらアレク=シーンだって、王にはなれないんだよ?」 タウラスは必死だった。小さい頃から次代クレアムス王となる彼の片腕として力になるようにと育てられていたタウラスだけに、その彼にそのような消極的な姿勢をとられては、自分が何の為に頑張っているのか分からなくなる。 「ブレイザーが王にならなかったら…ならなかったら…」 自分の存在の意味は何なのか…今まで苦しい修業をしてきたことも全て無駄になってしまうというのなら…全てわけがわからなくなる。タウラスは無性に泣きたくなってきた。今にも大粒の涙をこぼしそうな彼を見て、ブレイザーは自分が軽率な言葉を発したことに気付く。 「ごめん、ごめんね…もうそんなこと、二度と言わないから。約束する…」 「…うん」 タウラスは涙を拭った。 「ブレイザー、これ…」 上着のポケットから、小さな包みを差し出す。 「…お菓子?」 「稽古前にルヴィア様が来てくれたんだ。『稽古が終わって、おなかが空いたら食べなさい』って。『レガート様には内緒だから、包みはそれまで隠してるのよ』って言ってたから、ずっと言えなかったの」 そっと包みを開けると、僅かながらの量ではあるが、子供でも一口で食べられる焼き菓子が入っていた。甘い香りがさっきまでの苛立った自分の気持ちを和ませる。 「…でもこれ、タウラスが貰ったものだろう?…貰うわけにいかないよ」 「一緒に食べようよ、半分づつなら、いいでしょ?」 「じゃぁ、半分づつ」 二人は石段に座り込み、包みの焼き菓子を口に入れる。 まだ身体の小さいタウラスには、その焼き菓子1つでも口一杯な感じで、ルヴィアの差し入れに嬉しそうに頬張っている。 「…そうか。ハザウェイ様が帰ってきたから、ルヴィア様がこっちに来たんだな…」 「僕はルヴィア様、大好きだよ。こっちに来ると、いつもお菓子を内緒でくれるんだ。レガート様とかはどっちかと言うと厳しくて怒ると恐いけど、ルヴィア様は絶対怒らないもん」 「そりゃそうだよ、ルヴィア様は僕等の教育係じゃないし」 「…レガート様だってさ、ブレイザーに意地悪してる訳じゃないと思うよ」 「……」 ブレイザーは黙ったまま、焼き菓子を再び口に入れた。 ==================================================================================== 「これはルヴィア殿、エトルリアに来ていらしたのか。私としたことが出迎えもせず、気付かずにいて申し訳ない」 レプレオンの使いを待たせている大広間へ向かう途中、別方向から従者を従えて廊下を進む姿を見付けて足を止める。 「いいえ、お気遣いなく。ハザウェイがレプレオンに着く直前に手紙をよこしていたので、余計に居ても立ってもいられなくなって。今朝方出発して、無理矢理こちらに押し掛けてしまいました。こんなことエトルリア王に見つかったら、きっと叱られますわね」 どこかまだ少女のようなあどけなさを垣間見せるルヴィアに、レガートは目を細める。…事実、彼女の年齢はハザウェイという息子がいながら相当若く…早くに両親を戦乱で亡くし、既にミレトス衆としてクリスタルを継承してはいたものの、幼少の頃から身体が弱く、とても武人としての訓練を受けられる状態ではなかったこともあり、時世の大臣や神官らが『ならば早々に後継者を』、と彼女の意志とは関係なく政略結婚を強いたのが若さの理由であった。 本来時世のエトルリア王・カシェルへの謁見に訪れるのであれば、大抵の諸侯の者は正装で訪れるのだが、彼女の言葉とその容姿を見る限り、なりふり構わず慌てて来た様子である。もっとも、由緒正しき家系の出身者…それだけではなく、『ミレトス衆』としてクリスタルを継承した経歴のある彼女が正装に着替えずに現れたところで、品位を極度に落とすようなことはないのだが。 「此度の一件、ハザウェイ殿の活躍により最小限の被害と犠牲者で紛争を鎮圧させることができた様子。…良いお世継ぎに育てられましたな」 「…レガート様にそうおっしゃられると、安心します。もうすぐあの子も父の年を追い越します…早いものです。あの子がエトルリア軍に正式に加わるようになってから5年もの間、あまり会う機会がないものですから、余計に心配で。手本と成るべき父を早くに亡くしている故、皆様の足手まといにならぬ様、わたくしなりに厳しく育てたつもりなのですが…」 「彼はあなたの英知と、ロウバーン公の文武を受け継いで立派に成長された。若くして志し半ばで亡くなられたロウバーン公も、さぞかし鼻が高く喜んでおることでしょう」 彼女は若干8歳で、西方でフランドルに継ぐ強大な勢力を誇っていたジェラベルンの皇子で、元服したばかりのロウバーンと婚姻させられた。ジェラベルンは時世から数代前にミレトス衆を輩出した家系ではあったが、その後は列国の一つに過ぎず、フランドル程の国家権限はなく、勢力はあっても傘下に加わっているだけという甘んじている部分があった。それだけに彼女を招くことはジェラベルン再建に繋がる、ということで、この政略結婚は本人達の意志とは関係なく成立した。 幼すぎる妻を迎え入れたロウバーンは、彼女を取り巻く状況が自分の力ではどうにもならなかったことを同情し、彼女を心からいたわった。結婚から数年後、彼女は待望の世継ぎを出産したが、時同じくしてロウバーンが戦死するという悲劇が待っていた。 「…あ、レガート様、お久しぶりです」 大広間に入ると、甲冑を身につけた若者が歩み寄ってくる。 「久しいな、アディリス。どうたった、先日の従兄弟の婚儀は?」 「それがもう、気が早いったらなんのって…。もう生まれる子供の名前は決めているそうで、男だったらクアド、女だったらクリスティと名付けるのだとか。仲が良いのは良いことですが、少々当てつけられました」 「まぁ、もう名前を?…幸せそうで良いことですわね」 ルヴィアの声に彼は我に返る。 「レガート様、こちらのご婦人は…?」 「ああ、…そうか、アディリスは初めてだったかな?こちらはジェラベルン王妃のルヴィア妃だ。…ルヴィア殿、この若者はアディリス=フォーゲル…あの『焔のフォーゲル』の後継ぎだ」 「初めまして。…貴方もミレトス衆なのね」 澄んだ蒼い瞳が、アディリスを優しく見つめる。彼は少し赤面し、慌てて視線を逸らした。 「そ…そうでした、レガート様。ラウリィ様の遠征部隊が、レプレオンに着いたとか。私もこれから向かおうと思っていたんです。…ラウリィ様の操る槍は時世ミレトスの武力の要、私も早くラウリィ様のようにエトルリアの力になれるようになりたくて…少しでも今回の遠征の話が聞けたらと思ってたんです」 「まぁ、それではフォーゲル殿、レプレオンまでご一緒しませんこと?」 「えっ…」 ルヴィアの言葉に、アディリスは言葉を詰まらす。 「レガート様、どうかエトルリア王には上手くお伝えくださいませ。フォーゲル殿がご一緒とあれば、わたくしへのお咎めも無くなりましょう?」 「…ルヴィア殿」 レガートは困った顔をした。 「では参りましょう、フォーゲル殿」 「え?…あ、はいっ…」 アディリスは少し渋い顔のレガートと意気揚々と大広間を出ていくルヴィアを交互に目で追う。 「すみません、レガート様…!私が責任持って王妃様を護衛しますので…!」 アディリスは慌ててルヴィアの後を追った。 ==================================================================================== 「さぁ、こちらへどうぞ」 ジェラベルンの紋章が入った王族専用の馬車へ手招きされ、アディリスは躊躇していた。 「あら、何も気になさることないのよ。わたくしが強引にあなたを巻き添えにしてしまったんだもの、この位のことは当然でしょう?」 「は、はぁ…」 向かい合った状態で席に座る…こんなに間近で、しかもジェラベルン王妃と同席しているなんて、なんて自分は大それたことを…アディリスは俯いたまま黙っていた。 ゆっくりと馬車が走り出す。もうレプレオンに着くまではずっとこの状態でいなければならないのか…彼女が言い出したこととはいえ、後でレガートにきつく絞られるだろうな…と落ち込んでいた時である。 「…ぷっ、…ふふふふ」 突然彼女が吹き出すように笑い出した。 「あのレガート様の顔ったら…。つい、またやってしまいましたわ…」 「え?」 「ごめんなさい、わたくし、本当にあなたを巻き添えにするつもりはなかったんですけど、丁度あなたがあんなことを言い出してくださるものだから、ここぞとばかりに口走ってしまって…」 「はぁ…」 目の前の彼女は王妃というよりは、自分が仕掛けた悪戯に喜ぶ少女のようだった。確かに、『王妃』のわりには随分若い感じがする。 「あの…王妃様は何故お一人でエトルリアへ?」 「わたくしもレプレオンに行きたくなったんですけど、勝手に行ってはエトルリア王がお許しにならないだろうと思って、一度許しを請うために来たのですが…いすれにしても止められるのが関の山だったので、強行手段に出てしまいました」 「…強行手段、ですか…?」 「ええ、夫であるロウバーンが亡くなってからというものの、何かと周囲の許可を得ないと何もできない状況なので…だからたまに、こうしてレガート様を困らせることで好き勝手することを思いついたんです。今回は国交用の馬車まで勝手に使いましたが…これってやっぱり国権乱用ですわね」 彼女はおどけた顔をしてみせる。 「…お気持ちお察しします。自分で何もやらせてもらえないなんて、それじゃぁまるで『籠の中の鳥』じゃないですか」 「…仕方ないのよ、わたくしはもともと、何もできなかったから…」 「王妃様…」 どこか寂しげな瞳…今の立場が彼女自身が望んだものではないというその心中が伝わってくる。 「『王妃』なんて、そんな堅苦しい呼び方しなくてもいいのよ。ここは宮殿でも誰が見ているわけでもないんだし…ルヴィアでいいわ。…ところでアディリス、見るところ貴方はまだ、エトルリアの騎士称号を受けていないようね?」 「あ、はい…。次の遠征の任命式の前に、ラウリィ様の推薦を頂けることにはなってるのですが、正式にはまだ…」 「ではレガート様からも推薦を頂きましょうか」 「そっ、そんな大それたこと…!いくらなんでも…!」 「あら、わたくしの護衛をしてくださる程の方に、称号を与えてくださらないなんて、それこそおかしい話ですわ」 ルヴィアは微笑む。 (まいったな…) アディリスは頭を掻きながら馬車の外を眺めた。彼女とこうして話をしてると、彼女が王妃だということをついつい忘れてしまうそうで…あまりにも自然で、あまりにも無邪気で…身分の差や年の差など感じさせない彼女に、彼はただ動揺していた。 「…そうそう、これ、残り物で申し訳ないのですけど…若きフランドルの王子にと、わたくしが焼いたお菓子なんですが、食べます?」 「焼いた…のですか?ルヴィア様が…?」 「ええ。…口に合いますかしら?」 おそるおそる手を伸ばし、バスケットに入った焼き菓子を口へ入れる。 「…美味いです。甘くて、とても良い香りがします…」 「そうですか?…あぁ、良かったぁ…。…いつも王子に感想を聞かないで渡してしまうものだから、ちょっと心配だったんです」 誉めてもらえたのが嬉しかったのか、彼女は照れくさそうな顔をした。 (あ……、) 急に鼓動が早くなる…止まらない。屈託無く微笑む彼女と視線が合う度に、鼓動がどんどん早くなる…。 「あ、アディリス見て!…レプレオンが見えてきましたわ」 我に返ったアディリスは、慌てて馬車から身を乗り出した。 「止めてください、ここで止めてください!」 彼の声に馬車の動きが止まる。 「どうしましたの?」 「あの、私はここから一人でレプレオンに行きます。馬車では通れませんが、近道を知ってるんです。先に行って、馬を連れてきますから…!」 「…あ、アディリス…!」 彼女が呼び止める間もなく、彼は馬車から降りてレプレオン砦へ走って行く。 (…いけない、いけないんだ、こんなこと…!) この鼓動を彼女に気付かれてはいけない…アディリスは振り切るように振り返らず走り続けた。 |