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若い訪問者からのメール --1/28(月)09:15
このサイトへの訪問者から08年1月、管理人宛に次の2通のメールが届きました。

「こんにちは。
現在パソコンのメールアドレスを所有していないため失礼ながら携帯電話よりメールを送らせていただきます。
私はY.H.と申します。貴HPを拝見して、ダルフール問題やリビアに拘束されたブルガリア人看護婦の問題、日本の安全保障に関する意見を読みまして渡辺さんの考えを実際の政策に活用していけば、日本の社民主義にも可能性があるのではないかと思いました。渡辺さんは現在は政策決定過程には関わっておられないのでしょうか? Y.H.」

「個人的な話しになってしまうのですが私が貴HPに興味を持ったきっかけを話させていただければと思います。私は地方の国立大学に通っていたのですが、...を患い大学を中退してしまいました。幸い病気のほうは完治したのですが、地方では思うように就職も見つからず、大学の頃に独学で勉強した英語を活かしたいと思い血縁者を頼って東京に出てきました。しかし、残念ながら事務系においては未経験者が正社員の職につくのは容易ではなく、東京での就職をあきらめて実家に帰ろうかと思っています。地方は職がないわけではなく、福祉・介護分野においては人手が不足しておりますので、そのような分野なら職を見つけることも可能なのです。ただし、介護分野においてはなかなか将来への展望(結婚し家庭を持つこと)を描けないのが現状です。私のように一度つまいずいてしまった人間は普通の家庭を築くことさえできないというのではあまりにさびしい世の中ではないでしょうか。もちろん、つまずいた責任は私にあるのですから他人や社会を責めることはできませんが。
話が錯綜するようですが、私は以前から政治に興味を持ち、体系的に勉強したことはないのですが、政治に関する本を読んできました。そのなかでふと思ったことはなぜヨーロッパでは現在も左派が元気なのに、日本の左派陣営は壊滅的な状態に陥ってしまったのだろうということです。今のような時代状況の中で左派が勢力を伸ばせないのはなぜだろうと疑問を感じておりました。民主党には左派的な人がいますが、党としては新自由主義的な側面もあると思います。そんなとき渡辺さまのHPを拝見して地に足がついた議論を展開しておられて非常にうれしく感じました。これからも弱者に対して目配りをした社会民主主義に基づいた意見を発表され続けることを願っております。
とりとめもなく個人的なことを長く話がましたことをお許し下さい。Y.H.」

 このサイトへの協賛を掲載するようで恐縮ですが、ここの管理人が投稿者と直接会い、まじめな青年(20才央代、TOEIC 950点以上とよく勉強した。)で、メール内容に虚偽がないと判断しましたので、若い人々が置かれた状況、彼らの思いと努力を広く知ってもらう一助にと考え、差出人の了解を得て、上の2通(同一人の)を紹介しました。



日本のアニメの人気 --7/12(火)13:02
最近欧米とくに米で日本のアニメが人気を博していると聞く。それも子供だけではなく、大人、コンピュータ技術者、大学院生など知的水準の高い人たちが熱心なファンになっている。
 世界や国々でのアニメcompetition convention は盛況である。そこでは日本のアニメが上位に選ばれている。技術的にも「芸術的」にも高い評価をえている。
 どうして日本のアニメに人気があるのかと、友人に聞くと、「日本のアニメは事実を描いているからです。生活するところでも囲炉裏があって、・・・」と答えた。
 この答えに同感できた。米の小説(映画も含む)(の多く)は、恋愛、金、権力、暴力、科学技術などを適当に組み立てたfiction、すなわち現実から遊離した人工的構築物として明確に観取される。アイデアや工夫を持ち込むため、砂上楼閣、結局荒唐無稽の感をもつ。このような現実とは乖離し、無関係の「組み立て」を見て楽しむのもよいであろう。
 これに対して日本の小説は自然主義、写実主義が極端に矮小化された私小説となり、作者の日記のようになったことがあった。それで私は日本の小説を読まなくなった。
 日米の両極端を見ると納得できることがある。アニメでも、小説でも、映画でも、人が感動する(よかったと思う)のは、荒唐無稽でも、お座なりでもなく、現実の新しい、希望の持てる見方、現実の発見、現実のこれまでの見方の批判、回帰など、現実とのある関わり方なのだ。



単純な暴力否定ですむのだろうか --7/12(火)12:12
 中学生の自分の子供がクラスメートを突きとばし(あるいは押して)、突かれた子供の頭がガラス窓にぶつかり、ガラスが割れた。
 突いた子供の母親(日本人と結婚したオーストラリア人)は次のように不満を述べた。
 「確かに突いたのは悪い。しかし、学校(教頭など)は、突いたということしか取上げない。オーストラリアでは何故突いたのかが聞かれ、取上げられる。ふざけてそうしたのか、嫌がらせや虐めに怒ってそうしたか等をよく聞いてから判断する。」
 私は、「日本では何が何でも暴力はいけないという基準がある。それさえしなければ良いのだから、シンプルに生活できます。」と答えた。彼女はそれで一応納得していた。
 私の答えは嘘ではない。しかし、このシンプルな暴力否定(思考)は虐めや不登校、非行、無気力など深刻な問題に無力なのではないか。
 ここで暴力に対して情状酌量せよとか、やむを得ない暴力があることなどを強調するつもりはない。しかし、単純な物理的暴力否定基準からは、言葉や態度による陰湿な仲間はずし、軽蔑、虐めがはずれ、黙過されることになる。すると、「仲間はずし」はやめましょうという別の徳目が追加され、それが強制される。しかし、この徳目の押し付けは難しい。行為の判定さえ困難である。ここで問題は曖昧に放置される。
 大切なのは徳目の羅列でなく、その根底に遡ることである。暴力否定の根拠は、相手の生存、健康、尊厳、自由の尊重にある。だから、言葉や態度による嫌がらせも暴力と同じ根拠で否定されなければならない。
 さらに、こうした相手(他人)(の生存、健康、尊厳、自由)の尊重は何に根拠をもつのだろうか?より考えぬかれ、実践されてきたものとして宗教と哲学(全てのではない)がある。今日本で問われることが少ないのではないだろうか。







養育費の取立て --7/4(月)09:17
夫婦が離婚した場合、女性が子供を引き取り、男性が養育費を払うケースが多い。養育費は家庭裁判所の審決や民事での判決によって義務付けられる。しかし、その後払わないケースが多くある。もちろん訴えれば強制的に取り立てることができるが、泣き寝入りが多く、訴えても支払い能力がなければ、実効性が疑わしい。
 このような日本に対して、オーストラリアでは給料から天引きする制度になっていると、オーストラリアの主婦が教えてくれた。私は、すばらしいと、いたく感心した。しかし、彼女は、男はそのとたん退職するのですと言った。退職手当からは天引きされないようだ(退職手当は養育費を払う額に足りないということか)。私が「intentionally に退職するのですか?」と聞くと、彼女ははっきり「Yes, intentionally.」と答えた。退職より天引きの方を嫌うようだと説明していた。
 義務を果たさない無責任を容認または放置しておいて良いわけがない。しかし、とことん厳しくすれば事態が改善するとは限らず、好ましくない結果が加わることをこの問題が示している。さらに「男」は勝手で無責任なものだと一般化すれば、もっと悪い結果をまねく。モーツアルト、アインシュタイン、ピカソは(男であるが)すばらしい。


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