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No.3296 11月23日、紅葉祭り 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/23(Mon) 16:11:23 [返信]  
今日は若山神社恒例の紅葉祭りでした。
作業所上げての取組みにすると、明日を代休にしなければなりませんから、店長と応援団だけで焼き芋屋を開店。
私はモンを連れて覗きに行くだけ!
行ってしばらくすると、居眠り君が大地を連れ、腹をゆすってやってきました。
あの山の階段を登るだけでも彼には価値のあることです。

しばらくおりましたが、モンがひっきりなしに焼芋をほしがるのでお昼前に帰ってきました。
49.8kgあった体重を、やっと41kg台まで落としたのに、食えば太るのはわかっていますので。

帰ってから作業所だより258号をアップしました。
紅葉祭りはサボって店長達には申し訳なかったけど、家で仕事をしていたのだから許されるでしょう。


No.3301 Re: 11月23日、紅葉祭り アルファー - 2009/11/24(Tue) 08:32:46
焼き芋は冷やかしただけで
すみませんでした。

久しぶりの若山神社、
昼まっから御神酒を頂戴し、
紅葉の写真をたくさん撮らせていただきました。




No.3293 昨日と今日の私 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/22(Sun) 16:56:07 [返信]  
元大阪府人権協会にいたTさんご夫妻が遊びに来られ、昨夜は遅くまでおしゃべりしました。
彼は今、障がい者の雇用促進のために支援学校(養護学校)の高等部の生徒を雇用する意思のある企業とマッチさせるという仕事をされています。
(府教委の外郭団体に所属されているようです)
作業所だよりの最新号(明日アップ予定)を見せたら、うなっておられました。

両方の家族でスーパーで買い物をし、食べたいものを放り込んで食べる鍋料理をつついたのですが、彼は「鯛アラを食べたい」というので鍋に入れるわけにもいかず、私がアラ炊きにしました。
えらい喜んで食べてくれましてねえ、作業所で鰤大根などを作るけど美味しいかどうか彼らの評価がもう一つわからないのです。
しかし、Tさんが太鼓判を押してくれたので、どうやら人並みの味になっているようだと自信がもてました。

一泊してもらって、作業所のジャムがほしいとおっしゃるから作業所に行き、居眠り君の畑に犬の餌を届けに行ったら農業際をやっているというので、そこを覗いて駅まで送ってお別れしました。

今日はこれから1992〜3年に教えたヤンチャ坊主だった人たちが「先生飲もうよ」と誘ってくれているので出かけてきます。
しかしねえ、17年も前のこと・・・忘れていることが多いから、卒業アルバムや当時発行していた学級新聞を引っ張り出して予習する必要がありました。
朝刊・昼刊・夕刊などと一日に3枚、4枚と発行した学級新聞が今になって役に立っています。

明日は若山神社の紅葉祭り・・・モンを連れて覗きに行きます。
三連休、結構忙しく過ごしております。


No.3294 恩師が生存しているありがたさ 半解居士 - 2009/11/22(Sun) 22:08:09 HomePage
タイトルにも書きましたが、終生忘れられないのは、机を共にした同級生。

それ以上に青春時代の一時期を、情熱を持って見守ってくれ、導いてくれた恩師です。

ボクの場合、小学校(3・4・5・6年)から良い先生に恵まれましたが、3年次に担任になった先生は、交通事故で亡くなりました。4年の時から女の先生で、5・6年の時の担任の先生は、任地が福岡市と離れてしまい、同窓会の組織も無い小学校でしたので、今はもう音信不通になってしまいました。

中学校時代の先生は、それぞれ学年毎に担任が変わり、最終学年の3年の時の担任も、今はもうこの世に居ません。

そして肝心の高校時代の先生、1年の時の先生は余りなじみが薄かったと言うか、もうかなりの年配でしたので、ボク等の中では先生と言う意識が薄くて、今は同窓生が集まっても話題にも上らない?一寸寂しい先生ですよね。

2年次に持ち上がりになる予定でしたが、ある事情のために担任を離れ、他のクラスに行ってしまいました。代わりに来たのが、今まで定時制を教えていた先生で、比較的若い先生でした。この先生とは学級中で良い意味ウマが会い、卒業後も交流があって、同窓会にもよく会いに行きました。

惜しくも癌で亡くなりましたが・・・

そういうわけで、現在親しくしてくださる恩師も居ません。
同窓会が、毎年行われるような大きな組織なのですが、退職されてもゲストとして招待される先生もおいでで、そんな先生を見ておると、矢張り一抹の寂しさを感じますね。

ボクも編み物の先生みたいな事を経験しているので、教育者の何たるかを少しは知っているつもりですが、親しく声をかけてくれる教え子は、矢張り宝ですよね。


No.3295 Re: 昨日と今日の私 magarinin - 2009/11/23(Mon) 16:04:33
昨夜は28歳になる3人の男達と飲みました。
彼らを受け持っているとき、「私は65歳までに死ぬかもしれんぞ」と言っていたことを彼らは覚えていました。
70才になったことを告げると、逆算して「なるほど、それぐらいになったはるわなあ」なんて・・・

私が彼らに取って「良い先生」だったか考えると、全ての子どもにそのように評価されているかどうか自信は全くありません。
でも、ドラマのあるクラスで、私自身が楽しかった。

昨夜会いたいと言いだした人は、当時すごい肥満で「このまま行けば長生きできないよ」などと保健の先生に言われていました。
で、5年生の2学期と3学期、和歌山県に近い貝塚の養護学校肥満児学級(全寮制)に転校して、厳しい管理の下に身をおきました。
食べるものを制限して夜までクラブ活動で身体を動かし、見事に肥満を克服して帰ってきました。
土日に帰宅するたびに日記帳が私に届き、それを学級新聞に掲載して彼を孤立させないように心がけました。
3月20日、細くなって帰ってきた彼をクラス全員が一斉にクラッカーを鳴らして歓迎と祝福の気持ちを表しました。
そんなドラマ性のあるクラスだったから、昨夜も話が弾みました。
気分よく飲んでいたら・・・家に着いたら足元がふらついておりました。

「良い先生」だったかどうかは子どもの心にあるのでしょうね。


No.3297 矢張り慕われる先生は・・・ 半解居士 - 2009/11/23(Mon) 20:51:37 HomePage
magarininさん
とても良い話を窺い、ボクの場合の先生達と比べる事は、一寸不謹慎かもしれませんけど、羨ましいなあと思いました。

小学校1年の時の担任は、現在でも健在ですが、年賀状のやり取りくらいで、久しく会いません。ですが近場(隣村位の距離)ですので、いつでも会えるという安心感もあるのですけどね・・・。

この先生はボクがまだ健聴者(普通の健常者)だった頃、黒板に書いた字等をを示す為に、近くの笹薮から1本折り取ってきて、先生に渡した事があります。先生はとても喜んで、ボクを皆の前に立たせて、褒めてくれたんですね。

若い美しい先生でしたので、皆に慕われ(言うならば、24の瞳のあの先生みたいな感じでした)4〜5人の子が自分も褒めてもらおうと、同じ様な事をしました。

当時は自然を学習すると言う概念は持たなかったと思うのですが、先生は悲しい顔をされ、後から笹竹を持って来た者達とボクを皆の前で立たせ、「笹を取って、こんな風にムチ(?)を作ってくれるのは,先生、嬉しいけど、皆が皆真似して取ってしまったらどうするの、学校の周りに生えているのには訳があります。

雨が降ったら、土が流れて崖が崩れてしまいます。
良い事をした人は偉いけど、なぜ後先の事を考えないのですか」と言うような事を懇々と諭してくれました。

病気が癒えて、田川市に転居し、学校も復学時に2学年を重複履修しましたが、3年次に担任になってくれた先生は男の先生で、耳の悪いボクでも分け隔て無く健聴者と一緒に扱ってくれました。その時にはもう当時珍しかったコンパクトな真空管式でしたが、補聴器も出回っていましたので、それをつけて学習していました。

その男先生が、クラスの皆に「半解は(当時はまだ本名でしたけど^m^)これが耳やから、悪戯したらダメだぞ」と言ってくれた事で、クラスの皆も当たり前に接してくれたのですね。

中学校ではクラスの中でも上位5位(学年50位以内)に入る成績でしたが、担任になってくださった先生は、どなたも思い出深い先生で、今でも会えば懐かしく話してくださいます。(亡くなった3年の時の先生は、心豊かなお母さん=お袋より少し年上だったのですけどね)

高校時代の先生は、又稿を改めて・・・^m^)/


No.3298 Re: 昨日と今日の私 magarinin - 2009/11/23(Mon) 21:33:33
やはり良い先生かどうかは子どもが決めるということ。
親がいくら誉めたって、子どもの心に残る事ができるかどうかですね。
半解さんの1年生の出来事は低学年の子にありがちな面白い話ですよ。

なんと言っても、一日の3分の1近くを一緒に過ごす学校の仲間や先生というのは大きな存在ですよね。
私もなるだけ元気で長生きしなくてはと、半解さんの文章に刺激されました。


No.3299 昨日はありがとうございました 阿吽 - 2009/11/24(Tue) 00:36:06
昨日は夜遅くまで付き合っていただき、ありがとうございました。

夜な夜なパンツを洗っていたことをやんちゃ坊主に暴露された者です ^ ^。

僕たち3人、それぞれ17年間でいろいろな経験をし、今では立派なおっさんになってしまいました。

一方、先生は相変わらずお元気で、闘牛という趣味まで開眼したことを知り、安心を通り越して「すごい!」と思わず唸ってしまいました。

小学校の先生というのは、中学・高校と違って丸一日一緒にいるわけですから、子供に与える影響力は大きいと思います。

そして当時、先生が全力で僕たち生徒にぶつかってきてくれたことに、本当に感謝しています。

こんな感謝の言葉も含めて、たくさん話したいことがあったのに、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

また当時お世話になった他の先生方もご健在ということを知り、定年退職される前に自分の子供を受け持ってもらいたいなぁなんて、ちょっとした夢もいただきました。

そして余韻に浸りながらHPを拝見すると、まるで当時の学級新聞そのまんまの雰囲気に懐かしさと嬉しさが・・・。

HPを通じて先生の元気な姿を確かめられるとは、良い時代になったものですね。
これからまたこのHPを通じて勉強させてもらいます。

ちなみに家に帰った後、姉に「今日先生と飲んできてん」と言うと、「やっぱり下駄はいてきたん??」と返されました。

20年の時を経ても色あせない先生の姿、素敵ですね。

それでは、「さよか」と書かれないことを祈りつつ、失礼させていただきます。

これからもお体に気をつけて、下駄ではなく帽子をトレードマークにバリバリご活躍ください!


No.3300 Re: 昨日と今日の私 magarinin - 2009/11/24(Tue) 07:43:33
阿吽さん、ようこそのお越し・・・ありがとうございました。
君たちに向けて発行していた学級新聞名をハンドルネームにしてしまう鮮やかなお手並み、感服してしましたよ。
名刺を渡すことを忘れるぐらい楽しいひと時でした。
そしてわざわざ「島本障害者」で検索して来てくださったのですね、感謝します。

そう、あの頃は全力投球でした。
その理由は簡単です。
私よりも後輩がどんどん出世していくのに、私はその道から外れてしまい、若い先生たちと教室に立つことへの緊張感でした。
後ろ指を刺されるようなみっともない教育実践はできないでしょう。
君たちに毎日日記を書かせて必ず赤ペンで私もコメントを書き、面白いのがあるとコピーして帰って翌朝の学級新聞に掲載し、話し合いをする・・・学級集団作り・仲間作りに集中していました。
で、面白くもなんともない日記には、大量の日記を読破しなければならないから「さよか」の一言ですませてしまったのでした。
君たちの間では「さよか日記」と呼ばれ、なんとか嘲笑の元である「さよか」を避けたいものと努力してくれました。
やはりその努力は実を結んでいるのじゃないですか?
阿吽さんのこの文章は、軽いタッチで楽しく読めますもの。

当時は通勤でも、どこに行くのも気候の良い間は下駄履きでした。
サザエサンを読み返せば分かりますが、昭和30年頃までは下駄が普通の履物だったし、私は下駄の爽快感が今でも好きです。
ただし、初めのうち作業所にも下駄履きで行ったのですが、床が滑り易くてね、危険だから今は靴を履いています。
卒業記念アルバムにも下駄履きで写っていますから、私も相当こだわっていたものですねえ。

はい、「帽子」じゃなく「禿隠し」かぶって元気にやっていきたいと思っています。
できるだけ長く元気でいて、君たちのこれからを見て確かめる幸せを味わいたいものです。
来年夏、新しい人生のスタートですね・・・私も楽しみです。


No.3292 11月20日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/20(Fri) 20:31:40 [返信]  
今日は野菜の配達日でしたが、私はラインから外れて未完のプリント類を、午後3時ごろまでかかって作っておりました。
作業所だより1面の「主張」に苦労しました。
先日の職場体験学習にやってきた中学生達のこと、彼らの学校現場での位置づけと国連の「障害者権利条約」との間の距離についてどうしても障がい者の作業所として言いたい事があったからです。
感情的に受け止められることは避けたいけど、私たちの立場ははっきりさせたいということで、なんとか店長も「これでいきましょうか」というところまでこぎつけました。
日曜日ぐらいにアップロードする予定です。

金曜日の野菜の配達は、6名いる障がい者従業員を組み合わせて3人ずつ連れて出るのですが、店長が最近やっと効率的な組み合わせを見つけたようです。
午前中店長がまだ元気な間は、仕切りたがり屋のグループでモタモタしながら配達に回り、昼から疲れてくるときは、世間では重度と見られているけど与えられた任務をすいすい遂行出来る障がい者の組み合わせで回るようです。
そう、より軽いと見られる人たちのほうが、世間体があったり見栄を張ったり打算があったりして、それがお互い張り合うから大変なんですわ。

今日のエピソード;

口が重たいと表現される居眠り君、改まった口調で
「あの〜ちょっと店長にお聞きしたいのですけど・・・」
「なんや?」「・・・・・・・・・・・・・・」
店長、「グ〜グ〜グ〜」(いびきの真似で狸寝入り)

私が重ねて改まった調子で
「あの〜ちょっと居眠り君にお聞きしたいのですけど・・・」
「はぁ?」「・・・・(お茶をゆっくりすすってから)あの〜・・・・・」「はぁ?」「・・・・(今度はテーブルの筆記用具を片付けました。そして)え〜っと・・・・」

居眠り君が笑い出しながら言いました。
「そーか、ボクのしゃべるのはそんなふうに見えているのか、今やっとわかりましたわ!」まだゲラゲラ笑っています。
「今頃分かったんかい、お前と話しているとほんまに寝てしまいそうになるんや」と、店長。
そして「またこの話が掲示板に書かれるなあ、お前の話ばっかりやぞ!」・・・私は掲示板に書くときに忘れたらアカンからメモしておきました。


No.3291 11月19日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/19(Thu) 20:01:05 [返信]  
今日は私が皆さんから300円徴収して昼食を提供する日です。
9時からの歯医者を済ませるなり、昼飯作りに励みました。
月曜日の調理実習では、作りやすい親父料理の見本のようなものばかり、例えば丼物とかカレーライス、スパゲティーです。
しかし、この日はそういうわけにはいきません。
でも、作れるのは知れていますからメニューは「鰤大根・ほうれん草のおひたし・カブラと豆腐と油揚げの味噌汁」にしました。
食べながら居眠り君が「この味噌汁の作り方教えてくださいよ」と言いました。
家で食べるのと違うらしい・・・皆さんお代わりしておりました。
次の彼の調理実習で教えますが、実は簡単なんです。
昆布と鰹できちんと出汁をとれば美味しくなるんですから。
その他、K君は「この鰤、今度お母さんに作ってもらおう」と言ってました。
彼は、大根が気に入ったようで最後にたべていたので、味が分かるようです。
9時半から11時半まで2時間かかりましたが、評判はよかったです。
私も最後に鰤大根の出汁を残ったご飯にかけて食ったら、美味しいと思いました。

昼からはひたすら作業所だよりと注文票など、来週の火曜日に配布するプリント作りに専念。
他の皆さんは野菜の収穫等いつもの取組みでした。

私の仕事は明日に残りました。
夕方、来週の木曜日に中学生一年生相手に私が授業し、来月の2日には彼らの一部がうちに実習に来ますので、その打ち合わせに中学校の先生が来られました。
先週来ていた2年生から聞いたいろいろな話が、実際には学校現場でどうなっているのかという点で、相当突っ込んだ話し合いをしました。
帰るころには真っ暗になってしまいました。


No.3290 11月17日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/17(Tue) 15:52:54 [返信]  
今日は一日雨でした。
朝から飯田さん、息子を送ってこられてそのまましばらくおしゃべり・・・開口一番「よう降りまんなあ!」
「よう降るいうて、こないだまで雨がほしい雨がほしい言うたはったん誰でしたかいな」と突っ込んでも、「困ってまんのや。」との話。
要するにタマネギやイチゴの苗の植え付けをしなければならないのに、これだけ降ると乾くまで手がつけられないとのこと。
「だからある程度計画的に仕事が進むようにビニルハウスをほしくなるんでしょうね」
ビニルハウスも大きさによるのでしょうが、飯田さんの作業小屋の横に建てて4000万円だとか。
庭付きの家一軒建つ値段です。
そこから補助金の話になり、小規模の飯田さんのような農家は、例えば肥料の補助金をもらうため、ややこしい書類を書いて出しても3,000円の補助金だそうです。
「これが4ヘクタールともなれば万単位・十万単位の補助金になるやろけど、うちなんか手間賃にもならんわ」
国の農政が大規模農家の方ばかり向いているとおっしゃってました。

それから配達野菜の準備をしました。
野菜の会員さんむけのベーグルパンも一緒に配達するのだけど、雨で作業所まで届けるのが難しかろうと取りに行ったりバタバタしていました。
山ほどのほうれん草の掃除を、店長と私とHさんの3人でやっていると、他の従業員は見てるだけ。
「何もしてない人の中に、ほうれん草の掃除ぐらい出来る人がいるんやけどなあ」と大きな声で言うと、居眠り君が参加してくれました。
「もう1人、この間Hさんと居眠り君に教わってできるようになった人がいるんやけど」とK君に向かって言うけど、参加せず、体をゆすって見てるだけ。
結局彼は最後まで見てるだけに終わりました。
彼の中では「好きな仕事と嫌いな仕事」がはっきりあるようです。
デスクワークなど、1人でやる“きれいな仕事”は人を押しのけてでもやるくせに・・・まだ、彼の頭の中では作業所に遊びに来ているようです。

さて、野菜の準備が終り配達先に仕分けする段になってタク君が配達袋の用意をしてないことがばれました。
昨日、京都へ配達する野菜袋をそろえるのだとゴソゴソしていたからできているものだと思っていたのに。
店長から一喝された後、ブスッとしながら野菜便りの折りの仕事をして顔すら上げません。
なぜできなかったのかたずねても、怖い顔をしているだけで答えもしません。
「お前なあ、居眠り君そっくりになってきたなあ。腹もポコンと出てきたし、袋の準備も間に合わないし、聞いても怖い顔して答えようとしない。そっくりや」
イヤミたっぷりにからかっていたら・・・ここが居眠り君と違うところ、泣き出してしまいました!(笑)

学校回りの配達に出て3分の2ほど配達を終えたところでHさん、「野菜便り入れたやろか・・・」
「出るとき野菜便りの枚数を数えてたやないか?」
「いや、わたしあのまま忘れてきたわ」
野菜便りには来週のパンの注文票も印刷してあります。
ウンザリしながら作業所に戻り、同じコースをもう一度走らされました。
今日のみんなはどうかしていました。

昼から、娘から電話で「学校の懇談会に行かなアカンし早く野菜持ってきて」というから、1時半に飛び出して帰ってきました。
明日は週半ばの休みを久しぶりに取りますので、1日半の休みになりました。


No.3288 しほちゃんは天国に召されました。 投稿者:作城 妙子 投稿日:2009/11/17(Tue) 00:53:09 [返信]   HomePage
*しほの命を守る会からのお知らせです。

ご協力頂いた全ての皆様へ
先程、東京の病院より連絡がありました。

13時50分 内山詩穂ちゃんが息を引き取りました。

皆様から頂いた暖かいお気持ちに、心より感謝申し上げます。

今後の活動報告、及び会計報告については、準備が整い次第こちらのブログにて報告いたします。
準備にお時間をいただけますよう、お願い申し上げます。

*募金活動にご協力頂いておりました皆様へ
詩穂の永眠をもって、当会の募金活動は終了させて頂きます。

各地で募金活動を行って頂いていた皆様につきましても、募金活動をご終了頂けます様お願いいたします。

既に集まった募金をお預かりいただいております皆様につきましては、当会口座までご送金頂けます様お願いいたします。

入金手数料不要の振り替え用紙がございますので、ご希望の方は当会までご連絡ください。

また、まだ詩穂の訃報をご存知なく、活動を続けられておられる方を見かけられた方は、事務局までご連絡頂けます様お願い申し上げます。


★これまで、私の呼び掛けで募金ご協力頂きました皆様、有難うございました。合掌


No.3289 Re: しほちゃんは天国に召されました。 magarinin - 2009/11/17(Tue) 06:46:06
残念な結果に終ったのですね。
皆さんの情熱的で即座に行動を起こす積極性に、あっ気にとられつつ見るだけの私でした。
ご遺族の方々も、思いがけぬ広がりに驚きつつ人の世のつながりの熱さと厚さに感動され、しほちゃんの短かった人生の大きな遺産としてこれからも大切にされるだろうと思います。
作城さんも本当にお疲れ様、ありがとうございました。
私もしほちゃんのご冥福を心からお祈り申し上げます。


No.3287 11月16日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/16(Mon) 18:43:24 [返信]  
今日はR君の調理実習でした。
何を作りたいか伝わらない彼ですから、いつもは彼の手にゆだねることが多いものを選んでいましたが、今日は私のペースで彼を巻き込むことにしました。
メニューは、鶏の唐揚げ(レタス添え)、春菊の胡麻和え、紙パックに入ったコーンクリームスープ。
以前の弁当で作った唐揚げ粉の賞味期限切れ間際のがあったのと、以前コーンスープが好評だったからです。
それでもR君、何やかやとお手伝いし、味見をしてくれました。
テーブルを拭いてくれと台拭きを渡すと丁寧に仕事してくれました。

出来上がってみんなで食べたのですが、面白かったのが居眠り君の食べる順番=好みの順番でした。
まず、春菊の胡麻和えと唐揚げにつけたレタスにドレッシングをつけてムシャムシャと食べました。
それからご飯だけをもぐもぐ食べました。
そして、鶏の唐揚げを美味そうに食べ、最後に冷めてしまったコーンスープを飲み干しました。
順番を確認して「嫌いなもの・苦手なものから食べたんやなあ」と言うとニッコリ笑って「ウン」

昼からは皆さん明日の野菜の会の配達野菜の収穫に。
私は明日配布の野菜便りに専念しました。
それらの仕事が終る頃、体験学習に来ていた養護施設のKK君が同じ施設仲間と遊びに来ました。
その仲間の方は、町の図書館で体験学習したそうです。
おしゃべりをして、「野菜の袋詰めするか?」と誘ったら、ウンと嬉しそうに言うので二人にしてもらいました。
仲間のT君も「オレこっちの方がよかったわ」などと言いながらやってくれました。
来てくれたことがうれしかったです。


No.3284 14・15日の私 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/15(Sun) 20:43:35 [返信]  
今日はお出かけするカミさんから、この二日間台所にばかり立ってたなあと笑われました。
確かにそうなんですが・・・料理というのはイメージだと以前読んだことがあるのです。
そんな感じでラーメンのスープを取ったり、ブタの軟骨が手に入ったので煮てみたり、まあ面白いもんですわ。
ついでに炊いた犬のオカラ飯、金曜日居眠り君に「オカラ飯持ってきてくださいね」と頼まれたから、大きなパックに入れて用意しました。
先週はまずまずの勤務振りでしたから、今週もペースを乱さずやってくれるように、期待を込めて持って行ってやります。
これで裏切られると反動が大きいのですがね。


No.3285 中学生の職場体験と居眠り君考? 半解居士 - 2009/11/16(Mon) 10:44:58 HomePage
中学生の職場体験は、矢張り健常者がするのですか?

ボクの育った頃は車椅子とか、まだ一般的でありませんでしたので、肢体不自由児は、松葉杖を使って歩行が出来る、或いは中途障害者になって、退院してもう一度学校生活をする=ボクがこれに当たりましたが、=などと違って、生まれつきの障害者には、門戸が閉ざされた状態でしたね。

それでも勉学を志した者は、特殊学級といって、普通学校の中に教室を別にしたものがありましたが。又親が無理に学校に上げる事もしていて、その場合知能発達の様子を見て、そのクラスに入れていたようですが。

その教室と健常者との接触は特別な事が無い限り、余り体験しませんでした。

NHK教育TVで「福祉ネットワーク」と言う番組がありますが、知的障害者なども取り上げていて、昔ボクが接触した級友の中には、この番組で言う「発達障害者」が居たと思うのですが・・・

田舎で小児結核状態を脱し、健康を取戻して田川に引越してきましたが、再度の学校生活を送るには、1年間ほども休んでいましたので、復学した時はもう一度二年生から、と言う親父や教頭先生の方針で、已む無く2年生からの復学でした。

その折にボクを受け持ってくれた若い女の先生(まだ経験が浅かったのだと思いますが、耳が聞こえないというだけの事で級友から虐められ、そんな扱いをされる事に反発して、虐める輩に反発し、かえってボクが虐めているような印象をもたれていました=嫌いでしたけど)に、ボクがクラスに居ると言う事で、そのあと重度身障者をクラスに入れたことがあったのです。

ボクの場合、ただ単に耳が聞こえないというだけで、頭(知能)は悪くなかったと自負していますが^m^)理不尽な事が嫌いになったのもいいお土産でしたし、ボクがクラスに居たおかげ?でクラスの人たち、特に女子に思いやり豊かな人が多かったと今でも思いますし、同窓会や色々なシーンで呼んでくれる友人もいて、ありがたいなあと思います。

健常者と障害者の触れ合う場、もっともっと多くの人々が体験して欲しいですね。特に人生これからと言う中学生達がイッチャン大事です。

ボクの中学校時代が一番充実した時だったと、今でも思いますよ。その頃の思い打破、又後ほどに。


No.3286 Re: 14・15日の私 magarinin - 2009/11/16(Mon) 18:26:54
そう、今47歳だと思われるR君は小学校入学のときに親は教育委員会に「就学免除願い」を出しています。
つまり、親には我が子を教育する責任があることが先にあってこんなことになっていたのです。
今は、すべての子どもには教育を受ける権利があることが先になっているから、どのような障がいがあろうとも教育機関に身を置くことができます。
もっともいまだに「地域の学校に通いたい」という希望が無視され養護学校(支援学校)に通わされるケースはたくさんありますが、40年ほど前に比べれば「学校へ行けない」という子は少なくなっているはずです。

私は、どんな子どももみんなと一緒に学習するべきだと考えていましたから、全ての障がいを持った子をうちのクラスに入れて、養護学級(支援学級)からは授業中にその子のそばについてくれる人をお願いしていました。
その子がクラスにいることが周囲の子にとって大切なんですから。
仮に問題が起こってもクラスのみんなで考えさせることでクラス中の子が成長できるのです。
障がい児だけが集められたその集団というのは、この世にありえない集団です・・・自然な人間集団にはいろいろな人がいて当たり前なんですからね。
問題が起こった時には「なぜ?」を大切にしました。
まず私が「なぜ、この子は暴力を振るったのか」を考え、子供達にも考えさせました。
もちろんその本人にもね・・・
時間はかかるけど、何よりの人生の勉強だと考えていましたから。

今は障がい者と健常者と別もののように考え扱う空気がありますが、その間は不連続なはずです。
どこまでが健常者か、どこからが障がい者か線がひけるものではありません。
それを強引に引いてしまっているのが「手帳」なんですよね。
行政としては区切りが必要だから・・・でも、人間の心にまで線を引くのは間違いだと・・・これは私の信念です。


No.3283 11月13日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/13(Fri) 18:52:10 [返信]  
野菜の配達日でしたが、昨日は実習生の応援もあって十分な野菜がありますので収穫作業はなし。
仕分けは手馴れた従業員達がやり、実習生は私とおしゃべりしていました。
施設からきている女子生徒が、「今朝は寝坊したうえ施設職員とのトラブルで、朝ごはんをほとんどとらずに来た、おなかすいた〜」と言いました。
聞いた一般家庭の男子生徒が「自業自得じゃ」と切って捨てました。
と、言われた女の子・・・「児童地獄?」
うまいこと聞き違えたものです、大笑いしながらその“うまさ”について説明しました。
施設に暮す児童は地獄の暮らし?・・・まさかねえ!

昨日の予定では、今日はブロッコリーがたくさんあるから実習生の手でワゴンの乗せて大安売りさせる予定でしたが、昨日のうちにやりたいというのでやらせたらほとんど完売してしまってやることなし。
仕方ないから野菜の配達を午前と午後に分けて二人ずつ実習生を乗せて行きました。

午前中の居残り組みには、野菜の掃除や包装をさせましたが、あっという間にやってしまって「次、何するの?」
障がい者にさせるべき仕事を探すどころか、実習生の仕事の容易に振り回されてしまいました。
おかげで障がい者従業員達、ゆったりのんびり・・・ま、たまにはいいでしょう。

昼からの居残り実習生は、雨がやんだから電話注文の野菜の収穫に連れて出ましたがあっという間に終りました。
明日から二日間定休日ですし、余分な野菜を採るわけにはいきません。
収穫してきた大根やニンジンを洗わせてもすぐに終り「次、何すんの?」です。
「まあ、ゆっくりせえや」となだめて、おしゃべり。

この間、学校の先生方や地域コーディネーターを名乗る方などが見回りにやってきて、何もしていない彼らを見て「サボってる」と言う人もおり、苦労しました。
実習生はこま鼠のように働かないといけないのでしょうかねえ。
障がい者とふざけていたり、私たちとおしゃべりしていたりするのも、大事な体験だと思うのですが。

今日で三日間の体験学習が終わりました。
昨年までは5日間ありましたから、最後のほうは障がい者たちとも打ち解け、おしゃべりする自由さがありましたが、三日間は少し物足りなかったです。
それにお天気がよくない日が多くて、例えば小芋を掘る作業を障がい者と一緒にしてもらいたかったのに、できなかったのが困りました。
いつもお土産に作業所で販売している野菜など持ち帰らせたのですが、今年は雨にたたられて野菜の残りがなく、そんなゆとりがありませんでした。
彼らがこれからも時々遊びに来てくれたらいいなと思います。


No.3280 11月12日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/12(Thu) 17:59:40 [返信]  
中学生達が実習に来ると分かるまでは、今日は休みの日になっていました。
ところが、彼らが来るようになり今日作業所ラーメンを振舞うことになったため、出勤日にしました。
朝早めに出勤するなりスープを取り始め、後は作業所のラインから外れてラーメン一筋!
お昼ご飯として「まあ、これなら大丈夫」と思えるラーメンを提供できました。

今日は中学生達もフル稼働できました。
朝から畑に出ていろいろな野菜の収穫作業。
特に飯田さんが腰を痛めて全く収穫できない状態になってしまわれたので、店番とラーメン作りの私以外は総動員。
まあ、しっかりと収穫をし終えて帰って来ました。
収穫が多ければ、後の始末も増えます。
量目を計り袋詰めや新聞紙での包装さぎょうです。
昼からもたっぷりの仕事になりました。

作業中、店長が苦笑しながら言いました。
「中学生達、目方を計るのはうちの連中よりも手早いくせに、野菜を入れたポリ袋を括らせるとアキマヘン、うちの連中の方がはるかに早い。
生活する上で“括る”ということがあまりないんでしょうなあ」
なるほど・・・わざわざ見に行きましたが、確かにもたもたしながら括っていました。
教科学習に関わる事はできても、暮らしに関わる事は不得手なんですわ。

しかし、昼から見るともう手際良くなっておりました。
つまり、うちの連中が1年2年かかって身につけた手際を、わずかな時間で身につけてしまいよった!
ここが違うところなんですなあ・・・涙

居眠り君、昼食が終るなり社長椅子で昼寝。
危なっかしい格好で眠りこけているのを実習生達、クスクス笑いながら見ていました。
ま、昼休みですからどんな格好で寝ようと勝手なんですが、1時20分になってもまだ寝ている!
上向きになっているほっぺたをピシャッとしばいてやりました。
目が覚めた彼に「時計見てみろ、休憩時間はとうに終った」というと、まあ珍しいその一言で時計を確かめ、「あ〜ぁ」と納得して起きました。
まだ注射は利いているようです。


No.3281 Re: 11月12日の作業所 作城 妙子 - 2009/11/12(Thu) 19:44:34 HomePage
>うちの連中が1年2年かかって身につけた手際を、わずかな時間で身につけてしまいよった!
ここが違うところなんですなあ・・・涙

magarininさんの嘆きの声がここまで届いて来そうです。
めげずにお励みのほどを。

居眠り君は少し薬がまだ効いているようで,この分だと3ヶ月は持つかな?って、期待したりして。
中学生達が作業場での実習て、何かを学んでくれたら何よりですね。


No.3282 Re: 11月12日の作業所 magarinin - 2009/11/13(Fri) 07:14:23
実習生に1人、“構音障がい”というのでしょうか、発音が分かりにくくて意思伝達が難しい男の子がいます。
耳は聞こえているし知的な障がいも軽そうです。
水曜日パンの日、K君が売れ残りのパンを買って合計いくらになるか苦しんでいるとき、(作業所では「足し算できなければ食うな」と言われます)横からさっさと計算して答えを教えてやっていました。
しかし発音が悪くて、これまたいつも「日本語しゃべれ」と言われているK君には全く分からない。
この言葉が通じにくい人同士が交流するのは、見ていて面白い構図でしたが、悲しくもありました。

居眠り君は、今日も中学生がいますからおそらく大丈夫でしょう。
問題は月曜日からですが、裏切られ続けてきた私は期待していません。


No.3279 11月11日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/11(Wed) 18:18:04 [返信]  
今日はパンの配達日であり、職場体験学習の開始の日でもありました。
8時10分前に出発し箕面まで往復して9時35分に帰って来ました。
帰ったら4人の中学校2年生が来ておりました。
パンの数の点検や仕分けを見てもらって、二つの中学校に2人ずつ分かれて販売に出ました。
彼らの中学校では本当にあっという間に完売し、もう一つの中学校でもほとんど売れました。
驚いたのは、彼らはよその学校には行ったことがないしどこにあるかも知らないことでした。
たった六つしかない町立学校なのになあ・・・私の子どもの頃もそんなものだったかな?

売れ残りのわずかなパンを従業員達が買って食べたのですが、計算ができないでしょう。
電卓を持ってきても、キーを押す前にお釣が引き算だということが分からないK君。
「アホアホアホ、シネ!」と口走るR君、せいぜい30代に見えるのですが50才に近いよとおしえてやると、「うわっ、ボクのお父さんと同じぐらいや!」。
女子が1人いるのですが、タク君勇気を奮って声をかけたらたちまち「なになに?何言うたん?もういっぺん言って」
真っ赤になって「もうええわ」とうつむくタク君に目が点。
傍から「日本語しゃべらへんからじゃ」とからかう私。

中学生達には、世の中いろいろな人がいるという点では良い勉強になりました。

朝から結構激しい雨降りでして、昼からはする仕事がない。
「何するのですか?」やる気満々の中学生達。
畑に出るにも雨合羽がそろわないからどうしようもありません。
「昼からは雨がやみますようにとみんなでお祈りする!」「いやや〜」
「雨がやむのを待って茶をしばこう」「茶をしばくって何?」「なぐりあいするんじゃ」と店長。
「ドテッとして何もしないことも大事なんやで」「新聞みたいに模造紙に書いて報告せんならんのに書くことあらへん」「何もすることなかったから坐っておしゃべりしていたって書いたらええがな」「いやや〜」

私は2時から人権協の会議があったので中座し、結構遅くまでかかったから帰宅してしまいましたが、あの後店長1人でどんな子守りをしたのでしょうか。
もう少し時間が経過すると従業員達との交流が始まるのですが、今日のところはお爺ちゃんと孫たちの会話みたいなものでしたなあ!(笑)


No.3274 11月10日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/10(Tue) 15:47:23 [返信]  
野菜の配達日でしたが、ほとんど昨日に収穫してあり、量目を計って包装するだけの仕事。
後は、午前中学校回りの配達でした。
タク君が先週は休んだうえに、居眠り君もほとんど出勤しなかったから、野菜の伝票書きと貼り付けの仕事がK君に回りました。
舌なめずりするように喜んで、先輩のタク君を追い越せたという感じでやったのはいいけど、思い込みが激しく興奮がちな彼の性格丸出し。
文字もよく見ればわかるのに「倉田さん」が「食田さん」になっているとか、袋の大小が分からず500円会員に小袋で300円会員にびっくりするほどの大きな袋、さらに調子に乗って台帳の金銭記録欄に全部赤で「すみ」と書いてしまいわけが分からなくしてしまうなど・・・
「こりゃアカンで」と言っているしりから13日金曜日の伝票を書き始めているから中止させました。
「タク君が来たし、君は間違いが多いからタク君にやってもらう」・・・ところが台帳を抱えて「いやや」
彼は仕事が遊びの延長なんですな。
タク君?彼は自分の仕事を後輩に取り上げられると思ってオドオドハラハラ。
「ボクがやるって自分で言え」と言ってもよう言わないアカンタレしてました。

久しぶり・今日のエピソード;

Hさんがお昼ご飯のおかずにクシカツを買ってきて一口食べるなり「オイシ〜イ!」・・・テレビの料理紹介番組みたいに大きな声で感激。(スーパーのカツでしたがね)
私が「食べる人が言うのはええわいな。うちなんか作っているカミさんが味見するなり『オイシ〜イ!』って叫びよる。
あれは、『不味いとは言わせないぞ』とアピールするため、食べる私の論評を避けるために言うのですな」というと、店長はクスクス笑いました。
と、居眠り君「そらあ、サーダさんとこなんか奥さんが自分で作ったはりますやん。うちのオカアサンなんて、買って来た冷凍やらばっかりやもん、味見の必要があらへん!」
思わず爆笑・・・そうなんです、既製品の脂っこい食事が多いから彼のダイエットは難しいといつも話し合っています。
「ボクの家の味言うたら、すき焼きか鍋物だけですわ。鍋物かて、ボクらが味作って食べるんやから、オカアサン味見したことないもん」・・・ゲラゲラ笑いながら珍しくも饒舌な彼!
私は言いました。
「そうか、うちは既製食品を使わないカミさんに感謝せなアカンのやなあ。
今日は居眠り君と付き合って初めて物事を教えてもらったわ」


No.3275 Re: 11月10日の作業所 作城 妙子 - 2009/11/11(Wed) 04:53:45 HomePage
いやはや、今日は暗雲の隙間から陽が射したような気がしますね。
居眠り君の明るい笑い声が、作業場内に響いていたことでしょう。
今日のエピソードでまさかmagarininさんが教えられるとはね〜ハッハッハ


No.3276 Re: 11月10日の作業所 magarinin - 2009/11/11(Wed) 07:05:23
全く半月ぶりの笑顔でした。
秋祭りに出られなくなってからずっと、来たり来なかったりで合間に解雇までちらつかせるものだから、何を言ってもブスッとふくれっ面。
それがまた叱責を呼び、まさにドツボ状態だったのです。
それが日曜日にモンを連れて彼と話に行ったのが効果あったのかなあ。

しかしまだまだ油断はできません。
一昨日、「トラックの上で乾かしている野菜を取り込んでから帰りなさい」という店長の指示を忘れて帰ったのですが、昨日はそれほど強くは叱られず、「忘れていました。すみません」と素直に謝ったからことなきを得ましたが、ブスッとなると再び険悪な空気が漂います。
それがますます彼をマイナス方向に引きずり込む原因になるんですな。
ハイ、気を使わされています・・・なんで私がこんなに気を使わないとアカンねんと思いながらもね。


No.3277 Re: 11月10日の作業所 アルファー - 2009/11/11(Wed) 07:56:58
私も、
何時も手作りのものを食べさせてくれる妻と、
畑で野菜を作っている父母に
感謝です。


No.3278 Re: 11月10日の作業所 magarinin - 2009/11/11(Wed) 17:50:10
アルファー師、確かに身近なところに転がっているような幸せには気が付かないものですね。
作ってもらった食べ物に文句を言っていては好々爺にはなれません。
ただなあ、食うことにこだわり、今度の土曜日には朝からラーメンスープをとるつもりで腕まくりしている私は、つい「自分なら」と比較してしまうのがいけない。
反省しているのですがねえ。


No.3263 ・インターネットの仲間展 in 名古屋 投稿者:作城 妙子 投稿日:2009/11/08(Sun) 17:55:29 [返信]   HomePage
しばらく、我が家のHPのみでよそ様に訪問する時間が無かったです。
何しろ、名古屋で「インターネットのあ仲間展」が開催されるので,それに出品する絵が仕上がらず、焦っていたのです。
ちょいとあっちこっちに御呼ばれが多くて、絵が後回しで、結局2点描き上げる事が出来ず、新作1点と旧作1点と相成りました。

大阪に居るはずの無い人が居るもので、あっちこっちから声が掛かって、誘われたら根が好きなもので、ホイホイと出かけてしまい、絵に集中出来ませんでした。

旧作は、水墨画です。タイトルが凄いよ!「魑魅魍魎」です。ガッハッハッハ私らしいってか?
でももう1点の新作は「純潔」です。ン?これも私らっしいって?・・・言うてない?ガッハッハッハ

★会 期 2009年11月10日〜15日
      午前10時〜18時(最終日16時迄)
★会 場 愛知芸術文化センター12F・Gアートギャラリー
★入場料 無料
★アクセス 〒461-8525 名古屋市東区東桜一丁目13番2号
      TEL(052)971-5511(代表)
*地下鉄
東山線または名城線「栄」駅下車、徒歩3分(オアシス21から地下連絡通路または2F連絡橋経由)

*名鉄
瀬戸線「栄町」駅下車、徒歩2分(オアシス21から地下連絡通路または2F連絡橋経由)

*自動車 駐車場案内
名古屋高速東新町出口から3分

第1回目が、大阪市立中央公会堂、第2回目が徳之島のホテルグランドオーシャンリゾートでしました。
3回目が東京で、そして今回(4回目)は、名古屋です。
段々とジャンルも増えて来て、洋画、東洋画、写真、ガラスエッチング、トールペイント、創作人形、布切り絵、万華鏡、押し花、木工等々他の、多彩な展示となって来ました。
遠方ゆえお知らせだけですが、このページにお越しの名古屋近辺のお方は是非、ご高覧をお待ち申し上げております。

*私は14日の懇親会に出る為に、名古屋へ行きまして、展示場で夕方におります


No.3264 Re: ・インターネットの仲間展 in 名古屋 magarinin - 2009/11/08(Sun) 19:55:25
「魑魅魍魎」と「純潔」ですか・・・これって表裏一体に持つ作城さんそのものだったりして!(爆)
これには私のネット上の知り合いも出展しているそうなので、ぜひ見に行きたいけど、明日からは休みも取れない忙しさになります。
11日からは中学生の職場体験学習も始まり、パンやラーメンの販売日に米の入荷もあります。
14日は休みをむさぼる予定なんで、あきらめます。

名古屋近辺の皆さん、ぜひぜひ行ってください。
作城さんのようなプロも含めて、まあ粒ぞろいの達者な方々の展覧会です。
そして「これぐらいなら私にもできる」とご自分の才能を開花させてくださって仲間にお入りください。
私は、残念ながらよう入りませんが・・・汗


No.3267 Re: ・インターネットの仲間展 in 名古屋 作城 妙子 - 2009/11/09(Mon) 14:42:37 HomePage
magarininさん
「魑魅魍魎」と「純潔」、表裏一体に持つ作城さんそのものだとな?
ン〜〜確かに言い得てますな〜。
この作品を出す時気が付きませんでした。

此の頃、自分の内面をさらけ出して、magarininさんにメールしている手前、
全て丸見えって感じで、返す言葉もありません。トッホッホ
例えは可笑しいが、ヒラメのような物で、見る側で色がかわっていて、
両面を見た人はなかなかいないですね。

その昔、どこかの国の殿様が、隣国の殿様にヒラメを贈ったそうな。
「白いひらめは美味しかったです有難う」とお礼の手紙を貰ったそうな。
それを読んだ、贈り主の殿様は「あれは黒い魚です」と返事を書いたそうな。
「いや白い魚です」「イヤ黒いです」と口論となり、仕舞いに戦争になったそうだ。

お互いに贅の限りを尽くしており、魚とて1箸付ける程度しか食べないので、
裏返して食べた事がなかったのです。
何事もそのものの裏も表も見て物申せと言う事でしょうね。

私如きがヒラメと殿様に例えられるとは言いませんが、裏表が極端に色の違う事を
知っているmagarininさんならばこその、お言葉ですね。
そのお言葉で、ふと、その昔、母が話てくれたこの話を思い出しました。
「人様を片面だけ見て判断するなかれ」と言う戒めだったと思う。

なんだか話がそれちゃったね。
又、その絵は個展でお目にかけましょうね。


No.3268 Re: ・インターネットの仲間展 in 名古屋 magarinin - 2009/11/09(Mon) 18:53:25
しまったなあ、軽口叩いたつもりがグサッと突き刺さってしまった気分ですな。
今さら引っ込みがつかん。

まあ作城さんの考えや思いの素直なこと・・・純潔そのものなんですよね。
それが伝わらない人にとっては、「魑魅魍魎」に感じてしまうということでして・・・無理ないい訳か!

そうですね、人間でも物事でもあちこちから見ないと理解ができなくて誤解のまま終ってしまう。
私も子供達に円柱や円錐を見せて、「丸いと思って納得するな、こっちから見れば四角になるんや」なんてやってましたな。

ところでマンモスさんとダイビングしたとき、ヒラメじゃないけどカレイを見ましたよ。
海底の砂とそっくりで、私たちに気付いて暴れたから見つけることができました。


No.3271 Re: ・インターネットの仲間展 in 名古屋 作城 妙子 - 2009/11/10(Tue) 02:38:13 HomePage
カレイは獲って食べたのでしょうか?
確かダイビングで、伊勢海老とか獲ったらいかんのだったかな?
その年代でダイビングも楽しめて人生を謳歌してますね。
なんでも体験出来る内が花ですね。

私も島に帰って、今年初めて泳いだ(素潜り)のですが、嵌ってしまいました。
来年からは楽しみが増えました。
都会から行く人は今でも泳いでいるようです。

今日徳之島の姉に電話したら、セミが鳴いてうるさいと言ってました。
まだ半袖だそうです。
やっぱり南の島ですね。しみじみそう思いました。


No.3272 Re: ・インターネットの仲間展 in 名古屋 magarinin - 2009/11/10(Tue) 07:17:52
まさか自由に暮している海の中専門のカレイを、私が手づかみできませんよ・・・「お〜ぉ!」と感嘆するだけ。
マンモスさんが「今度はボートダイビングだ!」と挑発してくれています。
ま、それを目標に元気で過ごします。

紫外線アレルギーの作城さんが海水浴と聞いて、包帯でも巻いてミイラ女になって泳いだのかと思ったら、夕方に泳いだという話に納得。
徳之島にいて海に入らないのは損だと思いますよ。

そう、確か正月に行ったときも70年生さんと歩いているとき生き残りのセミがチチチッと飛んでいましたよ。
正月に寒いこちらから行くと、暖かでカッターシャツで過ごせるのに、島の皆さんはジャンパーを着込んでいましたからねえ。
気温の受け止め方って相対的なものだなあと感心しましたよ。


No.3269 11月9日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/09(Mon) 20:00:34 [返信]  
今日は居眠り君の調理実習でした。
昨日来やすいように道をつけておいたから、家でもめることもなくすっと来れたようです。
「何作る?」「麺がいい」「ラーメンが残っているけどチャーシューがないぞ」「じゃカレーにする」とのことでカレーライスを作りました。
手馴れたカレーですから11時40分には完成し、みんなで食べました。

文化祭の寒い吹き降りの中での夜のテント張りで風邪を引いて休んでいたタク君、久しぶりに出てきましたが彼が居眠り君から引き継いだ野菜の伝票を袋に貼る仕事、後輩のK君がきっちりやっておりましてねえ。
目が点になり、まさに休んだあと出勤して見れば自分の席がなくなっていたサラリーマンっちゅう感じ。
ちょいとダメージを受けたようでした。
ま、「お前がええ加減なことしたら、いつでもK君に変えるぞ」というメッセージにはなったでしょう。

彼らの仕事の棲み分けを見ていると面白いです。

作業所だより、隔週発行だったのが今回もまたまた3週間ぶりの発行となりました。
先ほど、257号をアップしましたので久しぶりの作業所だよりをお読みください。
主張にはイベントラーメンからの撤退を、そして3連荘のイベント報告、さらに町長への要望書に対する回答書が来たので掲載しました。


No.3262 11月8日のこと 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/08(Sun) 16:36:41 [返信]  
精神的にもしんどくて金曜日に休んだ居眠り君の家に、朝からモンを連れて行きました。
目的@大地にオカラ飯をあげる。Aできれば大地とモンを田んぼで遊ばせる。Bついでに居眠り君としゃべる。

お父さんが田んぼに出ておられたので、モンを遊ばせながら立ち話。
お父さんに彼の体調を聞くと「作業所の休みの日は元気ですわ!」と笑っておられました。

家に行くと・・・9時半でしたがまだ寝ていました。
モンと大地は顔見知りで仲良しですから、2匹を交流させているとやっと寝起きの顔で彼が出てきました。
顔も洗わず朝ごはんも食べない彼を田んぼに連れ出すのはあきらめて、話だけ。
明日から心を入れ替えて出勤すること、先週のような勤務振りでは困ること、ボーナスが近いからそのつもりでポイント稼げというようなことを話しました。
ま、帰りがけ「ありがとうございました」と大きく明るい声が出せたので、大丈夫でしょう。


No.3265 精神的にもしんどくて金曜日に休んだ居眠り君 半解居士 - 2009/11/08(Sun) 21:59:01 HomePage
タイトルを一寸勝手にコピペさせていただきました^m^)
昨日7日の掲示板の書き込みが無いので、どうなさっておいでなのか、一寸心配していました。

今年の風邪(インフルエンザ)は新型に加えて、季節性のものも混在してゐるそうで・・・ボクも先々週から一寸風邪気味で、行きつけの整形外科医院のリハビリ科で、投薬とビタミン剤の注射をしてもらいましたが・・・

普通「風邪ですね」と医者が宣告してから、治療が始まるのですが、ボクの場合はこちらが「どうも風邪気味でして・・・」と切り出し、整形外科の先生なので、直接身体にも触れず・・・患者の申告で投薬をきめ^m^) 患者からビタミン注射を要請する・・・みたいなシステムになっているん・・・(もう先代の大先生の時代から=ボクの小学校時代から=怪我につけ、風邪につけ治療に通っている状態なので、こんな風に先生もツーカーの状態なんですね。

で、現在3週間目ですが、まだまだ風邪の状態は小康状態?みたいな形で推移しておりまして、油断なくいざと言う時は・・・の体制をとっております。

それはさておき、タイトルの件
イッチャン最初に読んだ時は「magarininさんが」と思いましたよ!だって土曜日の書き込みがなかったんだから、心配します。

でもそれは何時ものように、話題豊富に提供してくれるいねむり君の事だったんですねェ・・・
ボーナスと言う甘いニンジンが目の前にぶら下げられたら、いねむり君でも無くったって、ボクでもついほっぺたが弛んじゃいますよ・・・

でもどうかなあ?????
大丈夫????
ま、温かい心で見守っていきましょう・・・^0^)/


No.3266 Re: 11月8日のこと magarinin - 2009/11/09(Mon) 07:25:27
半解さん、毎日見ていただいてありがとうございます。
だいたいがこのHPは作業所のものですから、私の好きなように運営させてもらっているとは言え、あまり私事は書かないようにしています。
たまに、「土日の私」なんて書くときも、なるだけ作業所の仕事にまつわる話がある時だけにしております。
たまに、モンの話を書いたりしますが・・・

居眠り君は木曜日の経営委員会で、目の前で「今度やったら本当にクビやぞ」という決定がされ、金曜日は親に物も言わずに休んでしまったのです。
大きな図体ですから、ちょっとやそっとの刺激では脳まで届かないのではないかと・・・しかし、しっかり今回はとどいたようで(笑)
ま、今朝からは来るでしょう。

半解さん、年がいった人はこれまでの人生でいろいろなウィルスに犯され、身体に免疫ができているから新型ウィルスにも強くなっているそうですよ。
私は一切対策をとっておりません。
我が家は年に一回風邪を引くかどうかなのに、若い娘家族6人はとっかえひっかえ風邪引いたと寝込んでおります。
ある意味では、体力のある若い間にしっかり風邪引いて、ウィルスに強い身体にしておかねばならないのかも知れません。
だから私は「最近の若いヤツは軟弱だ、すぐ風邪を引きよる」なんて思わないことにしました。


No.3261 11月6日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/06(Fri) 18:39:54 [返信]  
昨夜の経営委員会の報告から書いておきます。

一つは「刑事罰に相当する行為をした従業員は解雇することもありうる」と言う確認を経営委員会として行いました。
これは出席していた居眠り君への圧力でありメッセージでしたが、当の本人は怖い顔をして一点をにらみつけておりました。
「異議なし」の声に「『余儀なし』やろ?」の声がかかり、笑いを誘いました。
その心は、障がい者を解雇するということは島本障害者共働作業所の存在を否定することにつながりかねない、実に重いことなのだということです。
他の従業員への威圧感・抑圧感を考えてのやむを得ない決定なんですから。
彼には相当こたえたと思います。

二つ目は、イベントへのラーメン屋の出店は可能な限りうどん屋に変更し、それが不可能な場合は出店しない。
ただし、年中行事として組まれている場合などはその限りにあらずと言うことでした。
これの理由は、私たちの高齢化によりとてもしんどい仕事になってきたことと、私達はイベントそのものを盛り上げるつもりで参加していても、「金儲け扱い視」されることへの危機感からです。
「儲け」は結果としてついてくるのだと考えているのに、私たちの意図がそうは受け取られないイベントからは撤退したいということです。

三つ目は、12月の初旬の週末にレンタカーを借りて四国中央市のブルーベリージャムと蜂蜜の農家をそれぞれ訪れる旅行をするということでした。
これの詳細は店長と私に一任されました。

今日は金曜日の野菜の配達日・・・火曜日と金曜日は数が多いから緊張する日なのですが、私はいくつかのプリントの版下を仕上げるためにラインには乗りませんでした。
店長1人で何もかもやってくれました。
居眠り君とタク君が欠勤したので、総勢6人の体勢でしたがなんと1時45分には全て完了できました。
私の方は、作業所だよりの一面・主張だけを仕上げることができなくて、休み中の自宅での作業となりました。

夕方になって、故障していたマンション入り口の監視カメラの映像を記録するパソコンが数ヶ月ぶりに設置されました。
あのパソコンは結局ICが数個壊れていて、治すより作ったほうが早いということでプロが作ったパソコンが持ち込まれました。
これで手の開いたときには作業所でもネットがつながることになりました。


No.3260 11月5日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/05(Thu) 17:11:35 [返信]  
今日は野菜の配達も少ない日でしたから、畑には行かずにパソコンの前で過ごしました。
今夜は経営委員会なので、議案書を作り、作業所だよりに連続して取り組んだイベント参加の報告を書きました。
また、9月に出した町長への要望書の回答が来ましたので、それも作業所だよりに載せました。
発行はまた一週間延ばして11月10日です。

午前中は仕事の片手間にHさんの調理の助っ人をしました。
三色丼と若芽スープ・・・美味しかったけど、これでもかというほどあったから腹がくたびれました。
彼女54歳だし結構自分の預金通帳など、計算した上で管理している人なんです。
しかし、昼食をみんなに作るという場面になると、その計算ができないらしい。
1人300円集めてその範囲でご飯を作るはずが、とっくに予算オーバーしているのにデザートにヨーグルトまで買ってきた。
三色丼のひき肉が1人分150gですからねえ!
三色とも山のような丼でした。

午後3時になり、最低限の仕事はできたので帰らせてもらって家に着くなりメールへの返信などネットの仕事。
3時半から今まで坐ったままでした。
今からちょいと休憩して夕刊でも読み、夕食を済ませて作業所に戻ります。
帰れば9時半・・・頭がカッカして冷やすためにビールを飲んでしまうでしょう。


No.3259 11月4日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/04(Wed) 16:02:27 [返信]  
本当は昨日の文化の日の出勤は、代休をとらないといけないのですが、店長と2人で「シーッ!」という感じで代休を設定しませんでした。
身体はクタクタなのですが、仕事が立て込んでいて休めば木・金の二日間に圧縮されるからどうにも動けなると判断したからです。
昨日の火曜日の配達野菜のうち、京都への野菜を今日にして他にも配達先があったために、朝から野菜の収穫に。

飯田さんと話していると居眠り君がサンダル履きの寒そうな格好で作業小屋に来て「ちょっと風邪を引いたので、今から医者へ行きます。」
「熱がなかったら出て来いよ」「ハーイ」と言いながら腹をゆすって歩いて医者へ向いました。
後ろ姿を藻ながら飯田さん「夕べもあんな格好でエアコンつけっぱなしで寝てたら風邪も引きますわいな」と、舌打ち。
要するに普段着のままソファーで寝込み、お母さんが風邪ひ言いたらアカンからとエアコンをかけ、そのまま一晩過ごしたそうな。
結局今日も彼は休んでしまいました。
おまけにタク君も一昨日の雨の中の前日準備で風邪を引いたらしく欠勤でした。

配達野菜の処理をしたけど、足りないからまた私はほうれん草の収穫に、店長はサニーレタスを。
ほうれん草が大きくなりすぎて、「これがほうれん草?」という感じ。
まるでイタドリの茎のように鎌を入れるとポンッと音がするほどでした。

それから、借りだした大型の寸胴鍋がそのままだったので洗浄作業・・・大きな鍋ですから1人でやりますた。
障がい者を使うと水を散らすばかりで役に立たないから。
返さねばならない鍋を洗い終わると腰が痛くなったのでギブアップ。
後は小物ばかりだからHさんに任せることにしました。

昼からは整体を受けて蘇るために、野菜を積んで帰って来ました。
おかげさまで右ひざの水溜り・・・7割がたよくなりました。


No.3256 文化祭が終りました! 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/03(Tue) 18:42:26 [返信]  
もちろん1時過ぎには完売して、めでたく終りました。
そして、もう一つ、居眠り君が「自分の考えで(本人の言葉)」出勤してきました。

まずラーメン屋と焼き芋屋。
焼き芋屋は12時を回ったところで40kgの焼き芋を完売してしまいました。
どうやら文化祭で売っている焼芋は美味しいという評判が定着したようです。
時間がまだまだあるので、飯田農園のさつまいもを取りに帰り焼きました。
いつも焼いているのはなると金時の「松茂美人」という銘柄なのですが、この際こだわっておれません。
焼きあがったのを食べてみましたが、味は格段に落ちます。
そのため試食用を作り、「この味で構わない」という人だけに販売しました。
中には「いつものと違うからいらない」という人もおられましたが、「これも美味しい」というお客様もありました。
2時半に飯田芋も完売。

ラーメン屋の方は初めぼちぼちで、11時前から早く食べておかないと売り切れると思われる方で行列。
麺を湯がくザル・“玉てぼ”5つがいつも満杯で湯の中に浸かっている状態。
100円値上げして500円にしましたが、味卵を一個丸ごと入れましたし、メンマもたっぷり。
「高い」と文句を言われるお客様はゼロでした。
1時過ぎに完売した後は暇で仕方ありませんでした。
2時半頃までコンロや鍋を冷まし、現場で粗洗いをして終了時刻の4時まで待ちました。

居眠り君の話です。
出勤してきて初めはみんなにからかわれていましたが、焼芋が完売した後2人でじっくり話しました。
昨日帰ってしまったのは、私にスーパーでの買い出しで「作業所に帰れ」と言われて帰ったら、店長に「もう家に帰ってもええで」とからかうように言われたので帰ったのだそうです。(店長には未確認)
昨日はお父さんにいろいろ言われたけど、どうしても行く気がしなくて休んでしまった。
しかし、今日はお父さんにも言われたけど、「行かなアカンなあ」と自分で考えて出てきたそうです。
ま、彼の言い分を信じておくことにしました・・・でないと、こっちがしんどくなりますから。

文化祭へラーメン屋で参加するのは今年が最後になりそうです。
というのは、出店への規制が厳しくなり老体には前日準備などが難しくなってしまいました。
昨日の準備も本当はしてはいけなかったのです。
しかし、今朝になってテント張りからやっていては、10時の開店までに湯が沸かないと無理やりおねがいしてさせてもらいました。
しかも、去年は役場の退庁時間にあわせて5時から取り組めたのに、役場職員には残務整理もあるから5時半から。
おかげで真っ暗な中での作業。
おまけに風でテントが飛んではいけないからと足を折って帰れとのこと。
今朝は7時前に5人のメンバーが集まって準備をしなければなりませんでした。
前日の仕込み作業・暗闇でのテント張り・早朝から大勢の人手を借りなければならない事態など考えると、もう我々には無理やで!という話なのです。
正式には経営委員会で決めますが・・・私達は儲けも考えますが、一方で文化祭の盛り上げも考えて参加しています。
だけど、出店する側への規制が年々厳しくなり、努力を強要される雰囲気になってきているのです。
もう島本障害者共働作業所にはラーメンでの参加は無理じゃないかと思います。


No.3257 この条を読んでいて 半解居士 - 2009/11/03(Tue) 21:42:32 HomePage
眉根を八の字に寄せて読んでいます。

特に最下段の、今年限りかもしれないと言う出店の件・・・
一寸切ないと言うか、管理する者への文句が言えないもどかしさもありますね。

大体出店は管理者の方から、「出ませんか?サポートしますよ」と言うのが本当だと思うのだけど・・・

小役人根性で、地域の文化祭の意義も年を経るに従って、マンネリ化して来て、去年も出来たから、今年も出来るんじゃないか、と言う安直な考えで居るんじゃないかと思います。

つまり前例主義になってしまっているんですね、その上で我が身が可愛いから、危険性を色々忖度して、危ない事はやめてくれ、などと規制をかけてしまう・・・

それは差し置き・・・

自分も最近若い頃に出来た事が、急に出来なくなって、矢張り老体化してきたのかなあ、気持ちだけは若いつもりでも、矢張り無理が効かなくなったなあ!と言う思いに駆られるときがあって、年は取りたくないなあ!と言う思いで一杯です。^m^)/


No.3258 Re: 文化祭が終りました! magarinin - 2009/11/04(Wed) 07:32:33
半解さんのご想像は全くその通りだと私も想像しております。
町の文化祭は「実行委員会形式」で作り出されるのですが、役場の担当者が代わると、雰囲気がガラッとかわるのです。
舞台部門とか展示部門などと並んで、私たちが出店するお祭部門もあるのですが、他の部門に比べて「お前ら儲けているんやないか、ちっとは遠慮せえ」という空気があり、お祭部門の代表者がきちんとしゃべって来れないのじゃないかなあ。
結局、代表者が役場を背中にこっちむいて説得にかかる始末なんです。

見ていると、これまでの日本の構図と一緒なんですな・・・現場を大事にしないと言う点で。
一年のうちの一日くらい、役場も文化祭に協力して当たり前だという考えの役人が担当者にならない限り無理ですわ。

半解さん、年を取るということはできていたことができなくなることなんですな。
母親が亡くなるとき、トイレにも自力で行けなくなりポツンと言いました。
「これまで当たり前にやっていたことが、毎日少しずつできなくなっていくんやで。」
まだ「毎日」でないだけマシです。


No.3255 11月2日の作業所 投稿者:magarinin 投稿日:2009/11/02(Mon) 20:22:14 [返信]  
忙しかったです!
9時25分に「さあて、やるか」と立ち上がったら、次に坐ったのは11時30分でした。
その間、初めは野菜の収穫に出たけど飯田さんが収穫を済ませてくれていたので作業所に戻り、明日の文化祭ラーメンの買出し。
帰るなり味卵にする半熟卵280個作り。
鍋を二つ使って作ったためにピッチが早くて、応援団の女性が来てくれて助かりました。
これが障がい者従業員達だけでやっていたら、とんでもないことになっていたでしょう。
11時半にタバコを吸うために3分ほど坐った以外はとにかく作り続けて280個仕上がったのは12時10分でした。
この間店長は明日の配達野菜を繰り上げて障がい者たちを指揮して野菜と格闘、本当なら私が回るところも一人で回ってくれました。

昼からは、スープは朝から煮込んでいましたが、味付けの元になるタレの仕込みをして、足りない食材を買いに回りました。
応援団の女性達がネギを刻んでおくというのでネギの収穫に行きました。
一息ついたのが4時半。
5時半からは明日のためのテント張りに会場に出かけ、3張りたてて、鍋釜をセットし終わったら6時20分でした。

やっと今年最後の大きなイベントが明日迎えられます。

こんなにみんながバタバタ走り回る中、1人だけ朝から帰ってしまったのがいます。

朝の買出しに行くのに、野菜の準備をしている店長に「一番役に立ってないのを荷物持ちにするわ」と言ったら「居眠り君や!」と言いました。
しかし、彼はまだ作業の輪の中にいたので、輪の外にいるK君に「お前、何もしてないやないか、お前が来い」と連れて出て、スーパーで買出しをしていました。
ひょいと振り返ると居眠り君が付いてきています。
「これぐらいの荷物持ちに2人もいらん。お前は帰って野菜の仕事をしてこい」と言いました。
すると・・・作業所に帰らず家に帰ってしまった!

またやっとるんですわ。
あいつ、明日も休んで4連休にするつもりらしい。
彼に電話しても電源を切っているので、お父さんに電話したらお父さん恐縮して「すぐに行かせます。」
ところが来ないから「出ましたか?」「いや、黙ったまま動きよらんのですわ」と困った声。

結局彼の幼児期からの親の姿勢がしのばれました。
今さらどうにもなりまへんなあ。
親に甘えるのと同じようにして、勤務先である作業所にも甘えていると言うことです。
いよいよ「停学」ならぬ「停社(出勤停止)」かな?
期限をつけると「休みをもらった」と勘違いしよるから、「無期限停社」にして、親が悲鳴を上げるまでかさ高い彼を家でごろごろさせてみるかなあ・・・
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