年金は貯金でも保険でもなく社会保障DAWN


2009年06月10日(水)
 

377介護報酬改定等に関する質問主意書

一 今年四月から介護報酬が平均三%引き上げられた。この報酬引き上げにより、自己負担がアップする人は約何%程度、約何人程度と推定しているか。また自己負担が変わらない人、自己負担が下がった人はそれぞれ約何%程度、約何人程度と推定しているか。
二 介護報酬が平均三%引き上げられたが、半数程度の利用者の自己負担がアップしたと理解してよいか。
三 介護給付費実態調査では、利用者の介護保険利用額を一万円単位で調査しているが、明らかに介護保険の支給限度額を超えて利用している人は何人か。また、支給限度額の上限近く利用していると考えられるのは何人か。
*一及び二について
 お尋ねについてお答えするためには、個々の利用者の所得状況、各サービスの利用量等に基づいて推計を行う必要があるが、これらのデータを有していないため、そのような推計を行うことは困難である。

四 三において、今回の三%引き上げで、新たに支給限度額を超えて全額自己負担になったと考えられるのは何人程度か。また、利用しているサービスをカットせざるを得ない人は何人程度か。
*三について
 平成十九年度介護給付費実態調査(平成二十年四月審査分)の結果については、千単位ごとに受給額を区分して受給者数を集計しており、お尋ねについて正確な人数をお答えすることは困難であるが、区分支給限度基準額を含む単位数階級より上の階級に属する受給者は合計で約四万千百人であり、また、区分支給限度基準額を含む単位数階級に属する受給者は合計で約八万六千九百人である。

五 民主党が提出した「介護労働者賃金引上げ法案」は、利用者自己負担や保険料をアップさせず、介護保険とは別枠で介護労働者の賃金引き上げを行う仕組みをとっている。今回の介護報酬引き上げでは、なぜそのような方法をとらなかったのか。介護労働者の賃金が多少上がったとしても、一部の高齢者の自己負担がアップし、受けられるサービスが減ることになれば本末転倒であるとなぜ考えなかったのか。
*五について
 介護保険制度の下においては、保険料を財源とする方が、サービス受給と費用負担の関係が明確となり、また、利用者に一部負担をお願いすることにより、サービスを利用する者と利用しない者との公平が図られると考えたからである。


2009年06月10日(水)
 

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2009年06月09日(火)
 

 ここでは、まずは書きにくいCGIの見直しをやりたい。→完了


2007年01月17日(水) 僕の主張
 

●ここで考えなければいけないのは、「年金」とは何か、ということである。
yahoo!大辞泉
 によると、
年金「終身または一定期間にわたり、毎年定期的に一定の金額を給付する制度のもとで、支給される金銭。老齢・障害・死亡などによる生活保障を目的とする。厚生年金・国民年金などの公的年金と、企業年金・個人年金などの私的年金とがある」
 とある。同じく、
yahoo!大辞林
 には、
年金「毎年一定の金額を定期的に給付する制度の下で、支払われる金銭。老齢・退職・疾病・死亡などによる所得喪失に対する保障の目的をもつ。運営主体により公的年金・私的年金の区分がある」
 とある。
 ここで、私的年金という言葉と、公的年金という言葉があるので整理すると、
私的年金「民間企業・団体などが行う、企業年金・団体年金の総称」(大辞泉)、「民間の企業・団体が行う企業年金・団体年金などの総称」(大辞林)
公的年金「国その他の公的機関が社会保障制度の一環として行う年金制度の総称。厚生年金・国民年金・共済年金など」(大辞泉)、「国が社会保障の一環として行う年金制度。厚生年金・国民年金・共済年金などがある」(大辞林)
 ここでは私的年金は関係ない。それは、税金を使って行なうものではないからだ。私的年金がどのように創設され、どのように展開されようと、それが法律に反しない限り、自由である。だから、ここで考えるのは、公的年金についてのみだ。
 そして、この公的年金には、大辞泉によれば、「厚生年金・国民年金など」があると書かれている。
 この公的年金の運営主体は、大辞泉によれば「国その他の公的機関」、大辞林には「国」とあるが、この公的機関が年金=「終身または一定期間にわたり、毎年定期的に一定の金額を給付する」(大辞泉)、「毎年一定の金額を定期的に給付する」(大辞林)理由は何故かと言えば、「老齢・障害・死亡などによる生活保障」のため(大辞泉)であり、「老齢・退職・疾病・死亡などによる所得喪失に対する保障」のため(大辞林)である。そして、これは両方に共通しているが、それは「社会保障の一環」として行なわれているのである。
 ここが大きなポイントだ。
 ここで、今後、この問題を考える上で、
退職金の活かし方★安心年金獲得法
 というページをチェックして、今回はここまでにしよう。

●ここで、ついでに辞書を今一度、引いてみよう。引くのは、
「社会保障」
 である。
大辞泉「国民の生存権を確保することを目的とする保障。日本では、社会保険・公的扶助・社会福祉事業・公衆衛生など」
大辞林「国家が国民の生活を保障する制度。日本では社会保険・社会福祉事業・公的扶助・公衆衛生などがある」
 ついでに、「生存権」。
大辞泉「国民各自が人間らしく生きていくために必要な諸条件の確保を要求する権利。日本国憲法第25条は、これを保障している」
大辞林「国民が人間らしく生きるために必要な諸条件を国家に要求できる権利。日本国憲法は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を定め、その実現にむけた国の努力義務を規定している」
 ちなみに、憲法25条を書けば、
「第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」
 ちょっと、しつこかったが、年金というのが「社会保障」であるとするなら、年金で目指すのは、
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」
 であって、贅沢な暮らしではない。ところが、
公的年金支給額計算
 を見ると、年金とは、「定額部分」と「報酬比例部分」に分かれている。どうして、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を満たすための、「社会保障」である「年金」の、支給額が人によって違うのだろうか。
 「報酬比例部分」と言うことは、極端に言えば、金持ちで年金受給の必要のない人間でも年金を得ている、それも金持ちほどたくさんの年金をもらうというシステムである。
 だからこそ、強欲日銀総裁でさえ、人並み以上の年金をもらっているのだ。
 貧乏人には満足な支給もできず、金持ちには有り余るほどのお金を支給する年金システムなんて、考えてみれば、社会保障にさえ、なってはいない制度ではないか。
 はっきり言おう。こんな年金システムなんて、日本が右肩上がりで、どんどん成長している時代ならまだしも、低成長の時代で成り立つわけわけなど、土台が無理なのである。

●本来は、「老齢による所得の喪失」という危機に対しても、国民のすべてが「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ためにあるはずの「年金制度」。それが、金持ちほど多くのお金が給付され、貧乏人の中には年金だけでは暮らせない状況の人々がいる。そんなものが「年金制度」だろうか。
 などと言うと、世の中には、こう言う人もいるだろう。所得の高い人は、現役時代に、それだけたくさんの年金保険料を納めている。たくさんのお金を納めたのだから、たくさんもらうのは当然だ。納めた額に見合った給付がもらえるのでなければ、誰が年金の保険料など払うだろう。
 確かに、それも理屈である。年金保険料は税金ではない。税金と保険料の違いは、保険料というのは、将来、返って来ることを見込んだ上の払い込みと言うことだろう。ならば、納めた保険料のそのままの金額を、納めた人に将来、返還すること、それは良しとしよう。しかし、それは、あくまで納めた額であって、納めた以上の額を、生活にも困っていない金持ちに支払う必要はあるだろうか。さらには、その金持ちへの支払いのために、年金財源に税金を投入する必要はあるだろうか。それは、「ない!」と言わざる得ないだろう。
 だから、本来、年金の給付金の基本は、「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ためのお金であり、年金の支払いをしなくても、「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ためのお金を持っている人については、その人の納めたお金分が最高額である。それも年金は終身年金なので、その人の納めた額を、
日本国民の平均寿命−年金支給開始年齢=実質平均支給年数
 で割って、それだけを支給すればいい。
 これは、在職が、仮に20歳から60歳の40年とすれば、それを平均寿命を80歳とすれば、60歳から支給開始だとするなら、総額を20年で割った額を支給すればいいのである。
 現在、
公的年金支給額計算
 によれば、年金金額は一律になっているが、この方式にすれば、年金の給付金というのは大幅な抑制になる。
 これこそが、
年金は貯金でも保険でもなく社会保障
 の内容だ。
 年金を納めた以上にもらえるのは、年金がなければ、「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことができない人だけである。それを年金政策の大原則にすべきである。



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