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| 作曲家名鑑 |
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ダイヤモンド [1915-2005] (米国) |
コープランドなどと同世代の米国の保守的作曲家。(→Wikipedia) |
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タイユフェール [1892-1983] (フランス) |
フランス6人組の紅一点。非常な長命で作品数も300を数えるが、出版されず失われたものが多い。(→Wikipedia) |
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ダウランド [1563-1626] (英国) |
ルネサンス後期英国のリュート奏者、作曲家。無名だった前半生は詳らかでないが、英国内では晩年まで要職に就けず、フランス、イタリア、デンマーク等大陸側の貴族、王家に雇われた。生涯に多くのリュート歌曲・独奏曲を書き人気を得たが、自身の「 Semper Dowland, Semper Dolens(常にダウランド、常に嘆き悲しむ)」という歌の名前にある通り、泣き節・嘆き節の曲が多い。没後長らく忘れられており、20世紀に入ってから再評価された。「ラクリメ<涙のパヴァーヌ>」の作者。(→Wikipedia) |
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タケミツ(武満徹) [1930-1996] (日本) |
今のところ世界的な古典に定着している唯一の日本人作曲家。(→Wikipedia) |
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タネーエフ [1856-1915] (ロシア・ソ連) |
若くからモスクワ音楽院で教職につきラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフを教えたことで有名。 チャイコフスキーを少し近代的にしたような作風。(→Wikipedia) |
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タプレ [1737?-1819?] (フランス) |
鍵盤奏者としても著名だった古典派時期のフランスの作曲家。(→Wikipedia) |
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タンスマン [1897-1986] (ポーランド) |
ポーランド生まれた後、フランスで活躍した作曲家。ギター曲などの小品で有名。作風は新古典派的であるが、ナチ台頭と同時に自らの血であるユダヤの色を強く意識したものとなった。(→Wikipedia) |
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ダンディ [1851-1931] (フランス) |
教育家、民謡収集等でも著名なフランス近代音楽の作曲家。(→Wikipedia) |
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チェレプニン [1899-1977] (ロシア・ソ連) |
ロシア生まれ。フランスなどを経て米国在住。 ピアニストとしても活躍し、演奏で訪問した東洋各地の風味もある独特の作風で知られる。 交響作品を多く書いたが、現在ではピアノ曲がもっとも広く親しまれている。(→Wikipedia) |
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チャイコフスキー [1840-1893] (ロシア・ソ連) |
ロシア音楽史上最大の作曲家。当時のフランスの色彩的な曲作りを基礎に、ほどよいロシア風味をもった「泣かせる」音楽を多く書き、根強い人気を持つ。(→Wikipedia) |
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ツィンマーマン [1918-1970] (ドイツ・オーストリア) |
第二次大戦後ドイツでもっとも重要な作曲家。既存作品や朗読などによるコラージュともいうべき大規模声楽作品で知られる一方、聖歌や民謡を素材とした近づきやすい作品も多い。(→Wikipedia) |
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ツェムリンスキー [1872-1942] (ドイツ・オーストリア) |
作品そのものよりも、もっぱらシェーンベルクの師としてその名を知られる作曲家。ただし、彼の弟子が12音技法に踏み出しても、本人は後期ロマン派音楽の世界にとどまった。晩年は米国に渡った。(→Wikipedia) |
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ディーリアス [1862-1934] (英国) |
イギリス生まれで20台半ばからパリ在住。北欧、印象派の影響を見せるセンチメンタルな楽曲で知られる。(→Wikipedia) |
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ディッタースドルフ [1739-1799] (ドイツ・オーストリア) |
ハイドンと同世代のウィーンの作曲家。ヴァイオリン奏者として経歴をスタートさせたこともあり弦楽作品を多数残している。(→Wikipedia) |
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ティペット [1905-1998] (英国) |
ブリテンと並び20世紀英国を代表する作曲家の一人。作風は保守的。(→Wikipedia) |
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テレマン [1681-1767] (ドイツ・オーストリア) |
バッハ、ヘンデルと並ぶドイツバロック音楽の大作曲家。(→Wikipedia) |
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ドゥヴィエンヌ [1759-1803] (フランス) |
モーツァルトと同時代のフランスのフルート奏者、バスーン奏者、作曲家。作風も良く似ている。軍楽隊の出身で管楽器を主役とした作品多数。(→Wikipedia) |
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ドヴォルザーク [1841-1904] (チェコ・スロバキア) |
チェコ国民楽派最大の作曲家。当初プロのヴィオラ奏者であったこともあり、室内楽曲多数。作曲家としての名を確立してからは英国、米国にも渡り、ともに大きな成功を得た。積極的に民族的素材を扱い、有名曲のほとんどがチェコ色・スラヴ色の強い作品に仕上がっている。「B.」で始まる作品整理番号はブルクハウゼル番号。(→Wikipedia) |
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ドゥランテ [1684-1755] (イタリア) |
ナポリ音楽界で非常な名声を得ていた教育者であり、ペルゴレージ等の師。 オペラ主体の作曲家が多い同時代のイタリアでは珍しく宗教音楽が主体。(→Wikipedia) |
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トゥリーナ [1882-1949] (スペイン) |
スペイン国民楽派を代表する作曲家の一人。スペインの香りが魅力的な室内楽作品を多く残している。(→Wikipedia) |
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ドニゼッティ [1797-1848] (イタリア) |
ロッシーニと同時代のイタリアのオペラ作曲家。「ルチア」、「愛の妙薬」などの名作が今も各地の主要演目に残る。多くの弦楽四重奏曲を残していることはあまり知られていない。(→Wikipedia) |
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ドビュッシー [1862-1918] (フランス) |
印象派と称される音楽分野を開拓したフランスの大作曲家。学生時代のワーグナーへの傾倒から、サティとの交流、カンボジア・ジャワの独特なリズムと自由さに溢れた音楽との邂逅などを経て独自の音楽語法を確立した。数多いピアノ曲、声楽曲の他、管弦楽と室内楽分野にも少数ながら重要作品を残す。(→Wikipedia) |
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ドホナーニ [1877-1960] (ハンガリー) |
ハンガリー出身の作曲家、ピアニスト。同国内では作曲家としても教育者としてもコダーイより数段名声が高い。出版物のほとんどがドイツ語のため現在の名前で定着しているが、正しいハンガリー名は「ドホナーニ・エルネー」。ブラームスの影響が強い保守的作風。ピアニスト出身ながら多くの弦楽器を扱う曲を多く書いた点もブラームス似。ただし父親がチェリストであったこともあり、弦楽器への理解は深い。孫に指揮者の クリストフ・フォン・ドホナーニがいる。(→Wikipedia) |
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トムソン [1896-1989] (米国) |
コープランドとともに20世紀アメリカの保守派音楽を代表する作曲家。指揮者、批評家としても有名。(→Wikipedia) |
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トレッリ [1658-1709] (イタリア) |
イタリア、ボローニャの作曲家。「独奏楽器1つ、急緩急の3楽章」といった現代に通じる協奏曲の形態を確立した人として有名。(→Wikipedia) |
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