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中国研修旅行(その10)リニアに乗って空港へ
この旅行もいよいよ最終コーナー。 我々は空港へ向かいます。来た時は 空港からタクシーを利用。帰りは中国が誇るリニアモーターカーだ。 地下鉄2号線の浦東側にある龍陽路駅から浦東国際空港駅約30kmを結ぶ。 最高時速430キロ。7 分20秒。 南京から同行し、ガイドをしていただいた張先生と、この駅でお別れです。 本当にご丁寧なご案 内をいただき、ありがとうございました。 リニアの車 内は電球色の間接照明を用い、落ち着いた雰囲気だ。座席は 3人掛けで、向かい合わせで固定されている。シートベルトもなく特急電車と なんら変わらない。最高速度を出してものの数秒、すぐ減速体制にはいって しまう。あっという間に浦東国際空港駅だ。 皆さん大変お疲れさんでした。空港で無事搭乗続きを済ませ、機上の人と なりました。この旅行の初めから終わりまで、あらゆるお世話をいただき ましたKさん本当にありがとうございました。生涯忘れることのない思い出と なりました。 当 初は旅行記録を書く予定ではありませんでした。しかし、今回の旅行は 小生にとって、とても貴重な体験ができましたので、急に思いつき、書き ました。準備不足、資料不足で拙劣な記録ではありますが、参考にして いただければ幸いです。 2009年10月 2009/11/01(Sun) 22:44:28 [ No.100 ] |
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中国研修旅行(その9)上海市 内見て歩き
今回の旅行もいよいよ最終日。本日の交通手段は、昨夜駅まで迎えに 来ていただいた車だ。 小雨の中、朝一番上海のショッピング街“南京路歩行街”に出かけた。 まだ早かったためか、平日のせいなのか、人通りはまばらであった。 三宮センター街や、大阪のキタ、ミナミの商店街より広くて街並みも きれいだ。 次は、フランス租界を散策。通りには多くの木が茂り、美しい住宅街に なっている。 租界は、1842年の南京条約により開港した上海に設定された。当 初、 イギリス、アメリカ、フランスがそれぞれ租界を設定し、のちに英米列強の 租界をまとめた共同租界と、フランス租界に再編された。そして第二次 世界大戦によって租界は姿を消した。 上海観光ツアーでは、ほとんどセットになっている豫園見物。明代の 庭園だ。周辺は中華的な高層建築物が並び、観光地として“豫園商城” と呼ばれている。 昼ごはんは、ここで食べることにした。豫園商城は人人人でごった 返しだ。 目指すは小籠包の本家を名乗る“南翔饅頭店”。急げ!走れ!この店は 大変な人気だ。順番待ちの長蛇の列。結局、ここをあきらめ近隣の“緑波廊” へ入店。ここも有名な店で、ガイドブックによく出ているところだ。料理の 味は良かったが、サービスが少し悪かった。 昼食が終わると、スーパーへ立ち寄りたいとのリクエストがあった。 上海のスーパーでは、大きな荷物や袋を持って入店できない。品選びや レジでの支払いは日本と同じであるが、出店時に必ず購入したものと、 支払伝票のチェックを受けなければならない。出入店での盗難防止のため だろう。 日本のスーパーでこのシステムを導入すると、出口で大混乱。きっとその スーパーは敬遠されてしまうだろう。 つづく 2009/11/01(Sun) 22:36:35 [ No.99 ] |
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中国研修旅行(その8)やっと上海浦江飯店へ
一日蘇州を案 内してくれた周さんと別れ、新幹線「和諧号」で上海へ。 夕方5時過ぎに上海へ到着。上海の夜も雨。とても蒸し暑い。そのうえ 駅は大変な人。 ホテルへ行くためにタクシー乗り場へ急いだ。上海駅のタクシー 乗り場は地下にある。乗り場は数か所。どこも長蛇の列。むせ返るような 雑踏。東京でもこんな雑踏はない。しばらく並んで待つが、なかなか順番が 回ってこない。しびれを切らして張先生は駅の外へ出て、白タクと乗車交渉。 生 憎雨の夕方で車の確保は難しい。10人乗りとなるとなおさら困難だ。 結局、Nさんの上海の仕事仲間に依頼して、迎えに来てもらうこととなった。 交通渋滞もあり、1時間近く待たなければならない。その間、近くの マクドナルドでコーヒータイム。 周りを見渡すと中国人ばかりだが、日本人とほとんど同じ顔つきだ。 まるで、東京か大阪のマクドで休憩しているようだ。 中国では10人前後のグループが、自ら交通機関を探して移動するのは、 とても大変なことだ。 夜8時過ぎやっと今夜の宿舎“浦江飯店(アスターハウスホテル)”に 到着。上海の摩天楼が立ち並ぶ浦東地区のライトアップが9時までだ。 夕食前に急いで外灘散歩へ。雨のため、森ビルやテレビ塔など上半分が 雨雲にかくれて見えない。さらに来年上海万博が開催されるため、 いたるところで工事通行止め。外灘散歩も十分楽しめずにホテルへ。 今夜の夕食も又遅くなった。晩御飯はホテルにある“上海早晨” ( shanghai morninngの意味)だ。晩餐なのにモーニングだって? 変だね。 薫製の川魚やフカヒレ小籠包など、それに上海ビール、8年もの老 酒。 本当に美味しかった。 エレガントで歴史のあるアスターハウスホテル(浦江飯店)は、 160年の歴史を持っている。世界の著名な人々に利用されてきた。 ウッドパネルの壁と、堅木の床を持つ洗練されたビクトリア期のバロック 様式だ。ダークウッドの伝統的な装飾が魅力。客室も広々としてとても 気持ちが良い。今夜はいい夢が見られるかも? つづく 2009/11/01(Sun) 22:28:32 [ No.98 ] |
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中国研修旅行(その7)拙政園、虎丘、蘇州水郷遊覧
一夜明けると雨。しっとりとした純中国風のこの旅籠。庭の木々が雨で 一層映える。昨日までの目まぐるしい動きが嘘のようだ。雨の音を聞き ながら、庭を眺めていると、いにしえの中国が想像される。次の機会にも また泊まりたい宿だ。 今日は蘇州市 内の見学。乗物は昨夜の白タクだ。張先生の交渉がうまく、 今日一日我々のリクエストに応えてくれるということだ。 まず拙政園。蘇州の古典庭園で最大4万㎡を誇り、明代庭園の典型を成す 名園。中国四大名園の一つだ。園内は東園、中園、西園の3エリアに分かれる。 敷地の半 分以上を占める池や堀の畔に、風雅な建物や回廊、橋などが 配されている。中でも遠香堂から望む蓮池は見事だった。世界遺産である。 広すぎてとても全部の庭を見る時間がない。全部見ようとすればまる一日は かかるだろう。 昼食は、今日の運転手兼ガイドである周さんが案 内してくれた。場所は 分らない(観前街?)が、“趙記”という店だ。蘇州名物の松鼠桂魚 (桂魚のスイートチリソース)は最高。白魚のスープも美味しい。 午後は、観光ツアーが必ず訪れる名所“虎丘”を遠景で見物。ここは 中国版ピサの斜塔(雲岩寺塔)だ。伝説によると、春秋時代に呉王・夫差が この地に埋葬された。3日後に白虎が突如現れ、墓の上にうずくまって墓を 守ったと伝えられ、“虎丘”と呼ばれるようになったといわれている。 この塔は、宋王朝の961年に建てられ、高さは47.5m。北へ15度くらい 傾いているらしい。傾いた原因は設計ミス?ではなく、地盤沈下によるとの ことだ。 このあと「東洋のベニス」と称される蘇州の水郷をクルーズした。 水郷に隣接した生活する人、観光名所になっている美しい橋などを眺め ながら、ゆっくりとした蘇州の時の流れを楽しんだ。 つづく 2009/11/01(Sun) 22:17:41 [ No.97 ] |
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中国研修旅行(その6)蘇州の夜
18:16南京発の新幹線で蘇州へ。およそ1時間半で蘇州駅に到着。 とても大きな駅なのに、ホームに照明が少なくかなり暗い。改札口は大勢の 人でごった返しだ。駅前には大勢の出迎えの人、客引き白タクなど。 10人乗りの適当の乗り物がなかなか見つからない。白タクとの交渉には かなり語学力と交渉力がいる。ここは張先生の腕のみせどころ。何とか 10人乗りの白タクワゴン車を確保。 我々より 先に所有者の荷物が乗って いたので、トランクと我々人間が折り重なった状態で、車に詰め込まれた。 まるで 我々も荷物のようだった。15 分ばかりで今夜の宿舎‘平江客桟’ へ到着。 わあ、何と素敵な宿舎だ!灰瓦にしっくいの白壁、蘇州旧市街平江区の 運河に面する石橋のたもとの一角にある平江客桟。 明の時代に建てられた 建物で、落ち着いたトーンの客室と、四合院風の庭で構 成。伝統的な蘇州 スタイルの住居が特徴だ。 アンティークな空間で、静かに中国茶を飲む。なんと優雅なことか…。 昨夜の夕食も遅かったが、今日も又遅くなった。さあ晩御飯だ。 ホテルから歩いて10 分位のところに観前街があった。四川料理で有名な “川福楼”へ入店。昨日からボリュームのあるものばかり食べたので、 今夜は比較的軽いものをオーダー。何んとビール(銘柄:純生、SNOW) まで軽かった。(アルコール度4%) 食事の帰りは昨夜と同様、足裏マッサージへ。少し怪しげな店だ。それでも 入店交渉。いっぺんに7~8人の入店は不可とのこと。結局近隣の居 酒屋で 一杯飲んで宿舎へ。 つづく 2009/11/01(Sun) 22:09:12 [ No.96 ] |
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中国研修旅行(その5)昼食から大急ぎで南京駅へ
昼食場所は夫子廟にある“晩晴楼”だ。夫子廟は、明清代の風格のある 建物が並ぶ繁華街に立つ廟のこと。南京市中心の南秦准河の近くに位置する この繁華街全体も夫子廟と呼ばれている。すでに、張先生のお母さんが 手作りの南京ダッグを持って、 我々の到着を待っていた。 この店では張先生お奨めの「南京小吃」(22種類の小料理が小鉢で出て くる)を食べた。合わせて、美味しい南京ダッグをごちそうになった。 南京ダッグはもちろん、南京小吃もとても美味しい。満足満足。 蘇州行きの指定 列車時刻が近づいていた。ホテルまでスーツケースを 取りに急いだ。地下鉄に乗り、南京駅へ。走れ!急げ!地下鉄から国鉄 南京駅に乗り換える乗客の何と多いことか。 我々一行10人は出来るだけ はぐれないよう並んで進んだ。しかしあまりの人の多さに1人見失った。 時間がないので、取りあえず9人は安全検査をパスし、駅の構 内に入った。 Nさんがいない。この時、もし小生が皆とはぐれていたら、小生はパニックに なっていたかも? 不幸中の幸いと言えるのか、見失った者は、中国出張ベテランNさんだった。 この旅行を親身になってお世話をしてくださっているKさんは、あわてる 様子もなく携帯電話でNさんの動きをキャッチ。窓の外を歩いていたNさんに、 隙間から切符を手渡し、Nさんも無事に駅へ入場。だが、指定の列車は出て しまった。夕方の列車に振り替えた。 さあ、また観光の時間が出来たぞ。幸い南京駅の目の前には、三国志に出て くる呉の孫権が水軍の訓練をしたといわれる玄武湖があった。周囲15kmの 公園。六朝時代は皇帝の遊び場だったが、現在は市民の憩いの場。ここで、 我々は玄武湖遊覧を楽しんだ。 つづく 2009/11/01(Sun) 21:58:36 [ No.95 ] |
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中国研修旅行(その4)中山陵
南京は江蘇省の省都であり、江南エリアの政治経済の中心となる大都市。 長江の河口から360キロさかのぼった盆地。中国三大かまど(南京、武漢、 重慶)の一つで夏の猛暑は有名。 一夜明けた9月20日朝、天気は晴れであるが、空は上海と同様スモッグが かかっているのか、灰色だ。今日も暑そうだ。これから中山陵を見学する 予定だ。ホテルからタクシーで中山陵へ。市 内のメインストリートには 大きなプラタナスが沢山あった。どの木もY字型に植えられている。木が 茂ってくると、この植え方が一番多く日陰ができるそうだ。ヨーロッパから 採り入れられた植え方で、日本ではあまり見られない。 車に乗ると交通戦争。南京も上海も同じだ。中国人はどうしてこんなに せっかちなんだ。メインストリートの交通信号が 分かりやすい。青も赤も 残り時間が秒単位で表示されている。三つ四つ先の信号も、のこり時間が 見えて、通過出来るかできないかの判断が可能。合理的な信号だ。日本も この方式を取り入れてほしいものだ。 地図を見ると、中山陵は南京駅から南東へ7~8キロのところに位置する。 そこは、革命の父といわれ、三民主義(民族、民権、民生)を唱えた孫文の 陵墓だ。 中山陵に到着。紫金山の麓に位置する広大な敷地。緑豊かな木々が茂り、 参道が上に向かって続いている。突然、聞きなれない 金属音?のような音が 聞こえた。これは何だ。中国の巨大な蝉の声だそうだ。大きなクマゼミを 虫眼鏡で拡大して見たような大きさなんだろうか?やっぱり巨大な国だ。 孫文は陵園の一番奥の祭堂に眠っている。祭堂の手前の階段には“國慶 60”の花文字が鮮やかに描かれていた。 次は灵谷塔へ登った。8階建の塔である。てっぺんまで上がれば南京の 市街地が一望。とても素晴らしい景色とか。小生高所恐怖症のため4階で 断念。張先生をはじめ数名は塔頂で素晴らしい景色を満喫。 そろそろお腹が空いたぞ。昼飯だ。 つづく 2009/11/01(Sun) 19:35:01 [ No.94 ] |
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中国研修旅行(その3)南京の夜
やっと南京だ。アッ素敵な帽子を被った女神だ。張先生の顔が見えたら 疲れがいっぺんに吹っ飛んだ。 (7月に張先生が「頑張って南京まで来てね。駅で待ってますからね」 と言われた。その時「頑張って来てね」の意味が理解できなかった。 しかし今回ドタバタ体験をして、 初めて簡単には南京に着けないことが 分かった。) 早速地下鉄に乗り換え、宿泊 先の金陵飯店へ向かう。地下鉄のチケット? が日本とずい分異なっている。チケットではなく、ブルーのコイン。入口で センサーにタッチし、出口でコインを穴の中へ投入しなければ通過できない。 車両は大阪の地下鉄と比べると、かなり奇麗で乗り心地も良い。 およそ10 分で金陵飯店。このホテルは中国が南京に初めて作った 国際ホテル(5つ星)ということだ。ホテルの近くには50階を超える 高層ビルが何棟か聳えている。とても大きな都市である。 ホテル( 金陵飯店)に荷物を置き、地下街を通って、レストラン (南京大牌擋)へ。そこに張先生のお母様がご 列席下さいました。 何と奇麗でお若いこと。まるでお姉さんのようだ。 張先生お奨めの南京料理。ザリガニ、上海ガニ、長江の魚料理等等… ごめんなさい。食べることに夢中で、ほとんど料理の名前を覚えていない。 料理もお酒も何と美味しいことか。日本で食べる中華料理と味が全然違う。 好吃!好吃! 夜の食事を終えて、付近の地下街を見渡すと、多くの若いカップルが 腕を組んで歩いていたり、携帯電話で話をしている。三宮や梅田の風景と ほとんど変わらない。 夜も更けてきた。今日は早朝から走り回ったので、小生も少し疲れた。 同室の先輩N氏とホテルへ帰って休息です。張先生をはじめ殆どの人は 中国名物足裏マッサージへお出かけでした。 おやすみなさい。Z Z Z・・・。 つづく 2009/11/01(Sun) 12:29:19 [ No.93 ] |
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中国研修旅行(その2)上海駅。
上海駅前はずい分広いなあ。やっぱり中国。人がメッチャ多い。 あれっ駅前広場へ行くのに横断歩道がない。歩行者信号がない。 車はひっきりなしに走っている。いつまで待っても車は停まらない。 恐いけど思い切って渡ろう。 さあ駅に入ろう。エエッ、改札も通っていないのに切符がないと 駅の構 内に入れないの?その上、乗客全員の荷物検査(凶器探知機を 潜り抜ける)もあるの?これじゃあ空港と一緒だ。 やっと検査も終わり、次はどこへ行くのかな。行 先別に指定された 待合室があった。中国では新幹線も、在来線も同じ線路を走っている。 南京行きの新幹線は第6待合室だった。 広い待合室だ。その待合室には数個の列車名が表示されていた。 我々の列車はD5436次 15:32発だ。まだ50 分ぐらい時間が ある。周りを見渡すと中国人団体客はいるが、日本人の団体はいない ようだ。日本人の団体といえるのは我々9人ぐらいかな。それにしても 沢山の荷物を持った乗客の多いこと。 列車待ちに、大きなカップめん (中国ではふつうの大きさ)を食べている人が結構いる。待合室には カップめんが食べられるようにどこの駅でも湯沸かし器が準備されて いるとのことである。 列車が入って来なければ改札口が開かれない。 列車が入ってきた。 改札口へ乗客が殺到。さあ大変だ。スーツケースを持った 我々も あわてて改札口へ。人が多くてなかなかホームへ降りることが出来ない。 ホームへ降りたが、指定の席は一号車ではるか向こうである。それ急げ。 ホームは人が多くてなかなか前へ進めない。 列車が出てしまいそうな 気がして途中で列車に乗り込み、人をかき 分け車 内通路進んだが、 途中で行き止まり。前の車両に移れない。あわててホームに飛び降り、 また前の車両に乗り込んだ。やっとの思いで一号車にたどり着いた。 指定席なのに席が空いていない。中国では指定席でも自由席でも 関係ない。 先に乗った者が座ってしまうのが常識だ。 そこは僕の席だ。ほっと一息。新幹線の乗り心地は快適である。 つづく。 2009/11/01(Sun) 12:11:57 [ No.92 ] |
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中国研修旅行(その1)出発から上海空港。
9月19日朝8:40頃、関西空港4F国際線Gカウンター付近に並んでいると、 「サンテレビです。どちらへお出かけですか?」との質問から、 我 々の旅は 始まった。 今回の旅行メンバーは9人。小生とMさんは初めての中国旅行。Kさんと 年金トリオの1人であるNさんは何回も中国出張をしている旅行の大ベテラン。 他の5人も中国旅行経験者であるが、概ね旅行社のセット旅行経験といった ところである。 飛行機嫌いの小生、20年ぶりの海外旅行。ワクワク、ドキドキ・・・。 11:10上海浦東空港到着。さあバスに乗り換えて上海駅へ。 バス代1人22 元。バス停で上海駅行きのバスを待っていると、 タクシー手 配師のようなおっさんに声をかけられた。 「 兄ちゃん何処まで行くんや。上海駅か200 元でどうや。」 「あかん、高い。バスで行く。」「バスなんか乗られへんで、それに 駅まで60キロ、1時間半かかる。うちの車やったら40 分で着くで。」 「バス来た。みんな乗ろ」。「エエ!指定席で1~2人なら乗れるが、 9人はだめ。」 結局1台150 元、計3台で交渉 成立。さあ出発だ。高速道路をビューン。 神風タクシー。交通規則はないの?バスも自家用車もみんな平気で割り込み 運転。空間があれば早者勝ち。直進優先?そんなの関係ない。左折右折も 早いもの勝ち。歩行者信号なし。歩行者だって車の間をぬって平気で横断。 きゃーこわい!とても 我々には真似ができません。でもじっとしていたら いつまでも横断ができない。 やっとの思いで上海駅へ到着。車を降りたらぐったり。ああ疲れた 。 つづく。 2009/11/01(Sun) 11:49:45 [ No.91 ] |
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