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おしゃべり掲示板
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No.3032 治験の話。 投稿者:えりりん@ - 2009/10/01(Thu) 20:54:03 [返信]  
ラジカットの治験、終了し、最終的に、プラセボとの差異がなかった故に、承認されなくて、承認をお願いしに、厚生労働省に出向いたらしい。・・との話を聞きましたが、・・
 無謀です(笑) 治験は、失敗です。お疲れさまでした。失敗した試験を合格にはできません(合格=承認) 医薬品の世界の厳しさを知りましたね。 で、アレ?と、気がつく患者さん、賢いです。よく、考えると、ん?なんで、承認されている薬があるのって?気が付くでしょう。
*個人情報には気をつけましょうね。年齢も個人情報ですね。どこで、情報が独り歩きしているか?わかりませんよ。*



No.3028 介護について 投稿者:サリーちゃん - 2009/09/02(Wed) 15:08:52 [返信]  
3年前ほどこちらにおじゃまして以来お久しぶりです。
姉がALSと診断されて3年経ちました。今は食事や呼吸はほぼ問題ないのですが、言葉がかなりわかりにくいのと手足が不自由になりトイレのみ自力で(かなり時間はかかります)行っています。
両親(70歳と72歳)が毎日姉の家に通って介護をしています。夜姉のご主人が帰ってからはご主人が介護しています。介護と言ってもトイレの手助けと食事の手助けで、寝返りもできるし、週に2〜3回は車いすでショッピングセンターに出かけたりしております。
その介護なんですが、両親は毎日、姉宅の掃除・洗濯・片づけを主にしているんですが、家族の協力があまり得られず、洗濯は毎日山のようにあり、大変みたいなんです。
もちろん家族にはそのことを協力してくれるように頼んでいるようですが、両親が介護をするのはあたりまえの様になっているようなんです。
また、別の問題もあります。姉はこの病気になるまえから「人格障害」を少し患っているようで精神的に不安定になるため両親はいつもひやひやしているようです。
私は遠方にいるためなかなか介護の手伝いなどはできないので、つらそうな母に介護ヘルパーを頼めばとアドバイスしたのですが、姉の家族が絶対に他人に頼みたくない!と拒否するため結局母に全て負担がかかる状態です。
あじさんのホームページにはかなり助けられていますが、介護は介護でも人工呼吸器をつける前の介護について、アドバイスを頂けたら助かります。
ながい質問になりましたが皆様の意見を聞きたいです。


  
No.3029 Re: 介護について 投稿者:おぎの - 2009/09/04(Fri) 23:55:03
 えーと、知人のところも最初は本人が嫌がって、ヘルパーさん等を頼まなかったそうなんですが、そのうちに入浴の介助でお母さんが腰を痛め、入院して手術が必要になった時に、訪問看護の方から助けてもらって、そこから徐々に慣れていったようです。
 「訪問看護」の方からまず入ってもらえば、医療行為の一環なわけですから、拒否しにくいでしょうし、そこから広がっていくということがあるのではないかと思います。

 それから、うちの祖父母が齢で介護が必要になった時に、やはり他人を入れたがらずに、しばらく母が家事全般をやるような格好になったのですが、そのときは、「母が大変なので、その手伝いにボランティアの人にきてもらう」というところから、外部の人に入ってもらいました。
 これだとあくまで介護の主体は、今まで通り親族な訳で、まだ抵抗は少ないのではないかと。ただこれは、最初は市のボランティア制度の利用からだったので、うまいことヘルパーさんで最初から出来るかどうかわかりませんが。


  
No.3030 Re: 介護について 投稿者:サリーちゃん - 2009/09/07(Mon) 10:55:47
おぎの様、アドバイスありがとうございました。やはり他人はちょっと・・・という方がおられると聞いてうちだけじゃないんだと安心しました。
ちなみに訪問看護はすでにお願いしていて週2日ほどリハビリをしています。その方からも介護ヘルパーの申し出があるようなのですが、なかなか首を縦に振りません。
母が頑張るしかないのですが、そのうちやはり限界が来るでしょうからその時また話合いをしようと思います。
私が介護の手伝いをほとんどしていないので、なかなかアドバイス出来ないのです・・・
ただ、他人がいやだと言っていても徐々に慣れていったおぎのさんの例もあるので前向きに検討していこうと思います。
ありがとうございました。


  
No.3031 Re: 介護について 投稿者:aji - 2009/09/28(Mon) 07:58:46
お返事が大変おそくなってすみません。ブログ再開してそちらに毎日書くようにしていましたら、こちらがお留守になってしまいました。

呼吸器をつける前もつけた後も、他人の介護を受け入れることはなかなか難しいようです。ただ、家族だけではどうしても無理。ギブアップで恐ろしいことにならないようにできるだけ早期から他人の手助けになれておきたいもの。

お姉さんのケアチームではケアカンファレンスは、たびたび開催されていますか?まずは、おぎのさんがおっしゃるように、訪問看護がヘルパーを入れて全体的な支援する感じで、家族の負担を減らす方向で、訪問介護を使っていくようにしたいです。サリーさんは遠方で歯がゆい思いをしてらっしゃるでしょう。お母さんが倒れた時に、遠方の妹さんが戻ってきて介護してほしいなどといわれないように、地域で支えていってもらいたいです。



No.3026 こんにちは。 投稿者:くまごろう - 2009/07/16(Thu) 13:35:02 [返信]  
暑い毎日が続きます、如何がお過ごしでしょうか?。
此処の処、4週続けてディズニーシーへ出掛けています、
ミツコの運が良いのか雨予想では曇り、カンカン照りかなー
っと思えば曇り空に気持ちよい風がそよぎ、
此処2〜3ヶ月がウソの様に状態が良く成っての外出
です。


  
No.3027 Re: こんにちは。 投稿者:aji - 2009/07/22(Wed) 00:25:12
つい先日、テレビでディズニーシーのショーをやってました。観客もびしょびしょになってました。
私はまだ一回もシーには行ったことないんですが、夏はゼッタイにシーですね。
ミツコさんも体調良くてよかった。これもディズニーへの外出が心身のリハビリになっているんでしょうね。



No.3023 看護学雑誌 投稿者:おぎの - 2009/07/02(Thu) 23:10:10 [返信]  
なんでも、医学書院の「看護学雑誌7月号」で
<古武術介護にできること>が特集されてるそうです。
何かの役に立つかも。。

http://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=33207

おや、どこかで見覚えのある名前の方も記事を…


  
No.3025 Re: 看護学雑誌 投稿者:aji - 2009/07/10(Fri) 22:58:39
じつはDVDのほうにも出てます。
うちの事業所のヘルパー研修にも来ていただきました。
楽しかったですよー



No.3020 こんにちは 投稿者:くまごろう - 2009/06/13(Sat) 13:54:16 [返信]  
訪問看護師さんの助言もあり、廃用性症候群を軽減させる
目的でスプリング・カーニバル真っ最中のディズニーシー
へ行って来ました。
長い時間は無理でしたが、ミツコも2ヶ月ぶりのディズニー
を楽しめたようです。


  
No.3021 Re: こんにちは 投稿者:aji - 2009/06/18(Thu) 05:56:29
くまごろうさん。おはようございます。
久しぶりのディズニーランドを満喫されたようでよかった!
くまごろうさんは、ディズニーランドによく行かれるけれど、年間契約?みたいな会員なの?入場料がけっこうするので、いつも、どうしているのかなあと思って・・・。それともその辺は必要経費と割り切ってるの?


  
No.3022 Re: こんにちは 投稿者:くまごろう - 2009/06/22(Mon) 13:46:20
こんにちは。
又々、行って来ましたー。
20日(土曜日)に年間パスポート購入の為にディズニー
へ午後から行って来ました、今年は既に外出は無理かなー
と思えるほど体調が落ちて居たので年間パスポートの
更新は見送って居たんです。
しかし、ミツコは年間パスポートを購入しないと、私が行く
気にならずもう連れて行って貰えないんじゃ無いかと
思って今欲しいと言い出しました。
色々考えると〔後の経済的に〕??んなんですが、
後に悔いを残さぬ為にも頑張っちゃおうかと言う事に
成ったんです。
年間パスポートは通常45000円で一年365日OKなんです、60歳を過ぎるとシニアパスポートってのが在り
年間35000円とお得に成っています。
ワンデーパスポートでは此れだけリピート出来ません、
何んの楽しみも無く一生懸命に働いてくれたおかあちゃん
スッテンテンに成ってもしょうがないって思ってね、
其れに此れはおかあちゃんの生命保険生前給付からの
出費でもありおかあちゃん楽しませてやんなくちゃって
思っています。
後の事を考えたら何も出来なく成っちゃいます、
まぁ、大きな子供が居るから何とかしてくれる事を
信じて居るだけです。


  
No.3024 Re: こんにちは 投稿者:aji - 2009/07/10(Fri) 22:57:16
久しぶりに来ました。
パソコン壊れちゃって。


やはり年間パスポート購入されていたんですね。
今年もTDLの画像をお裾分けしていただけそうで
よかったです。みつこさんに感謝!





No.3017 5月の薔薇 投稿者:aji - 2009/05/03(Sun) 11:24:08 [返信]  
うちのマンション築40年っていうから骨とう品みたいな建物なんですけど、庭がきれい。今はバラやつつじ、花壇の花々が咲き乱れていてマンションの園芸クラブの人たちに感謝感謝。一応私も園芸クラブの若手でございます(幽霊部員ですが)。今日いただいたバラの写真はさくら会の中村さんちのマリアカラスです。


  
No.3018 Re: 5月の薔薇 投稿者:いちぞう - 2009/05/08(Fri) 22:29:30
ajiさん、お久しぶりです。
私は今のマンションより築40年のマンションの方がず〜と風情があって好きです!
あらっ!園芸もなさるとは・・・
やはり、バラは品格がありますね、ましてマリアカラスなんて・・いろんな物語を想像してしまいます。(ajiさんに似合いそう!)


  
No.3019 Re: 5月の薔薇 投稿者:aji - 2009/05/10(Sun) 01:47:23
いちぞうさま

一応、この近辺ではもっとも古いマンションで、当時は新聞が取材したそうです。住民層も文化人が多いので風情だけは負けないかも。しかし高齢化してます。

日本のバラはあっという間に咲いて、あっという間に散りますねえ。ロンドンでは一ヶ月以上咲き誇っていたというのに。気候があわないんでしょうねえ。



No.3015 清水由貴子さま 投稿者:くまごろう - 2009/04/27(Mon) 12:47:46 [返信]  
ajiさん、今日はひとり言いわせていただきたくて
おじゃましました。
みなさんも同じだと思いますが、清水由貴子さんと
オーバーラップする事が多くてニュースを観ては
情け無いですが涙して居ります。
一度は浴びたスポットライトを自ら捨てて介護に専念し、
パートタイマーで生計を立て、霊園でトイレ介助、
墓所まで行き手を合わせる、其の道筋に何を思いながら
他人に気付かれない様に装い、自らこの世に別れを告げたの
だろうか。
心の中では〔誰かたすけてー〕と叫んで居たんでは無いかと
思うと尚更に涙が出てきちゃうんです、後に続く人が出て
来ない事を祈ります。
その人そのひとで無いとわからぬ心の叫びを、清水由貴子さんのパターンを繰り返さない様に救い上げてくれる介護者の
心のヘルパーさんみたいなものと、安心して介護に専念できる
介護者の為の生計保護制度の確立が必要だと思います。
様々な手当てが在りますが、其れは身障者自身に生計の足し
には成っても介護に専念して収入の道を絶って居る介護者の
生計までは十分なものでは無い現実です。
そして重度心身障害者手当て、国は一律月額26400円
ですが、各都道府県&市町村では東京都が月額60000円
なのにわが市では月額6000円と財政に余裕の在る都市部と
財政逼迫市町村部での地域格差が大きい。
全てを国の制度で一律で生活保護程度の支援は必要だと
思います、心の問題は地域でのコミニケーションを計る事で
良く成る事と思いますが生計費は如何にも成りません。
此れはバカな男のひとり言と聞き流してください。



  
No.3016 Re: 清水由貴子さま 投稿者:aji - 2009/04/27(Mon) 23:56:15
くまごろうさん

在宅介護で思いつめない家族なんて、いないと私も思います。
清水由貴子さんは相談できる人がいなかったんでしょうね。
生活苦や睡眠不足、外出も制限されてはお友達もだんだんいなくなってしまいますし、鬱にもなりますよ。この事件が社会の介護者たちに悪い影響を与えないことを祈ります。

ヘルパーのワーキングプアは話題になったけど、家族介護者の生活苦は取り残されてしまっていますね。
ALSの家族は特に現状肯定してきましたが、辛さを大声で叫べないのは、そう言ってしまえば、新しい患者さんのご家族が治療に消極的になってしまうかもしれないし、自分のめいってしまうからです。
でも家族介護の辛さを世に問い直して、家族に対する支援を引き出すことも、そろそろしないといけないと思いますが、どうでしょうか。家族の救済は当事者運動とぶつかるリスクもありますね。



No.3003 はじめまして 投稿者:estei - 2009/03/26(Thu) 01:07:05 [返信]  
・・・先日の「TILベンチレーターネットワーク設立記念学習会」で、TLSのこと、柳田氏の発言などについて質問させて頂いた者です。当日は、お疲れ様でした。僕にとっては、とても有意義な会でした。

突然の書き込みをお許し下さい。色々と検索していましたら、ここのHPを発見しまして、僕の考えていることと深く通ずるものを感じましたので・・・。
もしも文章が場違いでしたらご指摘下さい。

生きることと死ぬことについて考える、ということは自分の持続的なテーマとしてあったのですが、一年ほど前より、「尊厳死」とは一体なんだろうか、ということについても考え始めました。

きっかけは奇しくも立岩さんや小泉さんと同じ大学で教鞭をとられていて、自死を遂げた須原一秀という方の「自死という生き方−覚悟して逝った哲学者」という著書を読んだことでした(感想はamazonの書評欄を参照していただければ幸いです)。


最終的には「寝たきり」の方やTLS状態の方たちに、人としての、もしくは生き続ける「価値」があるか否かの問題に帰結するのだと思いますが、私見では、何事かを感覚・感受すること(ボディタッチもしくは気配などによる感情の交流、季節の移り変わりに気づく、音楽と深く響きあうこと、等々々)が出来ることには大いに価値があると考えますし(フランクルは「態度価値」と呼んでいますね)、それが不可能であっても、生きるということは不断の成長の過程であるとするトランス・パーソナル心理学の考え方からすると、昏睡状態の方の内部では何らかの成長のプロセスが続行中である可能性があり、それを人為的に中断することは望ましくないという見方もありますね(A.ミンデルなど)。

多くの方が避けようとし、「尊厳死」へ向かう理由の一つである「末期の痛み」でさえ、当人にとって何らかの意味がある可能性があると言う人もいます(吉福伸逸氏)。


なかなかこのような方面からの考察は実証も難しいですし、正式な学問の場ではなかなか取り上げられないことだとも思いますが、実践的には意味のあることではないかと思っています。

そして何よりも、彼(彼女)らは肉体としてそこに「ある」のではなく、そこに「いる」のだということ、そのことにこそ「尊厳」の名が与えられてしかるべきだろうと思います。

初めて書き込ませていただいたのに、無粋な文章ですみません。長文失礼しました。HP、とても濃厚な内容ですので今後も参照させていただきます。私のひととなり(?)は、O田さんにお問合せいただければと思います。

大変失礼しました。



  
No.3005 Re: はじめまして 投稿者:aji - 2009/04/03(Fri) 22:30:37
あの時は、時間がなくて私としては、本当にありがたい質問をしていただきながら、まともなお返事ができずすみませんでした。自立支援の集会だったので「死ぬ系」の話題は遠慮してしまった、とういこともありました。

「そこに「いる」」ということに「尊厳」があるとは、本当にそうだと思います。人間同士だから感じあうことができるのでしょうか。。いえ、身近な存在ならたとえ動物であろうと、それがどんなに重い病気で動けなく苦しんでいたとしても、その存在は言葉に出せないほど大切なのは言うまでもないことです。
介護をめぐって、さまざまな意思が働くけれども、大事なのは他者の苦しみをどのように感受するかということだろうと思います。家族は弱い。慈悲が生じやすい関係です。でも、また一方で、家族ほど強い絆はないともいえます。

ここの掲示板の常連のひげさんも、ついこないだ、奥様を看取られました。ちびさんは最期はひげさんの腕の中で逝かれたそうで、私はそれを聞いて、なんて幸せな人なんだろうと羨ましかった。ちびさんの人生は、最後の10数年をALSで過ごし、最期は癌に侵されて、想像できない苦痛もあったと思いますが、それでもなお、もっともっと生きようとなさっていた。横浜市立病院の病室で見たちびさんの笑顔と、ひげさんがちょっと席を外した時に見せた泣き顔が、思い浮かびます。

先ほど、呼ネットのMLを拝見して、Tさんが投稿されていましたが、この方だなとピンときました。
また実際にお話する機会があるでしょうから、その時は声をかけてくださいまし。


  
No.3007 Re: はじめまして 投稿者:estei - 2009/04/13(Mon) 23:10:44
お返事、ありがとうございます。

今となっては、病院での最期を家族の腕の中で
迎えることができる方も、少なくなりつつあるのでしょうかね。父の時には私が頭を腕で抱えていましたので、
最期の瞬間がはっきりとわかりました。

ひげさんとちびさんのお話を読ませていただいて、
やはり「尊厳」という言葉は、(もしその言葉を使うのであれば)精一杯生きた方にこそふさわしいと思いました
(より暖かで柔らかい表現があればよいのですが)。

ひとは身近な者の寄り添いや覚悟を感じることができれば、
そう死を急ぐ選択をするものではないのではないか。
事はそう単純ではないでしょうが、そう思いました。






  
No.3008 Re: はじめまして 投稿者:ひげ - 2009/04/14(Tue) 01:48:26
esteiさん、はじめまして。ひげです。

ちなみにajiさんがお見舞いに来てくれた時は、
抗がん剤の治療の為の入院中の事でして、
ちびが逝ったのは病院ではなく、自宅の自分のベッドでです。
それも日中汗をすごくかいていたので、
夜寝かせる時に清拭をして着替えさせている最中に、
私の腕の中で静かに眠るように息を引き取りました。

最後の一週間はほぼ昏睡状態になってしまいましたが、
それまではALSになって13年半、頑張って精一杯生きてくれました。

私には難しい話は分かりませんが、
ちびはもっともっと生きていたかったのだと確信しています。
でもそれを許しては貰えなかった・・・。(T_T)


  
No.3009 Re: はじめまして 投稿者:aji - 2009/04/14(Tue) 07:36:07
ひげさん。
ちびさん、天使になってしまったわ。
かわいい羽が似合いそう。
私はちびさんに見守ってもらっているような気がしてる。
ちびさんだけでなく、亡くなったALSの人たちに。
それだからがんばれること、たくさんある。


今夜も厚労省の「終末期医療の在り方懇談会」に橋本さんと呼ばれています。参考人なので意見はできず、ただ同じテーブルについて、報告者ににらみをきかせるだけなんだけど、お隣には尊厳死協会の井形さんが座っているわ。

延命反対派からは、家族の諦めが悪いから、終末期に過剰医療になるといわれる。でも私たちみたいに10年以上も介護してきて、わかるけど医療は決して過剰じゃなかったよね。
生きてもらうために必要なものでした。

意思伝達ができなくなっても、ただ母親のぬくもりが愛おしくて、死なせるものかと必死だった。それも家族の、娘のエゴだというのなら、私たちは世界一のエゴイストかもしれない。ならエゴを誇りにしていくわ。





  
No.3010 Re: はじめまして 投稿者:くまごろう - 2009/04/14(Tue) 16:28:22
esteiさん、始めまして横レスに成って仕舞いますが
お許し下さい。

しげさんお悔み申し上げます、奥様との人生に区切りを付ける
事など出来ませんでしょうが天命を持って旅立たれたものと
拝察させて頂きます。
発症から14年目に入り私にも近い未来に其の時がと思って居ります、出来うるので在れば天然自然の道を通り天寿を
まっとうして天空の星と成ってくれることを願っています。

ajiさんエゴ大いに結構ですよ、其れに拠って苦しむ人が
在るので在れば別ですがajiさんの其のパワーが在ればこそ
出来たお母様との人生だったんじゃ無いかと思います。

医療の進歩と命、難しい問題ですが本人以外が勝手に
区切りを付けちゃいけない事なんだと思って居ます。
しげさんの奥様が逝った様に、ajiさんのお母様が逝った様に
そしていちぞうさんのお母様が逝った様に、自身が天命を
待って静にそーっと旅立たれる事こそが天然自然の道なんだ
ろうととも思って居ます。
介護に専念してみて、後に悔いを残す事だけはしたくは
無いと思う反面、明日の読めない生活がこんなにも
苦しいものなのかとのジレンマが鎌首を擡げてもきています。


  
No.3011 Re: はじめまして 投稿者:estei - 2009/04/14(Tue) 23:45:23
ひげさん、ajiさん、くまごろうさん、
こんな無粋な書き込みにレスを下さって、ありがとうございます。
ちびさんが逝かれたのはご自宅だったのですね。
ひげさんやajiさんの愛情、そのほんの一握りの分量でもよいから自分にもあればよいと、思わずにはいられません。

くまごろうさん、本人以外が勝手に区切りをつけてはいけないとの由、僕もそう思います。とはいえ、迷い(ジレンマ)も、当然ありますよね。迷いつつ、動揺しつつ、やっとの事で生き抜いた、まっとうできた、という事でいいのではないでしょうか(勝手なことを書いてごめんなさい)。そこを
「格好よく」「解りやすく」済まそうとする私たちの気持ちが過ちを犯すのではないか・・・・そんな気がします。


  
No.3012 Re: はじめまして 投稿者:いちぞう - 2009/04/15(Wed) 23:43:00
はじめまして、esteiさん

私も母を看取って三ヶ月が過ぎました。母が存命の頃一番心を砕いたのは「ある」と「いる」の違いでした。話すことも、指の先ひとつも動かすことのできなくなった母。人は簡単に「あんな身体になってまで、、、」「家族に迷惑はかけたくない」と言う。それは五体が正常な者からの一元的な視点からで、二次元、三次元とあるように私達からは見えない判らない価値、感覚があるのだと信じています。本来は私達が論じることも決めることもできず、とことん、、しかないような気がしています。そのとことんの為何ができるのかが先のように思えてなりません。


  
No.3013 Re: はじめまして 投稿者:estei - 2009/04/16(Thu) 15:00:42
いちぞうさん

ありがとうございます。お母様を亡くされて間もないとの事、まだ悲しみの最中でいらっしゃることでしょうね。お察しします。

>五体が正常な者からの一元的な視点からで、二次元、三次元とあるように私達からは見えない判らない価値、感覚があるのだと信じています。

私もそう思います。

少し、父の最期について書いてみます。

父の最期は、癌の転移により大変苦痛の多いもののようでした。本人の希望で 、最期はモルヒネによる痛みの緩和をほとんどしていないようでしたので(しばらく投与されていた体験から、意識の混濁や幻覚を嫌ったようです)、逝ってしまう前日には一晩中痛みでうなされておりました。

不思議なことに私にはその時、この苦しみをなくしてやりたいとか早く終わらせてやりたいという考えが起こりませんでした。
父は人生最期の大きな仕事を成し遂げようとしている。そして「俺の最期をしっかりとその眼で見届けろ」と言われているようにも感じたのでした。同時に私の身体は自然に父の痛みに共感していました(もしくは共感する態勢に入っていました)。

楽にさせることだけに意を注ぐのではなく、「最期の仕事」を成し遂げようとする者の傍らで共に苦しむこと。父の死んでゆく姿を目を逸らさずに、しっかりと見届けること。既にその二つのことしか考えられなくなっていたのでした。今でもこのことは間違いではなかったと思っています(私たちが論ずることも決めることも出来ず・・・に同感する立場からすれば矛盾をきたしていますけれども)。

死の瞬間、父はそれまでずっと閉じていた両眼を見開き、そり反り何かを吐き出すような仕草をしました。まるで父ではない何ものかに突き動かされるようでした。私は父の頭を腕で抱えていましたので、それを吐き出し終えると同時に身体が冷たくなり始め、顔色から血の気が失われていくのがはっきりとわかりました。「生きている」ということと「死んでしまった」こととの違いをこれほど劇的に実感したことはありませんでした。

この体験と、介助に携わらせて頂いている経験から、それがどんな状態であれ生きている方の身体に触れることは、私にとって心理的な「温かみ」と「喜び」(この表現はもっと吟味される必要があると思いますが、私の実感・体感としてとりあえずこう表現しておきます)の感覚を生起させるものであり、死んでしまった方(の身体)にはそれがないということが言えると思います。相手の身体において本来あるべきはずの「何か」が失われている時、私の(感情を含む)体感からも、何かが失われています。

いちぞうさんも書いて下さったように、「いる」ものと「ある」ものとの違い・・・・その二つに実際に触れたとき、私たちの身体もしくは心のうちに生起する感覚はどのように違っているのか。そのことをもっと感じ・考えてゆくことは必要なのではないか・・と思っています。

数ある論議の場において、看取る者や介助する者、医療を施す者の「体感」があまり問題にされないことに疑問を感じています。様々な主張や逡巡を超えて、実際に「尊厳死」「安楽死」を施そうとするまさにその場で、その役割を担おうとする医師の心中に生ずる「罪悪感」(もしくは明確に言語化はされなくとも、それに近いもの)が主題化されないのは何故なのだろうか(もっとも、それらを施すことに喜びを感じるという医師もいないとは限りませんが)。これを私は主義・主張の問題ではなく「体感」の問題だと考えていて、その方向から「死なせない」倫理を構築できないものかと、思案中です。



また長くなってしまいました。このような投稿がこの掲示板の主旨に適っているものかどうかもわかりませんし、不快に思われる方がいらっしゃらないことを祈るばかりです・・・

みなさんの暖かい返信に感謝しています。


  
No.3014 Re: はじめまして 投稿者:aji - 2009/04/26(Sun) 08:14:35
いちぞうさん、
きっとお店は春の装いでしょうねえ。

esteiさん、
長い投稿、読み応えがある問題提起、大歓迎です。
私たちみたいな考え方をする人は、少数派のようですが、でも、これは肉親や友人の苦しみから学んだことだから、それでもなお、生きてほしいと家族が願うことは、自分勝手な思い入れや傲慢ではないはずです。

一昨日も義理の弟が、父親に尊厳死するように説得するというがいいのか、という問い合わせの電話がありました。
なんというか、尊厳死を説得ってすごいなあ、と思います。
本人は家族さえ、許してくれるのなら呼吸器治療を受けたいと言い出したそうです。それまでの意見を変えてきたそうで。

私も最初のうちは、白状しますが、まったくそう、同じように考えていました。だからALSの父親を死んだほうがましだと、説得したくなる気持ちもわかります。

私の母がしぶとかったんです。それで尊厳死の説得も失敗し、呼吸器装着後は13年間も生きてくれました。だから、死の自己決定の胡散臭さは、体験して知りました。
こういう体験もまた体感ということでしょう。
癌の緩和ケアは痛みをとるために必要と思いますが、
お父さん、すごいですね。

ALSの緩和ケアは限りなく安楽死に近いです。
呼吸器をつかって苦しみを緩和することを、私たちは緩和ケアと呼ぼうとしていますが、欧米と同様にモルヒネを使って苦痛をとるほう、死を帰結とするほうが主流です。



No.3004 追記 投稿者:estei - 2009/03/26(Thu) 12:49:23 [返信]  
お母様を看取られたお話、読ませて頂きました。
大変でしたね。僕も一昨年、父を癌で亡くしましたが、病室で看取った時の事を久々に思い出しました。

「同じ天井ばかり見ていられるのが安心で楽だったと、・・」以下4行のところは、当事者やご家族の方々でなければなかなかわからないことでしょうけれども、共感できる気がします。私たちが想像するよりも遥かに豊かな時間を過ごされているのだろうと思いました。


  
No.3006 Re: 追記 投稿者:aji - 2009/04/03(Fri) 22:33:07
「同じ天井ばかり見ていられるのが安心で楽だったと」
叱る人もいると思います。
こないだは、眠らせて苦痛をとるといったら、安楽死賛成の人に叱られましたから。

このようなことを、たくさん議論しなければならないので、ちょっと何ができるのか、清水哲郎さんと立岩さんと模索してます。夏ごろ、尊厳死関係のイベントになるかも・・。



No.3001 貴ホームページとのリンクのお願い 投稿者:山崎弘文 - 2009/01/08(Thu) 14:50:33 [返信]  
突然のメールの非礼お許し下さい。
私 「身障者による身障者のためのホームページ」と言うホームページを立ち上げております。
読者からのご要望で、「自分と同じような怪我の方のホームページを探してくれないか」
というご依頼があり、検索してみると意外と探すのに苦労しました。
各々皆様のホームページを拝見すると、勇気をもらったり勉強になったり、
病名は異なるのにもかかわらず、同じような症状があることに驚いたりしました。
また、ホームページの作り方でも多々参考になる点がありました。

このような思いから、同じような境遇の方々の輪を広げようと「リンク集」としてまとめてみました。
また、PROFILEを併設し読者の方々が同じような方を見つけやすく工夫いたしました。

このようなことから私のホームページに貴ホームページをご紹介、リンクをお許し頂ければと思います。
コメントは貴ホームページから転用しましたが、
文章の変更をご希望されることがありましたらお気軽にお申し付けください。

ホームページ トップ  http://www.save-us.net/
ここから「LINK集」 「介護されている方々のホームページ」 をクリック

許可待機中のページ(非公開)  http://www.save-us.net/approve/link-h.html
許可がいただけたものから本来の公開用ページに移させて頂きます。


  
No.3002 Re: リンクのお願い 投稿者:aji - 2009/01/08(Thu) 23:37:25
最近まったく更新をしていないので、情報は古いのですが、お役に立つようでしたら、リンクしてください。

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