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我が家の三者三様。。
この時期に活躍しているのが、我が家の火鉢たち。。
薪ストーブがメインの暖房ではあるけれど部屋のところどころで、暖を補ってくれています。三者三様で、ひとつは陶器もの、ひとつは角火鉢、ひとつは切り株をくり抜いた物。それぞれに趣もあって、長所も短所もあります。

陶器のものは一番のお気に入り。
淡い釉薬で描いた桜の彫りこみ絵柄が、とっても上品で素敵です。陶器ものは、火鉢に火をいれると、手を触れられないぐらいに陶器が熱くなります。火傷まではいかないけれど触ると熱いので用心が必要。でもこの熱いのが陶器の魅力であり、冷たい足先(靴下ごしに)を火鉢の縁に乗せると、足が暖まります!

角火鉢は繊細なホゾや組み物によって製作された一品。指物職人のしごとです。線の細い華奢なつくり、角は全て坊主面に仕立てられ、取り手も主張しすぎず、材の欅の美しさを引き立てるように意図された繊細で柔らかく品の良さを感じさせる納まりとなっています。角火鉢も個性いろいろです。ゴツゴツした骨太の粗野な物から、装飾的なものまで。そこに指物職人たちの個性があらわれています。こちら角火鉢は小さいから持ち運びがしやすいのが一番利点。ただ小さいからあまりたくさん炭を燃やすと、縁の木が傷んでしまいます。

最後は、欅の切り株の火鉢。実はこちらは建て主さんより頂いた一品。代々木地師の家柄の建て主さん、家を壊すことになり、そこにあった火鉢を頂きました。
木地師だったお爺ちゃんが製作されたみたい。大きな切り株の火鉢は、ちょっとしたカフェテーブルがわりに使えます。私はこの上で花を飾ったりとディスプレイ用の飾り台として使ったりもします。炭をいれると、それだけで雰囲気のある火鉢となります。難点は、重たすぎるので簡単には移動ができません。

その他に我が家のは、あと二つ、長火鉢があります。小さな小抽斗つきの火鉢で、七宝焼きの引き手がついています。こちらも指物職人の品の良さが感じられる一品で、陶器の火鉢と並んで私のお気に入りです。。

今の住まいに引っ越ししてくるまで、借家のため薪ストーブが設置できなかった為に、こんなにも火鉢が増えてしまいました。我が家の徳さんが石油ストーブでは、気分が悪くなるのもあって、火鉢暮らしだったのです。この時は、火鉢でダッチオーブン料理などもしたりと、かなりフル稼動して使ってましたっけ。今おもうと、ちょっとスゴイ..。

個性いろいろの火鉢に囲まれて、火のある暮らし。
心惹かれる炭火の灯り、薫り、穏やかな空気。
なんとも言えないほど私は好きですね。。
2011/02/12

恒例の・・
この時期、ちょっと落ち着いている私たちです。。
昔ながらの家づくりをしていると、秋から冬にかけてが忙しい。。
寒伐りの材を入手するために、図面を完成させ、見積もりをし、見積もり調整後に工事契約、材の発注となります。そうなると必然的に、設計の仕事にも旬というものができてくる感じなのです。また秋は稲刈りなどの収穫物が山ほどあって、自給自足半農半設計の私たちとしては大忙し!
この頃やっとのこと、この慌ただしさも落ち着いてきたところ。。

さて、この落ち着いてきた頃合いに具合良く、恒例のヒジキ狩りが、私たちにとっては欠かせないこの時期の行事となります。
一年分のヒジキを収穫して乾燥。たくさんの友人たちの分や建て主さんへのお裾分けも考慮して、まあこちら半端でない量をストックします。

ヒジキはいつでも収穫OKと言うわけにはいきません。満月と新月の潮がひく寒の時期。その時を見計らって収穫します。人間のご都合ではヒジキ狩りは出来ません。何をさて置き、満月・新月にはヒジキ狩りなのです!

第1回目のヒジキ狩りは真夜中の1時すぎに開始。2時間ほど刈ると潮が満ち始めて終了。潮は人の都合に合わせてはくれません。なんだか自然のめぐみを頂く時、山の木も然り、自然のリズムのなかで生きることの大切さを学ぶようです。そこには多くの恩恵が準備されているようです。

夜な夜なのヒジキ狩り。。寒風に吹きさらされながらの収穫ですが、自然の恵みによって活かされている自分たちを感じ、喜びと深い感謝の気持ちで、なんだかとても暖かい気持になりました。「ありがとう、ありがとう」ってね。。
きっとこうやって自然の恵みを普通に頂くことで、海を大切したいとか、洗剤はできるだけ環境に負荷のないものをとか、海を放射能で汚す原発は無くそうとか、自然にそういった発想となってきます。きっと・・今は、自然との繋がりが感じられない世の中だからなんでしょうね。。

第2回ヒジキ狩りは、自然農法で農業をする菜月自然農園の和田ファミリーとまんがら農園の野満さん、マクロビとヨガで生き方を模索中のマナちゃん、帽子作家のあこみちゃんが参加します。
賑やかな満月の晩となりそうです。。
2011/02/11

『職人がつくる木の家ネット』に参加しました。。
今日はご報告です。。
このたび『職人がつくる木の家ネット』にAASTUDIOも参加することになりました。

『木の家ネット』は、山の事や、職人の事や、木の家の事を全国発信している会です。私も以前からホームページを拝見していて「いい会だな〜」と思っていました。AASTUDIOが取り組んでいる活動とも重なる部分も多いこともあり、より多くの想いを共にする方々たち、特に日本各地で活動されている方々と繋がる事で、木の家づくりの事についても視野を広げる事が可能だと考えたのです。暖かい南国の地と、極寒の地では家づくりは異なる訳で、そういった違いを知りつつ家づくりをしていく事で今まで気が付かなかった事に目を向ける事ができるかもしれませんし。自分自身の家づくりの糧に出来ると感じたからです。
また同じ想いや方向性をもって家づくりをしている方々のお話を聞くのも楽しみです。まだまだ愛媛では同じ想いをもった方が少ないのが現状・・。私としてはずっと同じ想いをもった仲間が欲しいな〜と感じたりしていました。
木の家ネットも様々な家づくりをされていられる方々がおられるので、それぞれの取り組みなどから、私たちも自分自身の家づくりを見直し、さらなる精進を積めればと思っています。。


『職人がつくる木の家ネット』のホームページのほうも、家づくりを考えておられる方々にとって、かなり情報満載です!
メーカー的な宣伝広告のようなHPではなく、木の家を本気で建てたい方々や、職人さんたちの味方になってくれる内容です。ぜひ覗いてみてください。
http://kino-ie.net/
2011/02/10

もったいないは無限大。。
こちら今治で縁あって、仲よくおつき合いさせて頂いている方から、無農薬の橙(だいだい)をたくさん頂きました(*´∇`*)
いつもその方は、ポン酢を作られているそうで、今年は昨年分がまだ残っているからと、たくさんの橙を頂いたのです。

わくわくしながらのポン酢つくり。材料は醤油・みりん・昆布・かつお節。配合を教えて頂いて、あとは1年待つと、とてもまろやかな奥深いポン酢に仕上がるそうな。とっても楽しみです!

さて。その後、橙を搾った後のカスが大量に出てきました。このまま捨てるのはもったいない・・。いつもの『もったいない病』です。
そこで橙の皮を使ってママレードをつくる事にしました。ちょうど今つかっているママレードも残り僅か。
しかし橙のママレードとは聞いた事がない・・。やっぱり結構皮のエグミがきつい感じ。でも何回も茹でこぼしてエグミを取りました。その結果、大人味の美味しいママレードがたくさん出来ました〜♪さっそく出来上がった物を、知人・友人にお土産がわりに差し上げていきます。(写真のは、もうすでにだいぶ差し上げた後の写真)

が、しかし。。まだまだ皮は山ほどあります。むむむ・・やっぱりまだまだもったいない。色々と思案したあげく、橙の皮を剥いて乾燥させて入浴剤がわりにする事にしました。橙の油分が、肌に良いのです。また薫りも天然の柑橘の薫り、いい入浴剤♪こちらも当分楽しめる量です!

さて残ったのは・・。白い甘皮の部分と、大量の種。
さてさて、こちら種は思案した結果、焼酎に漬けて天然の化粧水とする事にしました。種からエキスが出て、かなりしっとり保湿の高い化粧水になります。これも1年ではとても使い切れない量になりました。橙ひとつでこんなにも広がっていくなんて。素敵!の一言。もったいないは、気持のいい持病なのですヽ( ´ー`)ノ

最後に残った大量の甘皮は・・、もちろん捨てませんよ( ̄ー+ ̄)
我が家の畑の肥やしの役目として、使われていきました。。
もったいないは気持がいい、もったいないは無限大の喜びに変わっていきます。昔はこうやって物を余すことなく使っていくシステムがあらゆる分野で確立されていたそうです。廃棄物処理屋さんというのは存在しなかった。すべて活用して、そして大地に帰していく。台所から出た排水すらも、畑にとっては養分を含んだ肥料水として使われます。
そこに無駄がない美しさを感じてなりませんね。私たちの手掛ける昔ながらの家づくりも、器づくりだけで終わるのではなく、無駄のない美しい循環としての家づくりを考えていきたいと思っています。
どんどんと、広まっていくといいなあ〜と思う、もったいない病です。。


2011/02/09

『つながる家+つなげる家』工事開始!
『つながる家+つなげる家』の工事が始まりました!
いよいよ!っといった感じです。。
気候の方も、急に春らしくなって。今日は暑いぐらいの暖かさでした。伊予地に春を呼ぶ椿さんのお祭りも、もうすぐですね。
私の方も眠りから目覚めるように、身体の奥底から湧いてくるエネルギーを感じ始めています。
昔ながらの木と土の家の素晴らしさや、風前の灯火である職人さんたちの手仕事の事や、日本人としての和の心を、、たくさんたくさん知っていただきたい!
そのために、いろいろと思案中です!

さっそく建て前の見学を希望する連絡を頂いたりしています!『昔ながらの家づくり(伝統構法)』に関心をもって下さること、嬉しいかぎりです。。
そう、建て前では伝統構法のしなやかで柔らかく、そして粘り強い造りを体感をもって感じることができます。最もこの建て前が一番、伝統構法の真骨頂を感じとれる場面。私自身もこの体感によって「やっぱりコレしかない!」と、後戻り?できなくなりましたから(笑)。
木と木を組みながら差しながら、時にはギシギシと音をたてて揺さぶりながら梁材を差していく場面。時にドキドキするぐらいの迫力です!もちろん大工さんたちの緊迫した空気感も、スゴイの一言! だから皆さまにも、見て感じて頂きたい場面でもあります。。

ただ・・当日は私自身も建て前から目が離せない状況で、とても講義をする余裕がありません。。また当然のごとく現場は建て前中とあって、邪魔になってはいけませんので入場制限をさせて頂こうと考えています。

今までに家づくり塾に参加され『昔ながらの家づくり』の予備知識がある方のみ参加募集とします。
ただし「興味があってぜひこの機会に見学したい!」という方がおられましたら見学希望の理由などを記載してメールを下さい。

さあ、春よ来い、です!
2011/02/07

購入検討中。。
あまり大きなお買い物をすることのない私たち。。
でもずっと欲しいと思っている物があります。
それはチェーンソー!
薪集めにしても手ノコで挽くには限界があります。あちらこちらで捨てられて見向きもされない倒木たち。
それを目にする時・・もったいない病の私としては耐えきれない気持に・・。あ〜こんな時にチェーンソーがあればな〜。。 っと、ずっとずっと思っていました。
しかし徳さんは機械ものが大の苦手。パソコンの操作だって「えっ!そんな事も知らないの!」っと言うことは度々。ましてや音の出る、しかも決して心地いいとは言えないエンジン音のチェーンソー。扱いもとても危険です。だからずっと徳さんが渋っていたんです。とくに・・女性の私が使いたがっているというのもあります。
でももっともっと自然とともにある暮らしを目指そうと思うと、チェーンソーは必需品となってきます。
そこでその道のプロの三新機械さんにお邪魔して、チェーンソーのイロハを教えていただき、実際に使わせていただきました。
ホームセンターやネットでもお手頃のチェーンソーはたくさんありますが、あとあとのメンテナンスが付き物のチェーンソーは、やっぱり相談にのってもらえる方が安心です。使い捨てという感覚では、やっぱりもったいないし。刃のお手入れなども自分たちでしなければいけません。
海外物のチェーンソーは振動も少なく馬力もありそうです。ずっしりとした重量感があって、女性の私にはちょっと重いような気もしますが、その重さが結構いいそうなのです。もちろん値段もイイ。
国産の物もメーカー製品なら、さほど問題がないとの事。海外物よりは質がおちる感じがしましたが。悪くはありません。お値段も、まあまあのお手頃。まあ本格的なマニアではありませんので、ここらへんで良いのかなと思います。
試してみて、少し徳さんも購入する気持ちになってきたみたいです。でも苦手な物は、無理にはしない方がいいです。事故のもと。
ひとまずチェーンソーがあれば、私はいつも車に積んで走るようにしたいと思っています。
これで少しは、もったいない倒木が救われます。。
2011/02/02

せっせっと・・。。
この時期は、いつも薪ストーブの上は、まるで押しくら饅頭のように鍋達が混み合った状態です。。
寒い日がつづいて、薪ストーブがフル活動中のなか、その熱を利用できるのは本当にありがたいこと。。
オール電化なら、こうはいかないよ〜♪
「もったいない」を利用する。これは日本の和の心なのです。。

クックストーブにして本当に良かったところ♪つくづく感じます。(注:この頃のストーブは薪の燃焼効率ばかりに囚われて、このもったいないが利用できない造り。)
さて、もったいないを利用しつつ、我が家の自家製の里芋を大量に蒸します。。
高温の熱で、里芋もアッと言う間に蒸し上がります。ついでにお芋さんも蒸して、三時のおやつに。。
その側では、フライパンで玉ねぎを炒めます。
さてさて何が出来上がるか?

実は、保存食のコロッケづくり。
お弁当用としてや、急な来客との夕食に利用しています。時々、手抜きしたくなる時も・・。これまた最高に美味しいコロッケ!
徳さんがいつも他で食べるコロッケと比べて、「飛香の里芋コロッケが美味しい」と言ってくれる一品なのです(おのろけ?)。。
これも、もったいない精神と愛が生み出す旨さ!?
さっそくレシピにUPしておきました〜。
里芋のある、この時期しかできない一品です。
ぜひお試しアレ!

あっ、愛をいれる事を、くれぐれもお忘れ無く!。。
2011/01/31

「後世にのこしていきたい左官技術」
E-ディフェンスから帰ってきた翌日。
「後世にのこしていきたい左官技術」ということで京左官の佐藤治男さん・佐藤ひろゆきさんの講演と実技がおこなわれる催しが内子町でありました。

私たちもさっそく案内をいただき飛んでいきました。
佐藤ひろゆきさんと言えば、前回左官協会青年部会の催しでこちら愛媛に来られた際に、私たちにご自身の書いた本やサンプルなどをたくさん頂いたりした事もあり、またお話しが伺えることは楽しみでなりませんでした。

会場には左官さんらしい年配の方々が多く来られていました。いつもお世話になっている矢野左官さんも、今回のイベントのお手伝いをしているようです。また私たちの期待のホープである若手左官まーくんも、貴重な京左官の話を食い入るように聞いてました。

佐藤治男さんのお話し「左官仕事は仕上がりをきれいにするのではなく、職人としての心を持ってすること。」その言葉にとても心を打ちました。
それは私も常日頃感じて自分自身も心がけていること。『心・技・体』の言葉のように、心がなければ、技も身に付かず、体(身体・形)もできませんから、まずは何よりも『心』が大切。。精進しようとする心、より良い物を造ろうとする心、素材を活かそうとする心、喜んでいただこうとする心、それがあってこそ技も身についてくるからです。少しでもお金に囚われた心があると、少しでも手を抜きたくなるし「見えないところはイイか」なんて事に。まずは何ごとも心を試されているようです。。
治男さんは「先人たちが繋いできた技術を若い世代にのこしてください。」その事を何度も何度も強く語られていました。ありがたい言葉。。
私たちこれから先の世代のことを想っての言葉です。
先人たちが何世代にもわたって試行錯誤してきた結晶を、今一時の考えで決して捨ててはいけない。こういった昔の技術は、今の経済社会の尺度、効率や生産性からは外れている世界ではあるけれど、今の社会が抱えて行き詰まりを見せている諸問題を一片に解決する懐をもっているのです。まだまだ古くさいと思われていますが、時が来れば社会全体がこの昔の技術を最先端と呼ぶ時がくるでしょう。
しかし今は利益(お金)は得られない。そこに『心』がためされているのです!
しかしそこにはしっかりと確実に後世にのこしていきたいものがあります。その時まで。。

ひろゆきさんの実技に関しては、少々時間がなさ過ぎてもったいなかったです。もっと半日はしっかりと時間をとって専門職の技術向上のための時間とできればなお良かったです。ひろゆきさんには左官伝道者として今後も頑張って頂きたいと思いました。

今回の内子町でのイベントたいへん良かったです!
愛媛では今までほとんどこういった専門職や一般に向けての意識向上の勉強会がないですから、とても歓迎するべく催しであったと思います。その他、畳や表具や大工さんたちも、組合があるのですから(いえ組合がなくとも)、ぜひこういった意識向上の機会をつくって発信と精進をしていただければと思います。。
2011/01/29

京引手金物。。
実物大実験の見学後、そのまま帰路に着くのはもったいないので、ETC休日割引がきく土曜日まで京都に足を伸ばすことに。。
こうやって兵庫・京都に行くと、思う以上に愛媛からは近いものですね。ETCがきくうちに、あちこち廻ってみるのもいいかもしれません。

さて京都。。
京都に足を伸ばそうと思ったのも、京金細工の世界を一度この目で見てみたいと思ったからです。私たちの家づくりが、合板の建具から表具(襖・障子)を利用するようになってから、襖の引き手というのは空間のワンポイントにもなるところ。京金具の世界には、金属加工する多種な専門職がありますが、最も興味のある引き手金具の世界を伺いました。

今、日本で襖の引き手金物を手づくりしているのは日本でも3人ほどだそうです。そのなかで引き手専門にされている方は、三宅利晴さんとあと一人遺るだけだと。寂しいかな、こちらの仕事もドンドンと工場製品化されてしまって手仕事ができる人は、ほんの僅かとなってしまった様子です。

決して表に出ずに自宅で仕事場をかまえて仕事をされているのが職人さんたちの世界。そのなかで遠方から訪れた私たちを「よく見つけてくださった」と、快く招いてくださいました。
まずは色々な引き手を見せてくださいました。見たことがある型の引き手がいくつか。いつかは使ってみたいな〜という憧れの引き手たちがズラリ。引き手のイロハを知らない私たちに、引き手の良い仕事と、安価な仕事との違いなどを教えてくださいました。引き手はカタログで見るとピンからキリまでの値があります。「この値段の差は?」と以前から気になっていましたが、仕事の中味を聞くことで理解ができました。
「我々、職人はそん時がよければという仕事ではなく、後々、引き手を直したりして使っていく事も考えて仕事をしてはるんです。」と。
そうだった!引き手の世界も、昔ながらの家づくり同様に、目先だけの仕事ではなく、ずっとずっと先を見つめた物づくりであったという事。嬉しくなりました。
自分が死んでから先の事になるかもしれないけど、後々に自分の仕事の本当の真価があらわれる。子や孫の世代に「ヒドイ仕事やな〜」と言われるんか「こりゃあ、ええ仕事してるわ」と言われるんか、やっぱり後世に恥を出さない仕事にしていきたい。それが職人の本来の仕事だったんだな〜と、再確認しました。
まあそういっても今は、そんな事いっている時代ではなくなっているのかもしれません。見た目さえ良ければイイ時代。。それが職人たちから本来の仕事を失わさせてしまうことに・・。
値段の価値というのも、そういった見えないところにあるというもの。今ではこういった引き手は『高級』扱いとなります。でもその値段の裏にある価値を知っていく事が何ごとも大切なのではないでしょうか。それが欠けて「安い!高い!」と言っているのが今の世の中だと思います。『高級』という言葉だけだと、ついつい敬遠してしまいますから。。

さて話がもどります。こういった引き手、ズッシリと重い!安値なものより、重厚感というか、奥行き感があります。素材その物がぺらぺらではないのです。
引き手をつくるには金型がいります。こういった金型も自分で造るところから始まります。分厚い鉄の板を、糸ノコで切っていく。「えっ?糸ノコで鉄を切るのですか?」何ごとも機械を使うことが当たり前の私たちには、かなりカルチャーショックです!分厚い鉄は、手で切るものではないと、思いこんでいたから。時間をかけてゴリゴリと切っていくというのだから、スゴイの一言。
三宅さんは、私たちにわざわざ製作過程を見せてくださるために、工程ごとのパーツを準備してくださっていました。(感謝)
こちらも私の憧れ『赤銅坪々』の製作です。銅板をやっぱり手で糸ノコで切って形をつくっていきます。そして蝋付けをして型と型を引っ付けて、余分な形を切りとばして磨きます。その後『くすべ』という工程で、杉の葉や桧や松屑を燃やした上で、型をくすぶらしてススを付け磨きます。何度も何度も繰り返すことで、奧深い漆黒の艶となっていくのです。
この古式の着色方法もとても興味深いところでした。そのほかにベンガラや漆などを使ったり、金属の化学反応を利用しての着色など、勉強になるところです。
もちろんの事、三宅さんならカタログにないオリジナルの引き手を造りあげることも出来ますし、この『赤銅坪々』だって、オリジナル色にする事も可能なのです。
カタログは本当に狭い世界だと感じます。いつも職人さんたちの手仕事の世界に出逢うと、そこには常に無限大の可能性を感じ、ワクワクを抑えきれなくなる私。。
きっとこの無限大を活かせる家づくりができれば、閉じられつつある職人たちの手仕事の世界も、その良さや深さを知ってひろまっていくように感じてなりません。決して無くしていくには惜しい世界です。
ご丁寧に教えてくださった三宅さん、ありがとうございました。
いずれAAオリジナルとして、ずっと愛されつづける普遍的なカタチの引き手を実現出来ればと思っています。。

追記・引き手の金細工の世界はとても奥が深く面白いなと思いました。設計をしていなかったら、職人としてやってみたい分野です。
ぜひどなたか若手の方、金細工の職人を目指しませんか?
2011/01/25

石場建ての実物大実験。。
ここ数日、留守をしておりました。。
っと言うのも、兵庫県三木市のE-ディフェンスで伝統構法石場建ての実物大実験が行われるという事で行ってきました!すごい競争率のなかで、1時間で300名の募集定員はあっと言う間にいっぱいに。関心の高さが伺えます!

今回、E-ディフェンスは始めて。腰を抜かしそうな大きな建物のなかで、実物大実験が行われます。スケールの大きさにただただ圧倒。施設内の各所には、実験が終わった実物大のコンクリート造の建物や、古い木造校舎などが置かれてありましたよ。

さて今回の実物大実験は、伝統構法の設計法を構築していくための、データを取るためのもの。これ意外にも各データを採取するための、数回にわたって要素実験が行われています。
今回実験に用いる石場建ての実物大は、木造総2階建て、土壁づくり。伝統構法にしては私たちが手掛けている建物より随分と華奢(きゃしゃ)な感じで部材も細いです。また伝統構法の要素である木組みや差し物類が見当たらない感じ、粘りとなる管柱の込み栓類などが見当たらない。「伝統構法????」と思いましたが、これは意図的に構造解析をしていくうえでの狙いがあるようで、後で委員会の方から「設計法ができあがったあかつきには、その設計法を用いて、より伝統構法らしい建物をつくり、同じ実験台にのせたいと考えています。」とのお話しがあったので、ひとまず安心しました。。

っという事で、伝統構法といっても粘るための構造体ではなく、データ採取のために意図的に緩めで揺らすための構造体であるようです。
何故?揺らすのか? っと言うと推測ではありますが、設計法構築のためには限界耐力計算を使いたい。
そのためにはこの『足元が動く』という事が、ひとつ課題となっているようです。
足元が動くものは構造的な解析が不可能。まあ確かに、予測不可能な地震動を、自由に動く事で、力を逃がす建物が伝統構法ですから。一軒一軒の家の造りで、その揺れ方動き方も変わってもきます、難解です。だから前提として『足元は動かない』ことにする。そうすることで解析しやすくなるという訳(たぶん)。
『足元を動かさない』ためには、建物の各所に遊びがあってグラグラ揺れて地震動を分散吸収して逃がしていくほうが、足元に力は伝わらず『動きにくい』。それを今回は狙っての実験だったのかな?と思います。

ただ、そう言ってもやっぱり動くものは動きましたし、それに結構、揺れましたね。(私たちが設計している伝統構法の建物はここまでは揺れない設計です)
揺れる分、傾きも大きくなるし、土壁も割れました。
実際に地震動を与えられた建物を目の前にして、揺れすぎるのも後々の修復にお金が掛かりそうですし、揺れる分、建物内の家具などの転倒も激しくなり住人への危険を感じます。揺れるという事は、また別の問題もはらんでいるんだという事を感じたところです。この実験の映像を見たら一般の人は「こんなに揺れる家なら、揺れない家がイイ」なんて言う人が多いのではないかな・・。
ただ建築基準法では「想定外」の巨大地震(兵庫県南部地震)の地震波にも、こんな華奢な建物でも倒壊することなく揺れを分散吸収していた様子には、ショッキングな驚き(感動)はありました。
やっぱり命をまもる昔ながらの家です。。

今回の体感で、バランスが一番難しいんだと感じたところです。先人たちのつくる建物は、このバランスが計算され尽くしているようです。。
建物を設計していくうえでは、部材が細すぎると、経年変化による木材の風化(腐れ)による強度低下もありますし、虫の浸食も考えられるので、ある程度の部材の大きさは必要となってきます。また実際問題としては、修復のための費用も最低限におさえたいところです。先人たちもそう考えたことでしょうから、その問題はリアルに考えていかなければいけません。揺れによる居住者の恐怖感というのも抑えたいところ。。『足元が動く』良さというのも伝統構法の良さの一つでもあるので、そこも検証していって欲しいと願っています。
検証委員会としては、設計法構築には、まだ一山二山と検討していかなれけばいけないところなのでしょう。。

安全性や耐久性や修復の容易さなどを考えていくと、先人たちの造っていたある程度粘り強さもあって柔軟性もある建物になっていくのでしょうが、これをどう設計法にしていくか・・。本当に難しいところなのです。

世の中のすべての事において、自分自身で物事を吟味して自分で選択できること、自己責任が認められる社会へと成熟していくことで、あらゆる方面で抱えている問題をいっぺんに解決していくことに繋がっていくのではないかと個人的には感じたりもしていますが、
いかがでしょう。。


興味のある方は、実験動画ありますのでどうぞ↓
http://green-arch.or.jp/dentoh/experiment_edefense_2010_71.html
2011/01/24

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