| その瞬間、私の右手が世界から消えた。 視界のなかには変わらずにあるのに、確かに消えてなくなっていた。もう何も感じない。 もう何も、触れない。 「……悪い」 茫然自失の私を見て、跡部が眉を顰めた。痛かったか。 振り払ったのは自分のくせに、と毒づく余裕さえ跡部は持たせてくれなかった。本当に悲痛 な顔をして私の消えた右手を掴むから。いとも簡単に。何でもないような滑らかさで。 少し冷たい、それでも綺麗な手が私の手を撫でる。 ゆっくりと戻ってきた私の右手。 「大丈夫。別に何ともないよ」 「嘘言え。赤くなってるじゃねぇか」 「このくらい平気。なんていうか、自業自得っていうの?うん、ちょっとあれは馴れ馴れしかっ たよね!」 あまりに透明で、あまりに寂しそうな色をしていたから。 珍しく乱れていた前髪に、ふと手を伸ばしてしまった。本当にふと、雨が地表へと引っ張ら れるように、ただ引力に抗うことなく伸ばしてしまった。 「髪ってほら、あんまり他人に触れてほしいものじゃないしさ。跡部なんか特にそうでしょ」 孤高という言葉が似合いすぎる男だ。 跡部は、触れた途端ぱっくり傷を作るナイフじゃない。最初から、ただそこにいるだけで、何 となく触れてはいけいない気にさせる男だ。聖域とは真逆の存在でありながら、どこか神聖味を帯 びたような。 そんな男の髪に触れようとするなんて、どうかしてる。 「ごめんごめん」 「お前が謝ることじゃねぇだろ」 「いや、ほんとごめんね。もう二度としないからさ」 「違うんだ。」 「いいよー、そんな似合わない気使ってくれなくて」 へらへら笑う私に(だって、笑うしかないじゃない) 跡部はもう一度、「違う」と告げた。真剣な顔とは違う、真面目な顔で。 「そういうことじゃねぇんだ」 「そういうことじゃないって?」 「うまく言えねぇが、少なくともお前のせいじゃない」 触れた速度と同じゆっくりとした動作で、熱が離れていく。 さっきよりも赤味を帯びた右手を握り締めながら、頭を捻る。冷たかったはずの跡部の手の ひらが今、とても熱かったから。 そろりと跡部を見ると、ばちりと目が合う。すぐに跡部の方が、口元を熱い手のひらで隠して 視線を逸らした。 「…おそらくは、俺の問題だ」 その顔は、 私の右手なんかより、ずっと。 私の懲りない指先が、 |