BIA Web日記帳

BIAの画像付き「Web日記帳」です。

床屋さんで

仙台七夕の夜、床屋さんに行って来ました。
床屋さんに行くと必ず思い出すのが、郡山の先輩の話です。
床屋さんに行って顔を剃る時、若い女性の床屋さんが先輩の顔に熱いタオルを落としてしまいました。
先輩が「熱い!」と叫ぶと、その娘は「熱いから落としたんです!」と涼しい顔で言ったそうです。
先輩は激怒したようですが、
「貴女の言ったことは正しいです!」
先輩の厚い顔よりも、貴女のもみじのような手の方が柔らかかったのだと思います。

日時 2009年08月06日 22:02 | 固定リンク | コメント (0)

石原裕次郎23回忌

本日、東京の国立競技場で石原裕次郎の23回忌法要が行われました。
私が石原裕次郎を見たのは仙台で行われた西部警察のロケの時です。1983年、宮城学院跡の空き地でロケが行われました。裕次郎と石原軍団が来るというので私もロケ現場に出かけました。舞台の上に石原軍団が揃い、大勢の見物客が来ていました。
12月に放送された番組ではその場面が使われていて、観客はエキストラとして出演していました。
当日5000人の観客が集まりましたが、ロケとは知らされていないで、撮影が長びいたため、観客が騒ぎ出しました。その時、アドリブで場を静めたのは「峰竜太」でした。
その日、会場の中央から300mの望遠レンズで裕次郎を撮りました。これがその時の写真です。



日時 2009年07月05日 21:22 | 固定リンク | コメント (0)

とまとの味

とまとはいつでも食べられて、便利な世の中になりましたが、味は満足出来ません。ハウス栽培なので仕方が無いと思いますが、子供の時食べたとまとの味が忘れられません。
真夏、父の実家の畑で食べたとまとが太陽のにおいがいっぱいで非常においしく、今でも記憶に残っています。
畑で直接もいで食べたからでしょうか。
夏のとまとでもあの時のとまとの味とは違います。

日時 2009年07月03日 22:42 | 固定リンク | コメント (0)

明治天皇と日露大戦争

クリントン国務長官が来日して最初に訪問した場所は「明治神宮」でした。明治神宮は明治天皇を祀ってある神社です。
私は先日、50年ぶりに「明治天皇と日露大戦争」のDVDを見たところでした。
小学5年の時、新庄の映画館で叔父さんと一緒に見ました。50年ぶりでしたが、たった1ケ所覚えていたシーンがありました。砲兵が泥水を飲もうとして上官に止められるシーンです。


日時 2009年02月18日 22:51 | 固定リンク | コメント (0)

空馬が先頭

11月16日、京都競馬場で行われた中央競馬の第33回エリザベス女王杯で、武豊騎手が落馬するアクシデントがありました。スタート直後、ゲートが開いた瞬間に3番人気のポルトフィーノが自分の足につまづき、武騎手が落馬しました。ポルトフィーノはそのまま空馬で走り、リトルアマポーラらに逃げ切り勝ちし、先頭でゴールしました。
G1レースで空馬が先頭でゴールしたのは中央競馬史上初めてです。


日時 2008年11月17日 22:38 | 固定リンク | コメント (0)

岸壁の母

舞鶴といえば「岸壁の母」が有名です。

「岸壁の母」のモデルとなった端野いせさんは舞鶴港で一人息子の新二さんの帰りを待ち続けましたが、1981年に死亡しました。
しかし、2000年8月、その新二さんが中国・上海市に生存していることが、シベリア抑留経験者らでつくる慰霊墓参団によって確認されました。
新二さんは1944年(昭和19年)秋、19才で学徒出陣。翌年、旧満州でソ連軍と交戦中に負傷し、行方不明となりました。いせさんは1950年から6年間、引き揚げ船が着くたびに東京から舞鶴に駆けつけ、桟橋で待ち続けました。1956年には都知事から戦死の通知書が届きましたが、81才で亡くなるまで新二さんの生存を信じていました。

新二さんに「帰らないか」と面会者から誘われましたが、「自分が出ていったら、母のメンツが丸つぶれ。墓参りには行きたいが、帰れない。」と心境をうち明けたと言います。新二さんはシベリア抑留後、旧満州に移送され、現地で結婚して建設作業などに従事。息子が二人います

「岸壁の母」を最初に歌った菊地章子さんは亡くなりましたが、現在も二葉百合子さんによって歌い継がれています。



日時 2008年10月29日 23:36 | 固定リンク | コメント (0)

叔母死亡

叔母(母の妹)が死亡しました。
叔母の誕生日は、太平洋戦争開始日の12月8日です。
母の誕生日は終戦記念日の8月15日です。
姉妹で戦争と縁のある日に生まれましたが、母は当時軍人だった父がいた舞鶴にお嫁に行きました。


日時 2008年10月28日 23:31 | 固定リンク | コメント (0)

緒方拳さん、死去

俳優の緒方拳さんが、本日死去しました。
緒方拳さんは多数の映画に出演していますが、私が一番印象に残っている映画は「魚影の群れ」です。
この映画には夏目雅子さんも出演しています。
相米慎ニ監督の作品で、 緒方拳さんがマグロ漁に命を賭ける男を、夏目雅子さんがその帰りを待つ娘を演じています。
最近はマグロのドラマやドキュメント映画が多くなりましたが、私が青森にいた時はこの映画が唯一のマグロをテーマにしたドラマでした。
写真は大間にある原作者「吉村昭」さんが書いた木碑です。

日時 2008年10月05日 23:02 | 固定リンク | コメント (0)

蒸気機関車

東北本線に蒸気機関車が走ります。
あっと言う間に切符が売り切れ、すばらしい人気です。
観光で走ると郷愁を誘い大人気ですが、実際に走っていた時はどうだったのでしょうか。

私の実家は山形県上山駅の近くでした。
通学列車は蒸気機関車です。
蒸気機関車が北から数キロ先まで近づくと、家が揺れ始めて列車が来ることが分りました。
また、煙突から出る炭カスで洗濯物が黒くなりました。
乗車中、冬は問題ありませんでしたが、夏は大変でした。
冷房が無いため窓を開けていましたが、進行方向に向って座ると目に炭カスが入りました。
また、楯岡-大石田間にトンネルがありましたが、トンネルに入ると煙が車内に入って来るのであわてて窓を閉めました。
その時、車内は蒸し風呂状態でした。
当時の車内のトイレは線路に垂れ流しでした。
電化して、蒸気機関車が姿を消した時は、大喜びでした。

しかし、数十年ぶりに蒸気機関車が走ると聞いて大変懐かしく思い私も撮影に行きます。何年も蒸気機関車の走る姿を間近で見ていながら、当時は一枚も写真を撮っていませんでした。


日時 2008年09月23日 18:05 | 固定リンク | コメント (0)

道路交通法第20条

9月21日から9月30日まで、秋の交通安全週間です。
法令を順守して安全運転をしたいと思います。
法令順守と一口に言っても、道路交通法にはあまり守られていない条項もあります。特に守られていないのは、第二十条です。
「車両は、車両通行帯の設けられた道路においては、道路の左側端から数えて一番目の車両通行帯を通行しなければならない。」という条項です。

たとえば、片側2車線の高速道路で、追い越し以外の時に右側の車線を走行すれば交通違反になり、五万円以下の罰金です。
これはみんなが違反しているから捕まらないと思いがちですが、実際に私の知人が捕まりました。高速道路の右側の車線を走っていたら、パトカーに止められ、「車両通行帯」違反で反則金を支払っています。


日時 2008年09月21日 21:47 | 固定リンク | コメント (1)


名前:ゴジラ
年齢20歳、オス

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