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銀杏堂社長室〜「忙中閑有り」




インターネット担当より、更新の間を持たせるため社長の駄文でも披露せよという要請があり
ましたので、折にふれ思うところなど書かせて頂こうかと存じます。ご笑覧頂ければ幸いです。

代表取締役 甲斐公弥子(かいくみこ)
篆刻 雅号:探華(たんか)謙慎展評議員(平成16年まで) 
煎茶道 雅号:恵明(けいめい)習軒流副師範 


2010年01月01日(金) 明けましておめでとうございます
 

新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお引き立てのほどお願い申し上げます。


2009年08月24日(月) 5月の水晶嬰戯墨床の柑橘のこと
 

  5月の水晶嬰戯墨床のことで、三元が何故三つの柑橘で表わされているのか、と疑問を呈しましたが、解元、会元、状元の三つに合格するとは、大変な吉報ですから、三つの『吉』と柑橘の『橘』が発音が同じなので『吉』を『橘』に変えて、三つの吉(橘)報だということでした。私は『元』と『柑』のことばかり考えていましたが、ある日ふと気がつきました。吉と橘のことでした。三つの橘をかささぎが運ぶというまさに正統的な吉祥図ですよね。ひとつの事にとらわれると、真実が見えなくなるということです。おおいに自戒せねばと思っております。


2009年08月24日(月) 「中国の陶俑展」に行ってきました
 

今、出光美術館では「中国の陶俑 −漢の加彩と唐三彩」の展覧会をやっています(9月6日まで)。うちの店のすぐ傍なのに先週の木曜日やっと行って来ました。素晴らしかったです。唐三彩は今まで色々な所で何度も見ているし、7月の静嘉堂文庫美術館で観た大型の完璧な逸品が頭にこびりついていましたが、今回は題の通り、やや小型の俑が中心で、それに壷や盤などの生活用具そして馬、犬、豚、鶏などの動物でした。私は、特に、前漢、後漢、北魏、南北朝、隋の加彩に改めて目を奪われました。唐代に入ると、三彩が完成し、藍釉も加わって、楊貴妃を模したといわれるふっくらとした貴婦人や、ほっそりした楽人の女性たちなど、当時の貴族たちの生活の生き生きとした様子を、現代の私たちに見せてくれます。これらは明器ではありますが、見て楽しいです。当時は厚葬の風があり,貴族たちは、生前から立派なものを作らせて人々に自慢したので、工人達も争っていいものを作ろうと頑張ったそうです。兎に角、すばらしい展覧会です。一見をおすすめします。

(題名をクリックすると出光美術館のHPが見られます)


2009年07月31日(金) 三国志〜関羽像入荷しました
 

先頃映画「レッドクリフ」にも登場しました,三国志の英雄,関羽の黄銅像が入荷いたしました。手ごろな大きさとお値段ですが,風格ある武将を巧妙に彫琢しており,インテリアに,贈り物に最適です。好評のため在庫が少なくなっておりますので,お早めにお求めください。


"関羽出陣" 名馬赤兎(せきと)を駆り,威風堂々の出陣。 
(高さ13.5センチ/840g)¥8,400(税込み)


トレードマークの長いヒゲをなでる立像。
(高さ9.5センチ/約340g)¥3,150(税込み)


2009年05月07日(木) 水晶嬰戯墨床
 

先日 静嘉堂文庫美術館に行ってきました。今、水墨画の展観をやっていまして、国宝や重要文化財の作品も並び、立派なもので、すごいです。また、立派でおしゃれな文房具もあちらこちらに飾られ、文人の世界を演出していました。今日のお話は、その文房具の中のひとつ、水晶でできた、小さな丸い墨床 「水晶嬰戯墨床」 です。丸い太鼓型の墨床の表面を三人の童子が周りを囲んで見ているという構図です。その時はそれがガラスのケースに入っていて、光線が反射して、水晶の上面に何が描いてあるのかさっぱり分かりませんでした。でも三人の童子が周りを取り囲んで、太鼓型の上面を覗き込んでいる様子が、とても可愛くて、印象に残りました。あとで、静嘉堂文庫美術館の図録「文房清供」を見ましたら、これは19世紀の清時代に作られたもので、上面の図は、三つの大きな柑橘
と吉報を知らせるという 鵲(かささぎ)を描いた「喜報三元」の図で、三元とは郷試・会試・殿試の科挙試験におけるそれぞれの第一番合格者である 解元・会元・状元という優等及第を意味する吉祥図案である、とのことでした。中国の科挙も大変だったのですね。成程。
 でも、目下の私の疑問は、三元が何故三つの柑橘で表わされているのかということです。鵲(かささぎ)が吉報を知らせると言うのは出典がありますが、柑橘は今のところ分かりません。大漢和辞典にも載っていません。柑橘の柑と元では中国語の発音も違うようですし、どこかに物語があるのでしょうか。可愛い童子の話から、面倒なことになってしまいました。    

では、今日はこの辺で。  
                                 21年5月7日記
                   
静嘉堂文庫美術館のホームページ
http://www.seikado.or.jp/menu.htm
(本日の題名をクリックするとHPが見られます)


2009年04月16日(木) 春蘭のこと
 

 早いものですね。もう四月も半ばになってしまいました。 前回の梅は、もう小さな実を結んでいます。去年は全然だめでしたが、今年は多分200gか300gは収穫できると思っています。楽しみです。
 今日は庭の春蘭の写真をご披露いたします。これはもう十数年前に早稲田の穴八幡神社に一陽来復のお守りをいただきに行った時、露天で売っていた春蘭の苗を二株買ってきたものです。鉢もその時買って、ちゃんと植え替えましたが、その後大して構いもせず、時々
水をやるくらいでした。でもここ数年とてもよく咲くようになりました。品が良くて、高貴な感じの本当に美しい花ですね。梅と違って今年は去年より花数がすくないです。裏の年なんでしょうね。これからはもっと大事にします。名前もいろいろ立派なのがあるようなので、調べてみようと思っています。










2009年02月13日(金) 門前の梅

先日、梅花の精のお話を書きましたが、今朝、我が家の梅も大分咲き出しましたので、写真を撮りました。
お花は良いですね。気分が柔らかくなります。


2009年02月04日(水) 羅浮の夢
 

平成21年も、もう梅の季節がそろそろ始まります。我家の梅も未だ堅いながら小さい蕾をたくさんつけており、だんだんにふくらんで来るのを、毎日楽しみにしております。
そこで、本日は梅にちなんだお話「羅浮(らふ)の夢」を書かせていただきたいと存じます。

羅浮山 広東省増城の東。博羅県之界にまたがり、東晋の葛洪が仙術を得た処と伝える。
    南漢(五代)の劉eは嘗て天華宮を山中に建てた。山麓は梅の名所として古来名高い。
羅浮の夢
 隋の趙師雄が羅浮の梅花村に泊まり、夢を見て寝ている間に梅花の精に会ったお話。
【趙師雄酔って梅花の下に憩う】 龍城録より
隋の開皇年間、趙師雄という人が、羅浮に赴いた。一日中天は寒いし、日が暮れたので少々お酒に酔っていた。そこで、車を御させて松林の間の酒肆に憩うた。すると傍らに薄化粧で、さっぱりした服装の一人の女人がいて師雄を出迎えるのを見た。時は既に真っ暗で、残雪は月の光をあびて微かに明るい。師雄は之を喜び、彼女と語る、なんだかとても芳しい香りがしてきた。話の言葉も内容も極めて清く麗しく、それで彼女と酒家の門をたたく。盃を持って一緒に飲む、暫くして一人の緑衣の童がやってきて、笑い歌い、戯れ舞う、また大変面白い。その後酔って寝てしまい、師雄がはっとして目覚めると、但夜風が体を襲うのを覚えた。なお少しうとうとしている間に、東方はすでに白み、師雄が起きてみると、すなわち大梅花樹の下にいて、上には翠りの羽の鳥が大きく小さく鳴き、ともに月が沈み、三つ星が横に並んで朝になるのを待っているようで、ただほんとうにがっかりするだけであった。

先日 煎茶の新年会がありまして、その時の掛け軸が「羅浮神女」でした。夢の中でもこんなに美しく芳しい香りのする女人が隣に現れたら、誰でも嬉しく楽しくなるでしょうね。終わりの方に出てくる星はオリオン座の三ツ星です。中国では,参 と書いて「シン」と読みます。昔の人は日本でも中国でも星には詳しいですね。原文は最後に書きました。独断と偏見で訳しましたので、変なところがありましたらご教示ください。
 
開皇  隋の高祖文帝(煬堅)の年号(581〜600)
龍城録 書名。一巻。唐 柳宗元の撰。王銍の偽作ともいわれる。神異のことが多い。龍城は柳州のこと。
(参考) 文献通考「經籍考、子小説家」
    龍城録一巻、陳子曰、称宗元撰、龍城謂柳州也、羅浮梅花夢事出其中、唐志無此書、蓋依託也、或曰王銍性之作。      甲斐公弥子
                                                      
 原文
【龍城録、趙師雄酔憩梅花下】 
隋開皇中、趙師雄遷羅浮、一日天寒、日暮在酔醒閨A因憩僕車于松林闔肆、傍舎見一女人淡粧素服,出迓師雄、時已昏黒、残雪対月色微明、師雄喜之、
與之語、但覚芳香襲人、語言極清麗因與之扣酒家門、持盃相與飲、少頃有一緑衣童来、笑歌戯舞,亦自可観、頃酔寝、師雄亦懜然、但覚風雲相襲、久之時
東方已白、師雄起視、乃在大梅花樹下、上有翠羽啾嘈、相須月落参横、但惆悵而已。
 


2007年12月20日(木) 丸の内仲通りのクリスマス・ライトアップ
 

先日から、弊社所在新東京ビル裏側の丸の内仲通りで美しいライトアップが始まりました。大きなツリー状の台に、数え切れないほどのパンジーを植えつけ、ライトアップしているものです。新東京ビルより東京駅にワンブロック行った所です。夕刻ご覧になると大変きれいです。


2007年11月19日 閑居雑興
 

 皆様こんにちは
 昨夜から随分お寒くなりましたね。皆様お体にお気をつけください。
 最近久しぶりで銅印の整理を始めました。篋底深く眠っていた銅印たちが姿を現しました。風趣豊かな秦の成語印、規矩正しく品格高い漢の官印、および氏名印、それぞれが圧倒的迫力を持って、それでも静かに、私に迫ってきました。私たちは、こういうすばらしい銅印などをよく見、模刻したりして、眼力を高め、古人の残した、印譜や関係ある書物を読んだりして、お客様に少しでもよい印鑑をお届けしようと日夜勤めております。
 今回斯文会で『閑居雑興』という題が出ましたので、銅印について詠んでみました。恥かしながらご覧に入れます。御笑覧の程。

  『閑居雑興』         甲斐公弥子

  秋容寂々是吾居  秋の景色も物寂しい私の住まい
  終日読来銅印書  一日中銅印の本を読んでいました。
  往昔鐫工有風格  昔の銅印の書体は風格があるのが多いですなあ
  えい秦篆隷自真如 えい秦の篆隷はすばらしいですなあ。

尚、えい は秦の皇帝の姓です。


2007年09月03日(月) 暫くぶりの漢詩のこと
 

大分長い間更新もせず失礼いたしました。
相変わらず、毎月2首、斯文会で課題の漢詩を作っております。皆様にご披露するほどのものでもないのですが、今年の「斯文」誌上に石川忠久先生がお選びくださって載せて頂いたものがありますので、それを出させていただきます。今年2月頃の題詠です。

  大雪埋えん        大雪えん(ひさし)を埋める   甲斐公弥子

厳風透袖玉塵馳     厳しい風が袖を透り雪が馳け走る 
尋友曳きょう歩自遅   友を尋ねきょう(杖)を曳くも歩みは自然に遅くなる
遥想埋えん郷里雪    遥かにひさしを埋める故郷の雪を想い、老親を想う    
凌寒只管待花時     寒さを凌いで只ひたすら花の咲く頃を待つのみ

注 詩の中の「えん」は漢字が表示されないのでひらがなですが「ひさし」のことです。
  また「きょう」は韻の関係でこの字を使うのですが、「杖」のことです。2006年08月22日(火),24,銀杏堂楽天市場店開店,,http://www.rakuten.co.jp/ginnando/,この度当店は楽天市場に出店致しました。自社ページよりもお買い物がしやすくなっておりますのでどうぞご利用ください。商品も価格も店頭・自社HPと同一となっております。(上記タイトルをクリックしてください)
 


2006年01月1日元日 迎春
 

昨年中は格別のお引き立てを賜り厚く御礼申し上げます
本年も倍旧のご愛顧のほどお願い申し上げます

株式会社 銀杏堂
代表取締役社長 甲斐公弥子


2005年11月04日(金) 昌隆社煎茶会
 

今年の夏も終わりの頃、たまたま、大阪にて80年ぶりに開かれるという煎茶会のご案内をいただきました。それは「昌隆社煎茶会」といって明治9年から大正14年まで50年間にわたって開かれた大阪の一流古美術商主催の煎茶会だそうです。場所は昔の縁の旧鴻池邸を引き継いだ大阪美術クラブです。そこで友人と語らって10月8日早速行ってまいりました。主催者側の予想を大幅に上回ったとかで大変な盛況でした。主催の方々はお手前も含めて全員袴をはいた男性で多分若旦那さんや若い店員さんだったのだと思います。お客様も半分くらい男性でした。最近お煎茶をなさる方は女性が多いので、このような会は殆ど初めてでした。美術商主催でも全然商売気がなく本当に、煎茶道具の名品を楽しみながら一啜のお茶をいただくという素晴らしい会でした。日本は今平和なんだなあとつくづく思いました。私の子供のころはいつも戦争でした。この平和がこれからもずーっと続いてほしいと心から思っています。
 さて、肝心のお席についてすこしふれておきます。
まず、昌隆社玉露席、その前席として文房飾、そして本席である玉露席です。
 前席
文房飾 として1センチ2ミリ角くらいの田黄がありました。透明感があり、とろりとした大変美しい印材で、乾隆帝第六子永kの印だそうです。他にも墨、墨床、硯、筆、筆
洗などみな素晴らしいものでした。
 本席
床   与謝蕪村 松林弧亭図   
 花 器  天藍釉双耳 寧窯       乾隆在銘
 挿 花  君子 不老長春    
茗 具   (全部ではなく抜粋しました。)
 涼 炉  白泥卍字風門一文字炉   竹雲・香谷箱 
 炉 座  海鼠釉
 湯 灌  白泥塗紅 文政渡 御所柿
 茶 壺  古錫 林克瑞     竹雲・初代蔵六箱  
 水 注  呂均釉 四方式 
 茶 銚  紫泥宝珠式 萬豊順記
 茶 碗  青華磁 宝華紋         竹雲箱   
 菓子器  黄地緑彩唐子紋鉢       雍正在銘
       後略
というような風で蕪村の時代18世紀の唐物で統一され、なかなか見ごたえがありました。
煎茶席は、代々の竹泉を始めとする京焼や,蔵六、雅堂、玩々斎、尚古斎等の名工の作
品を集め、これも立派なお席でした。来年も開催されるそうで、楽しみにしています。
 
 


2005年09月28日(水) 井真成について
 

 先日 東京国立博物館で、かの「井真成」さんの墓誌とそれにまつわる展覧会を観てきました。19歳で遣唐使に加わり、36歳でかの地で亡くなったという彼の故国への思いに心うたれました。井真成の墓誌は小さいものでした。でも,きちんとした文字が彫ってあって、端正なもので、若くして亡くなった、彼の故国への想いを察した唐の人たちの同情、好意あるいは敬意を感じ、時代をへだてても、また、現代の日中間のギクシャクのなかでも、同じ人間同士の暖かさに救われる思いがしました。
墓誌は偶然の発見であったため、パワーシャベルで上の方6字が欠けてしまったそうで、仕方ないとはいえ残念ですね。未だ井真成の本名などは不明とのこと、今後の研究が待たれます。
遣唐使船の形態も本当のことは歴史のかなたに隠れて分からないそうで、吉備大臣入唐絵巻(きびのだいじんにっとうえまき)(原本は12世紀の作、ボストン美術館蔵、井真成は8世紀です。)がありますが、300トン位の帆船で、唐の朝廷への朝貢の関係で航海にはよくない正月に外海の荒海に出かけるのはさぞ 危険も多かったことでしょう。航海の成功率は60%くらいだそうです。しかし船はもっと後の宋代の中国船と比べても遜色のないものだったとのことです。40%の遭難は船の構造や航海術の問題ではなく出かける時期の悪さにあったということです。しかしそうした危険をも顧みず、国家的プロジェクトとして遣唐使の派遣が行われたということで、唐の文化に対する憧憬とそれを摂取したいという日本人のバイタリティをも改めて感じた次第です。その唐の文化に関する展示もなかなか充実していました。尚、東京での展示はすでに終わり、今は奈良の国立博物館で10月10日まで開催中です。     
  


2005年09月22日(木) 株式会社山田三巧堂HP
 

同じくTOPページにリンクしております株式会社山田三巧堂さんは、当社と同じく東京印章協同組合の加盟店ですが、同時に文具などオフィス用品を手広く取り扱っておられます。当社でも最近、個人情報保護法対応のためのシュレッダーや、レーザープリンター用のリサイクル・トナーを購入させて頂きましたが、安価な上納品も迅速でございました。大変便利なサイトですので是非ご訪問ください。


2005年09月22日(木) 丸の内エリアの情報コミュニティサイト"Marunouchi.com"

既にお気づきのことと存じますが、TOPページに、当社の所在地であります東京丸の内エリアの情報コミュニティサイト"Marunouchi.com"を、運営事務局の許可を頂いた上リンクしております。大変充実したサイトですので是非ご訪問ください。もちろん当社の情報も掲載されております。


2005年09月06日(火) ドレスデン国立美術館展
 

先日話題のドレスデン国立美術館展に行って参りました。目玉になっているフェルメールの絵がポスターなどに多用されているので、洋画の展覧会と思われている方も居られるやもしれませんが、ザクセン公の収集した様々な美術品、工芸品が展示された大変興味深い展示でございました。中でも目を引くのが、マイセン窯で焼かれた有田焼のコピーとそのお手本である本物を並べた展示です。東京では今月19日までとなっております。是非ともお見逃しなきよう。


2005年05月19日(木) 丸の内へは車も便利です
 

当店の所在地であります丸の内地区は、東京駅や皇居の至近という立地から、車で行くには駐車料金が高額であろうとお考えの方も多いかと存じます。ところがさにあらず、丸の内、大手町、有楽町地区の駐車場17か所が連携した「丸の内パークイン」の無料駐車券が、加盟店でお買い上げのお客様に提供されております。三千円以上は一時間無料、六千円以上は二時間無料となっております。車でご来店の際は、精算時に駐車券を差し上げますので、どうぞご遠慮なくお申し付けください。
(上記タイトルをクリックすると「丸の内パークイン」の公式サイトがご覧になれます)


2005年03月29日(火), 秦の古銅印のこと
 



写真1

写真2

写真3

先日、『論印絶句を読む』第一回において秦印を持っていると書きましたので、今日は私蔵の秦印のうちふたつを選んでお話したいと存じます。
 写真(1)でごらんの通り鈕(つまみ)は秦印に多いもので鼻鈕といいます。写真(2)は銅印の印面、写真(3)はそれを押したものです。写真(2)の左側のは、印面が田字形で、印文は『日敬毋治』日々敬(つつし)んで怠るなかれ、とよみます。次は『思言敬事』言を思い事を敬(つつし)む、です。こちらは田字形ではなく、真ん中から縦に区切っただけになっています。(敬は儆=戒の仮借字、治は怠の仮借字)この読み方は香港中文大学の王人聡先生の《古璽印與古文字論集》にあり、また、篆刻家で日展会員、東京学芸大学講師の菅原石廬先生のご研究によるものです。
 数多の古銅印の中で、どうして秦印と分かるかといえば、その文字書法が、秦の始皇帝が度量衡を統一した時の詔を刻した権量(はかり、升)の文字と符合しているからであります。
写真(3)でご覧のように、秦印の文字は風趣があり、私は大いに気に入っています。又、これらの印は名前ではなく成語印、箴言璽です。成語印は他にも『敬事』『思言』『和衆』『安衆』『相思得志』等があります。これらは同じものが沢山出土していますので、多分当時の人々のいつも身に着けていた護符あるいはお守りのようなものであったのではないでしょうか。そして、印の出来も概して良いのが多いです。

仮借字(かしゃじ) 漢字の六書のひとつ
 漢代に漢字の構成と運用に六種の場合のあることが発見された。之を六書(りくしょ)と呼ぶ。六種の名称は、許慎の『説文解字』によれば、「象形」「指事」「会意」「形声」「仮借」「転注」である。象形と指事の方法でできる基本文字を『文』、会意と形声の方法で基本文字を組み合わせて作られる複合文字を『字』といい、両者『文字』と総称する。以上四つが漢字の構成法で、「仮借」「転注」はできた文字の運用法である。(福武漢和辞典1228頁より)
仮借
 指事・会意の方法で作られる文字では表しにくい語を、同音の既成の文字を借りて表記する方法である。例;在と才、祖と且等。又、古典中には、その意味の本来の文字を用いないで同音の他の文字を借用しているものも多い。例;修と脩、陪と倍、彫と雕などである。(上掲書1232頁参照)


2005年03月18日(金) 丸の内の名店ご紹介
 

今日は少し趣向を変えて、新東京ビル内の他のお店をご紹介しましょう。当店の向かいにスターバックス丸の内店がありますが、1階エレベーターホールの広い空間を見渡せる、開放感のあるお店で好評です。丸の内の喫茶店の中でも、その点では随一でしょう。そのすぐ先に先日新しい高級ハンバーガーショップ"PANTRY"が開店しました。1人前¥800也のグルメハンバーガーは丸の内にふさわしい厳選された材料を丁寧に調理した一品です。新東京ビルにお寄りの際はランチに試してみられてはいかがでしょうか。
地下商店街にも一流飲食店が軒を連ねております。フレンチ・バーベキューのヴァン・ピックル、地鶏の・・・、和食のやんも、イタリアンのアントニオが人気が高く、夜は予約しないと入れないほどです。
ブランド店では、エルメス丸の内店をはじめ、アクアスキュータム、ユナイテッド・アローズの直営店が美しい店構えを競っています。このほど向かいの富士ビル1階にも、イブ・サンローラン丸の内店、タイユヴァンが開店しました。
1階の路面店のひとつ、京都の老舗「和久傳」(わくでん)丸の内店は、丸の内周辺でも最も美しいお店ではないでしょうか。和風の美しい店舗で和装の女性のスタッフが奥ゆかしく接客するさまは優雅の極みです。



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